127話 怠惰なお姉さん
会議が終わり、各々が部屋から転移して元の場所に戻っていく。
今残っているのは、シャルさんとジャックさん、そして寝坊助お姉さんだけだ。ジャックさんは俺に用があるらしく、少し付き合ってくれないかと言われた。
俺はこの後に用もないので頷き、少しだけ時間を貰う。
会議で行動を共にする事になった旨を寝ていた女性に言っておかなければならない。正直シャルさんにやって欲しいが、ここは一番新人の俺がやるべきだろう。
取り敢えず隣で寝ている女性に声を掛けてみる。
「あの~ そろそろ起きた方がいいですよ」
「・・・うぇへへ・・・今日はステーキだ」
ふむ、随分と美味しそうな夢を見ているらしい。
枕に涎が付いていないか心配になってしまう。
それから数度呼びかけても夢から覚めないので、最終手段である肩揺すりを実行する。
今の世の中は少し触れただけでも痴漢だなんだと言われる時代だ。それにシャルさんの目もある。決して過度に触れず、針の糸を通すように優しく揺らす。
「お、起きて下さい」
「・・・うぅ・・・うぇ?」
嫌々と首を振りながらも、女性の顔が持ち上がる。
そして、上体が上がると、ばるるん! と二つの核兵器が俺の目に移り込んだ。ふにゅんとか生易しいものではない。ばるるん!だ。
(・・・はっ! 一瞬意識がっ!)
シャルさんから刺すような視線を感じる。
い、いかん。初日からマイナスの印象はつける訳にはいかない。
「ふぁ~・・・よく寝た~。あれ、君は隼人君じゃないか?」
どこかで聞いた声だ。
俺は視線を上げて女性の顔を見る。
「ああ、貴方は!」
「やっほ~、久しぶりだね」
その顔を忘れるはずもない。
眠たげな眼と二つの核爆弾。アメリカのビーチで地獄を作り出していたボクっ子巨乳美人である。
(去り際に意味深な事を言っていたが、この人絶対者だったのかよ!)
あまりの驚愕に口をパクパクさせる事しか出来ない俺に、ボクっ子お姉さんは、なにか納得したようにポンっと掌を叩く。
「ふふっ、成程。隼人君は実に目の付け所がいいよ。まさか一目でこの枕の素晴らしさに気付くなんてね!」
感心感心と頷くお姉さん。
しかし全然違います。
「これはボクの権力を最大限に活かし、あらゆる研究者たちの手によって作られた最高の枕なんだよ! ・・・この枕を取ろうとするなら――例え仲間でも容赦しないよ」
「ち、違いますよっ! まさかお姉さんとまた会えるとは思っていなかったので驚いただけですってば!」
なんて無駄な権力の使い方なんだ・・・
たかが枕が原因で戦闘が始まったら絶対に他の人に笑われる。その未来だけは回避せねば。
「あれ? ボクの勘違いだった? あ、あははっ、ごめ~んね。ボクは自分の安らぎに関する事になると、頭に血が上っちゃうんだよね」
ウィンクをして自分の失態を隠そうとするお姉さん。
そんな事で俺が誤魔化されると・・・・・・仕方ない、今回はボクッ子のお姉さんに免じてスルーしましょう。
「それと、ボクの名前はソフィア・アンティラ。お姉さんじゃなくて、ソフィアって呼んでくれたら嬉しいぞ~」
「では、ソフィアさんと」
「うんうん、よろしくね~。それで、会議はまだなのかな? 皆は揃ってないみたいだけど」
キョロキョロと周囲を見渡し、「皆遅いな~ ボクが一番だったよ!」と自慢げに胸を張るソフィアさん。
ここは素直に真実を言った方がいいのだろうか。いやしかし、折角早く来ていたのにもう終わりましたなんて残酷な事実を俺の口から言う事など・・・
「ソフィア・アンティラ、会議は既に終了しましたよ」
「・・・あはは、シャルちゃんも冗談言うんだね」
言ったぁああ!
容赦の欠片もなく。淡々と真実を語るシャルさん。
「冗談ではありません。私と貴方は、そこにいるお荷物の護衛をする事になりました。明日には日本に到着するよう準備を済ませますよ」
「「がはッ!」」
シャルさんの言葉に二人が膝をつく。
無論俺とソフィアさんだ。
(お、俺が・・・お荷物・・・? そんな馬鹿なッ?!)
いや、分かっている。
ソフィアさんの名前を聞いた時、データベースでの九位と同じ名前である事は気付いていた。
だとすれば、消去法で考えてシャルさんの序列は四位。俺よりも格上であるという事だ。でも、お荷物は流石に・・・ぐすん。
「折角・・・ベッドから死ぬ思いで這い出てきたのに・・・そんな・・・」
ソフィアさんはかなりしょうもない理由でダメージを喰らっているようだ。
落ち込んで床に『の』の字を書き始めたソフィアさんを溜息を吐きながらシャルさんが抱える。
「それでは、また明日会いましょう。柳隼人」
「は、はい」
シャルさんはそのままソフィアさんを担いだまま転移して部屋を去る。
「・・・いや~ 気配を消しててよかった。シャルちゃんはやっぱり怖いな~」
「そう言えばいましたね。ジャックさん」
余程シャルさんが苦手なのか、今まで一言も喋らなかったジャックさんがやっと口を開く。
「それで少年。この後は僕に付き合ってくれるって事でいいんだよね?」
「いいですよ。その代わり今度はしっかりと可愛い子紹介して下さいよ」
「・・・可愛い子なら君の周囲にもいると思うんだけど」
「近すぎるとどうすればいいのか分からないんですよ」
チキンと笑わば笑え。
その人を知れば知る程、自分の手で変えてしまうのではないかと怖くなるのだ。だというのに誰かと親密になりたいなどという感情もある訳で、俺という人間は矛盾ばかりだと自分で自分にツッコミたくなる。
「難しく考えすぎてる気がするね。まあ、まだ時間はあるし気長に考えるといいんじゃないかな」
流石、ハーレムパイセンは余裕がおありのようで。
その顔面を拳で粉砕してもよろしいでしょうか。
「あっ、この場所に転移できるかな?」
「はい、可能ですよ。お二人で行かれますか?」
「ああ。じゃ、行こうか少年」
「ほ~い」
ジャックさんと共に別の場所に移動する。
「・・・ここは、修練場ですか?」
かなり広い空間だ。東京ドームの二倍ぐらいはあると思う。
地面は土で埋められていて、上を見上げると、太陽を遮ってドーム状の屋根が空間全体を覆っている。
「その通り。それも世界で見ても屈指の技術が搭載された場所さ。僕達がぶつかっても外に被害はでないさ」
「成程。ジャックさんの目的は俺との模擬戦ですか」
「他の絶対者だとお互いにヒートアップして大変な事になりそうだからね。君が適任だと思ったんだ。この頃世界がおかしな状況になって全体的に敵が強力になっているから、今の自分を変えたくてね。いきなり模擬戦に巻き込んでごめんよ」
「いえ、こちらとしても都合がいいので大丈夫です」
これでハーレム野郎をぶちのめせる!・・・という訳ではない。
神との会話で数分であれば憑依が出来るという話だった。一か月死闘が禁じられている為まともに使う日は当分先だと思っていたが、まさか剣聖が自ら模擬戦を頼んでくるとは。
ふふふ・・・これは死闘ではない、ただの訓練だ。
ならば能力を派手に使ってもいいだろう。相手がジャックさんならまず死ぬこともないだろうしな。
◇ジャック視点
「じゃあそろそろ始めようか」
僕は右手にフレーリアを出すと、眼前の少年を見据える。
少年は息を深く吐くと目を瞑る。精神状態を整えているのかもしれない。
願わくば、世界大会で見せてくれた刀と打ち合いたいものだが、それは彼の気分次第だろう。
ここ数日、僕はフレーリアしか扱っていない。
というのも、自分の戦いを振り返ると、全てが中途半端に思えてきたからだ。器用貧乏に多種多様の剣を操り、強敵が出てきたのなら背理剣で無理矢理倒す。
それが今までのボクの戦い方だった。
けれど、テュポーンが動き出してから、それでは駄目なんだと、これから先生き残れないと直感的に理解した。
だから、まずは一本。
このフレーリアを極めるのだ。
「――この地に降りたのはいつぶりか」
なんでもない言葉に全身の毛が逆立った。
眼前の少年が目をおもむろに開く。
彼の恰好は変わらないが、その腰にはいつの間にか二本の刀が帯刀されていた。
(あれは・・・なんだ?)
少年、ではない。
その事に気付くのは難しい事ではなかった。
纏う雰囲気が、全てを見通しているとでもいうような瞳が、僕の知る少年とは明らかに違っていたのだから。
「一度、お主とはしおうてみたかったのだ。時間は限られているが、【剣聖】よ、存分に刃を交えようぞ」
彼が刀に手を添えた瞬間、自分の体が両断される未来を幻視する。
(これは・・・次元が違い過ぎるッ!)
「ははっ・・・!」
――だが、それでこそだ。
予想外の展開だが、僕にとっては好都合だ。
生温い戦いで得られるものなどたかが知れている。
引き攣る笑みを浮かべ、両手で剣を強く握る。
「いざッ!」
「来い」
次話、『剣聖VS武御雷』(*´▽`*)