126話 始動
「今回の議題は配布された資料に記載されていた通りじゃ。どうやら儂らとやり合える厄介な連中がいる。それも複数存在していると考えていいだろう」
「確か隼人君が相対したとか。実際にやり合った君の感想が聞きたい」
テオさんが俺に意見を求める。
記憶の中の戦闘データを思い出しながら、必要な部分をまとめる。
「そうですね。一人は白髪の俺と同年代と思われる少年なんですが、どうやら神の権能が使える様でして、破壊神とかなんとか言っていましたね」
「ふふっ、神だなんてまるでアランさんみたいだね」
「リサよ、笑い事ではないぞ。破壊神と言えば最高神に位置付けられている存在じゃ。例えお主と言えども後れを取るやもしれんぞ」
「分かっているさ。でも、相対する前から気を張っていたら持たないよ」
あっけらかんとして、かっこいい白衣の女性がそう答える。
アランさんがリサと呼んでいた事から、この人が二位のリサ・ネフィルだろう。俺が予想していたよりも大分若い。もっと妙齢の女性だと思っていた。
彼女の二つ名は【世界】。
この二つ名は彼女の絶対的な能力からつけられたものだ。
彼女の能力の名は【創造】、その名の通り、己の想像したもの全てを造り出す能力だ。
――それが例え世界そのものだとしても。
法則、原理、節理、その他全ての理が彼女の自由に、思い通りに歪められる世界。
そんな場所で彼女に敵う怪物などいるはずもなく、彼女が世界を造り出し、その中に相対する相手を引き込むことが出来ればまず敗北はあり得ないと言われている。
故に、その能力に敬意と畏怖を示し、付けられた二つ名が【世界】だ。
「ん? 一人という事はまだ誰かいたのかい?」
ジャックさんの問いかけに俺は肯首し、言葉を続ける。
「はい、もう一人は筋骨隆々の男です。ただ、能力がいまいち分かりませんでした。不自然に攻撃が逸れたり、予想が突然はずれたりと、兎に角戦いづらい相手でした」
俺の説明で僅かに数人が反応を示した。
もしかしてあのサングラスのおっさんは結構有名な人だったのかもしれない。
そんな事を思っていると、剣呑な雰囲気を醸し出しているレオンさんが口を開く。
「・・・なあ、隼人。そいつはなにか武器を使ってなかったか?」
「え、えぇそうですね・・・そう言えば赤と青のガントレットを持ってましたね。おそらく神器だと思うのですが」
パキンッとカップの割れる音が響く。
音のする方に目をやると、レオンさんが震える手でカップを握りつぶし、中の水が机を濡らしていた。
「あんっの馬鹿野郎ッ!」
突然の怒気に少々困惑する。
誰か説明して欲しいと周囲を見渡し、アランさんと目が合う。
「レオンよ、一先ず落ち着け。隼人が困惑しておる」
「・・・ふぅ・・・すまん、落ち着いた」
「よい、これは仕方があるまいて。それで隼人よ、お主が相対したその男についてじゃが、儂らはそ奴の事を知っておる。なにせ・・・以前は共に肩を並べた者じゃからな」
「なッ?!」
つ、つまり、元絶対者という事か?
そんな人がいたこと自体知らないんだが。
非公式の絶対者がいたのか・・・。いやしかし、それなら俺の攻撃を優に躱したことも頷ける。
「どうしてそんな人が敵になってるんですか!」
「そうじゃな、ある事件がきっかけで奴は自ら絶対者の地位を捨てた。あ奴が今あちら側にいるのはおそらく、いや確実にその事件が引き金じゃろう。ただ、今はその詳細を語っている暇はない。隼人よ、これだけは肝に銘じておけ。確実に優位に立てる状況以外で奴と、ユリウス・マキナーと戦ってはいかん」
俺の実力を知っているであろうアランさんが、真剣な本気で言っている事に俺は無意識に緊張で手を握る力を増した。
「それは一体――」
「ユリウス・マキナーの能力が【因果律操作】だからですよ。柳隼人、貴方がその二人を相手取り生き延びたのは奇跡に近い。二度は無いと思った方がいいです」
ジャックさんにシャルと呼ばれていた女性がそう答える。
しかし、【因果律操作】と言われても、いまいちどんな能力なのか分からない。俺の疑問を感じ取ったのか、面倒くさそうに眉を少し寄せつつも、シャルさんはそのまま能力を説明する。
「簡単に言えば、何かしらの結果におけるその過程を自由に操作する事が出来る能力です。原因があるから結果が起こりますが、そのそもそもの原因をいじる彼に攻撃を当てる事は限りなく不可能に近いです」
・・・えっ? なんであの人逃げたの?
そのまま俺の事殺せてたんじゃないかな。
「ただ、唯一の弱点として起こりうる可能が0である事象を操作する事は出来ません。よって、彼を倒すのならば、彼が勝利する事象そのものが存在しない程に圧倒すればよいという事です。まあ、彼自身がそれなりに強いので、弱点と言えるかは怪しいですが」
成程、という事はあの時点では俺が圧倒出来ていたという事だろうか。
破壊神も万全ではなかったようだし、時間さえあれば勝てていたのかもしれない。もう逃げられたから今考えても無意味だが。
しかし、起こりうる可能性が0の事象など早々ないだろう。
そして説明から考えるに、0以外の事象であれば強引に百パーセントに操作する事ができると・・・はっきり言ってもう戦いたくないな。
「全く、面倒な時に面倒な連中が出てきたものだ。この頃はSランクの怪物もバーゲンセール並みにホイホイ出てくるしな。この一年で一体何体のSランクが出現した?」
「確かにテオの言う通りじゃな、明らかにおかしい状況じゃ。何かが起こると考えていたほうが良いじゃろう」
「で、どうするよ? わざわざ俺達を集めたんだ。待ちって訳じゃねえだろ」
「当然じゃ、テュポーンの二の轍を踏むわけにはいかん。――打って出るぞ」
確かに受けに回っていては後手に回されるからな。
ただ、俺は一か月の死闘を禁じられている訳で・・・出来る事なら戦いたくはないです。まあ、俺の意思なんて関係ないだろうけど。
「まずユリウス達だが、連中が隼人を狙っているのだとすれば、無理にこちらから仕掛ける必要はない。ただし、隼人一人では流石に厳しいだろう。シャルとソフィアの両名と行動を共にすればいい」
・・・どうしてアランさんは俺が狙われていると思ったんだ? もしかして全能神と話せたりするのかもしれないな。
ふむ、そしてシャルさんは分かるが、ソフィアさんは誰だ?
消去法でいくなら隣で寝ている女性になるのだが、ちょっと信じたくない。
「・・・ふへへっ・・・ボクもう食べられないよ~」
・・・熟睡してるよ。
暢気なものだ。共闘するならちょっと、いやかなり心配だな。
「そして他の者だが、SSを狩るぞ」
「ほぅ?」
「はっ! この怒りをぶつけるには丁度いい」
「えぇ、僕はもっと楽な相手がいいなぁ」
「面倒くさ」
「うんうん、本気を出せる相手は研究にも活かせていいねえ」
性格が出るなあ。
獰猛に笑みを浮かべる者、無表情にスマホを弄る者、普通なら緊張するべき案件なものだが、全員が一様に自身の能力に自信があるのだろう。
「まあ、狩れずとも状況を確認して排除すべき敵かどうかを確認するだけでもよいがな。まず、テオ、ジャック、レオンの三名は【黒騎士】じゃ」
「うっし!」
「へぇ、一度剣を交えてみたかったからいいかもね」
「ぬぅ、この二人と一緒か・・・仕方ない、これが最善なのも事実だしな」
【黒騎士】というと、オーストラリア西部に存在するSSだな。
その姿は正に騎士と呼ぶに相応しい漆黒のフルプレート。一本の長剣を持ち、ただ一騎のみで都市パースを殲滅した怪物だ。
絶対者が三人もいれば後れは取らないと思うが、成るべく怪我はしないで欲しい。
「アンネとリサは【レヴィアタン】だ」
「了解だよ」
「探すの面倒」
世界中の海から突如として出現する怪物、【レヴィアタン】。
その巨体故、海を泳ぐだけで波が大きく揺らぎ、まともに留まる事さえ不可能だ。テュポーンのように強固な鱗を持ち、相対した能力者の攻撃全てを弾いたと言われている。
「と、いう事は。アランさんは」
「ああ、儂は【世界蛇】じゃ」
【世界蛇】、またの名を【ミドガルズオルム】と呼ばれる怪物は、普段は別の時空に姿を隠しているが、稀に姿を現しては町や都市を丸呑みにし、台風の様に去っていく災害そのもの。
単騎で、それも相性最悪のテュポーン相手に奮闘していたアランさんでなければ、一対一で戦う事を猛反対していただろう。
「異論はないな。よしっ、以上で会議は終了だ、各々の奮闘に期待する」
こりゃ、蒼との約束は守れそうにないな。
・・・そろそろ隣の女性を起こすか。
もう会議終わってるよ・・・





