113話 お姉さん
ようやく今日で歯医者が終わった・・・(*´▽`*)
「おぉ! 結構大きいね!」
「凄いな、蒼の運に感謝だ」
早朝に家を出て、電車とバスとを利用して目的地の温泉旅館に到着した。
温泉とだけしか聞いていなかった為、ホテルを別口で確保するのだと思っていたが、その必要はないようだ。
外観から見るに、五階はありそうだ。
上階から見る街並みはどうなっているのか、年甲斐もなく、という程歳も取ってはいないが、少しばかり気持ちも高揚する。
それぞれのトランクケースを転がしながら旅館に入り、エントランスで確認を済ませて部屋の鍵を貰う。番号は四〇五、どうやら俺達の部屋は四階のようだ。エレベーターで階を上がって部屋へと向かう。
「おお・・・凄い」
部屋に入ると、六畳の畳が床に敷かれており、和風の様相であった。正面の少し開かれている障子の先にもスペースがあるようで、障子の間から美しい街並みの姿が見え隠れしている。
「荷物置いたら、街を見て回ろっ!」
「そうだな、父さんと母さんにもお土産を買っていこうか」
「いっぱい買うぞ~!」
財布と袋を持って風の如く走る蒼を追い、温泉街へと踏み込む。
「やっぱりお土産は温泉饅頭とかかな?」
「温泉饅頭か、確かに悪くないがこの場所特有のものの方が喜びそうだけどな」
「それもそうだね。なにかあるかな~」
温泉街の商店。
よくよく見ると面白いものが売られていて、思わず足を止めて見入ってしまう。まあ、持てる物にも限りがある為、ひやかしになってしまうのだが。
周りを見渡すと、俺達以外の観光客は殆ど見当たらない。やはりこの時期に普通は観光などはしないらしい。当然といえば当然であるが、蒼のはしゃいでいる姿を見たらどうでもよくなってしまった。
「お兄ちゃん、実はこの辺りの地域はね、夜になると出るらしいんだよ」
と、両手を蟷螂のように曲げながらそう言う。
「出る? 蟷螂か、それとも蛇なんかの類か? 確かに近くに山はあるし、出そうではあるけれども」
「違う違う、この手を見てどうして先に蟷螂が出るんだよぉ! 出ると言えばあれだよ! 幽霊だよ!」
「幽霊?」
なんだか修学旅行で盛り上がりそうな話だな。
幽霊――そんなものはいないだろうと決めつけてしまいそうな話だが、怪物や能力という非科学的な存在が確認されているこの世界であれば、あながち、絶対にいないとは決めつけられない。
むしろいると考える方が納得してしまう。
となると、俺にとってその幽霊が無害か有害かが重要となってくる訳だが。大抵の幽霊は直接的な干渉はしないと言うし、おそらく大丈夫だろう。
「夜になると、何処からともなく悲鳴が聞こえてくるんだって。もし出会っちゃったらどうしよう!」
「まあ、逃げるしかないだろうな」
「逃げる前に写真だけは撮っておきたいな~」
温泉街を歩きながら、そんな話をする。
結局、買ったものと言えばお土産の食べ物と蒼に言われて買ったアクセサリーだけだった。アクセサリーは別に凝ったものではなく、簡単な作りのネックレスだ。
買った傍から蒼がネックレスを俺の首に掛け、一つ頷いた。
「うん! やっぱりお兄ちゃんもおしゃれしないとね!」
と、いう事らしい。
ネックレス一つで何が変わるのだろうと思うが、それが普通だと言われてしまえば何も言い返す事は出来なかった。
「ふぅ~ もう、食べられないよ~」
「まさかこんなに多いとは・・・」
旅館に戻ると、すぐに温泉に浸かり汗を流した。
温泉の種類も豊富で、ついつい全部試したくなり上せそうになってしまったのは心の内に秘めておく恥ずかしい記憶だ。
その後、部屋に夕食が次々に運ばれ、現在ようやく食べ終わったところだ。想像の数倍は夕食の量が多かった為、もう体を起こすのもしんどい。
「ちょっと外に出て涼んでくるよ」
ふいに蒼がそう言った。
時刻を見ると十九時を指している。女の子一人では危ない時間だ。
「俺も行こう」
「大丈夫大丈夫。すぐに戻ってくるし」
「しかし、やっぱり女の子一人だと危ないし」
「それに、私それなりに強いから不審者が出たらフルボッコにしてくるよ」
そう言うや否や、止める間もなく颯爽と部屋を出て行く蒼。
行動力が高いのは良い事だが、もう少し自分の安全も考えて欲しいと思いながら、俺は布団の準備を始めた。
◇
「ここかな」
目の前に建つビルを眺める。
時間は掛けられない。こんな些事にお兄ちゃんに心配させる必要はない。
息を吐くとおもむろに正面のドアを開いて内部に侵入する。
「・・・なにこれ?」
そこで私は異様な光景を目にした。
フロントや警備員を含め、一階にいる人々全員が地面に倒れていたのだ。眠っているのかと思い、近くにいる人の肩を叩くも起きる気配はない。
そして、口元に手を近づけると、どうやら呼吸もしていないようだった。
「全員死んでる」
まさか私が手を出す前に既に死んでるとは・・・
にしても死体に全く傷がない。苦しんで死んだ訳でもなさそうだし、どういう能力で殺したのか全く分からない。
「・・・上に行ってみよう」
まだ生き残りがいるかもしれないし、殺した実行犯がいるかもしれない。
階段を手早く登って一階一階確認していく。
やはりどの階でも一階と同様の死体が転がっていた。その全てにおいて交戦した様子がない。こんな芸当は暗殺者にも無理ではないかと思う。
そして遂に、最上階に到着した。
その一室。
最も位が高いと思われる部屋のドアを突き破る。
「あっ、来たね。待ってたよ」
生存者が、いた。
私の方に視線を向けると、その人は笑みを浮かべてそう言った。
机の上に座り、何故か枕を腕で抱えている。
綺麗な女性だ。透き通るような青い髪を光に反射させ、思わず叩きたくなるような胸を持った女性。
その傍には、椅子に座った状態で息絶えている男性と、地面で沈んでいる護衛らしき数人の黒服の男性。
「貴方は?」
「まあまあ焦らないで。ふぁ~ ボクは別に君と戦いに来た訳じゃないんだよ。どういう人間なのか知りたかったんだ。その途中でちょっと目障りな連中がいたからね、食後の運動に潰したんだけど、この人達になにか用でもあったのかな?」
「・・・その人達は私のお兄ちゃんを狙っていたので、掃除に来ただけです。まあ、私が能力を使う必要もなくなったみたいですけど」
「へえ~ お兄ちゃんがいるんだね~ うんうん、家族の為か。いや~ 良かった、悪い子じゃなさそうだね。まあ、目を見たら大体分かるんだけどね」
二、三回頷くと、スタッと机の上から飛び降りる。
ぽよんっと効果音が付きそうな胸をなんとかして叩けないだろうか?
(お兄ちゃんが目当てではない、という事は本当に目的は私?)
「じゃ、ボクはこれで~」
「待って下さい! まだ私はなにも聞いてないですよ!」
「へ? あぁ~ ボクに関してだっけ? ふふっ、そう、ボクは通りすがりの正義のお姉さんなのだ!」
「ふざけないでもらえますか?」
寝ぼけ目でそんな阿呆な事を言うお姉さんを見ていると青筋がたつ。
こっちは本気なのだ。
お兄ちゃんも待たせているし、時間は掛けられないというのに。腕一本程度であればいいだろうか。後で戻せばいいし。
能力を発動させる。
不可視の攻撃が眼前のお姉さんに襲い掛かり、
「ふぁ~ 今日はもう眠たいし、早く寝たいのだけど」
「え?」
消えた・・・私の攻撃が途中で霧散した。
お姉さんがなにをした訳でもない。
欠伸を手で抑えながら枕を抱きしめていただけだ。
「貴方、名前は?」
「・・・蒼」
「蒼ちゃんはちょっと意思が強過ぎるのかもね~ お兄さんを好きなのは全然いいのだけど、あまり動き回ると、却ってお兄さんが辛くなっちゃうかもよ? もっと自制心を養わないとね」
お姉さんは枕の中に腕を入れると、中から一枚の小さい紙を取り出す。
そのまま、私の傍に来ると、優しい笑みを浮かべて紙を差し出した。
「これ、ボクの連絡先。なにか困ったら相談するといいよ」
「なんで、私に関わろうとするんですか?」
「う~ん、過去の自分を見てるみたいでほっとけないからかな? ふふっ、でも一人じゃないなら大丈夫かもね」
お姉さんは私の髪を優しく撫でた後、部屋を後にした。
残った私は、どうしたものかと紙を見つめ、とりあえずポケットにしまう。
「死体はこのままでもいいのかな?」
まあ、私が実行した訳でもないけれど。
あれ程の実力者ならなにかしらの手段はあるか。
そのまま私も部屋を出ると、お姉さんの言葉を頭の中で反芻しながら旅館に戻った。
来週はちょいと忙しいので投稿は未定です。





