1話 狂った世界
この世界に能力者と呼ばれる超常の力を持つ者が現れだして百と数年。
当初世界は混沌に満ち、どこもかしこも犯罪で溢れ返っていた。
しかし、それに対処する為に政府が特殊対策部隊などの対抗組織を結成し、今では随分と犯罪が減ったらしい。
ああ、犯罪は減った。それは事実である。
ただし・・・死人は増えた。
なぜならばそれと時を同じくするように異形の怪物が出現しだしたからだ。
その怪物の出現する場所は特定されているわけではなく、例えそれが学校内だろうが、飛行機の中だとしてもお構いなく、どこからともなく現れる生きる災害である。
対処法は一つ、能力者の持つ能力で殺す事だ。残念ながら銃などの現代兵器ではその怪物を前にして何の役にも立たないのだ。その事実がまだ広まっていなかったころ、自衛隊のもつ最大戦力で攻撃したが、怪物はその鼓動を止めることなく、逆に自衛隊を喰らいつくしたという。
俺――柳 隼人は、そんな狂った世界で生きている。
◇
放課後の教室で、俺は自分の机から空を眺める。
沈みかける美しい夕日はまるで、まるで・・・なんも思いつかねえわ。
「ふっ、先生、どうやら世界が俺に助けを求めているようです。今すぐ行かねば!」
「何を言うとるんだお前は、早くプリントを仕上げろ」
「ですが!」
「ですがもくそもない、早くしろ」
くそっ! どうやら目の前の魔王から逃げることは不可能らしい。
黒い長髪を後ろで一本ぐくりにしている美女――二階堂 双葉。
国語の教師である。
腰まである長い髪を束ね、その瞳は見る者を石に変えてしまう程の眼力を持つ。
学校の生徒からは【メデューサ】の二つ名で呼ばれているおそるべき女帝だ。
そして現在、俺はそんな怪物と一緒に、一対一の補習を行っている。
少しでも手を止めようものなら、その眼光でもって俺を恐怖に陥れようとしてくるのだ。
「お前が赤点を取らなければ良かっただけの話だろう?」
「あんなテストで赤点を回避できるわけないでしょう!」
「ほう? ならば他の生徒達はなぜこの場にいないんだろうなぁ」
「そ、それは・・・」
少しぐらい点数が低くてもいいじゃないか・・・
こんな事を言えば確実に鉄拳が飛んでくるので言わないが、高校を卒業さえすれば父さんの友人が俺を会社に雇ってもいいと言ってくれているらしいので(会社で鍛えていくらしい)、どうしても学業の方に集中できないのだ。
そしてこの教師は、残念なことにとても面倒見のいい人物であり、わざわざ放課後のこんな遅い時間まで、俺に付き合っている。
「喋っていないでペンを走らせろ」
「・・・はい」
もう何も言えなくなった俺は、先生から渡されたプリントを血反吐を吐きながら終わらせた。
◇
「う~ 頭いてえ。もう何もしたくない」
あれから数十分かかりようやく補習という名の監獄から釈放された。
もう頭が沸騰寸前の帰り際に「次はプリント倍にするからなー」という死刑宣告をされた俺の身になって欲しい。
ふと自分のスマホを開き、そこに表示されている数字を眺める。
『0』
この数字はその人物の持つ能力の強さを表している。
俺のスマホに表示されている数字は『0』。つまり俺は無能力者ということだ。
この数字が高ければ高いほどその能力は凄まじく、噂によれば山をも吹き飛ばす力を持っている能力者がいるとか。そして、この数字が高ければその数字に見合った待遇を用意されるらしい。まあ、逆もまた然りではあるが・・・
「まあ、俺には関係ねえな・・・」
贅沢することに何の興味もない。
ただ平和で、家族と笑って過ごせればそれでいいのだ。
こんな狂った世界なのだ。いくら贅沢出来ても、死ぬときは簡単に死んでしまうのだから。
「ふぁ~ はやく帰って寝るか」
欠伸をしながら家へと向かう。
家に帰れば愛しのもふもふの動画を見て存分に癒やされよう。
そして、自動販売機の前を通ったとき、突如目の前の空間が歪む。
「おいおい・・・」
歪んだ空間からはおよそ人のものとは到底思えない手が飛び出し、次いで足、顔、そして胴が姿を現す。
その姿態は牛の顔をもつギリシャ神話に出てくる牛頭人身の怪物――アステリオス、有名な名で言うならミノタウロスであった。
「はあ、マジかよ・・・俺今疲れてるんだけど」
「ブモオオオオオオオオ!!!!」
“疲れているから、またにしないか? 自販でお茶でも買うからさ”と目で訴えるが、どうやらミノ君はお気に召さなかったらしい。
ちっ、おそらくミノ君はコーヒー派だったのだろう、缶コーヒーはちょっと高いからと渋ったのが間違いだったか。
「ブモオオ!」
俺にやり直しをする権利はないらしく、ミノ君の丸太のような豪腕が振るわれる。
その攻撃は、人に当たれば確実な死をもたらすであろう威力を持っていた。
しかし、その一撃を前にしている少年には、焦りや絶望といった表情は全く見られない。
それどころか、まるで路傍の石を見るような視線で対峙している。
ミノタウロスの攻撃がその頭に届く寸前、俺は呟く。
「戦神」
◇
「ただいま」
「ふぉふぁえり~」
(おかえり~)
リビングの方から声の高い返事が聞こえる。
リビングに入ると、そこにはソファーに寝転がりポテイチをパリパリと食べている我が妹の姿があった。
ピンクの髪を少し低い位置にツインテールにしておりその瞳は紅に輝いていて、まるで夜に咲く薔薇のようだ。
その妹殿は俺を視界に入れると、さくらんぼのように可愛らしい口を開く。
「お兄ちゃんお帰り~。 お菓子ちょうだい!」
「・・・」
・・・呆れて何も言えない。
疲れた兄に対するねぎらいは皆無で、我が食欲を満たさんと兄にたかろうとする何とも罪深い存在。
それが俺の妹――柳 蒼である。
「おいおいお兄様よ、愛する妹にそんなごみを見るような目で見つめるものではないですぞ?」
「ならばそれに見合った姿を俺に見せてくれ・・・」
「え~ なんでお兄ちゃんの前でも猫かぶらないといけないの~ ぶう~」
口を蛸のようにすぼめ、いかにも不満ですと訴えている。
「別にそこまでは言ってねえよ、最低限可愛らしい姿を残してくれさえすれば構わん」
「それって今は可愛くないってこと?! お兄ちゃんの馬鹿! それになんかお兄ちゃん臭いし外で何してきたんだよ、この変態!」
「いや、何を考えてるんだお前は! ただ途中でゴミにぶつかっただけだ!」
そう言っても、信じ切ることができないのか、蒼は疑いの目で俺にジト目を向ける。
まさか、妹にそんな事をするような奴だと思われていたとは・・・
少し悲しくなりながらも、いまだジト目を向ける妹を残し、自室のある二階へと向かう。
バッグを下ろし机の上にあるパソコンを起動する。
カタカタとキーを打ち込みあるサイトを開く。
「おおーーー!!!! なんて可愛いんだ! そこ、そこをもう少し見せてくれ!」
先に言っておくが、いかがわしいサイトではない。
画面には笹を食べているパンダや、欠伸をしながら伸びをしている狐なんかが写されている。やはり疲れた一日の締めにはこのもふもふ達を見るに限る。俺の疲労メーターがぐんぐん下がっていくのがわかる。
階下ではそんな兄の声を聴いて呆れる蒼の姿があった。
「お兄ちゃんも大概なんだけど・・・」
その声は兄には届かない。
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今はラブコメを勉強中。





