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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

復讐屋

作者: 木下縁の下


 人は誰しも心に闇を抱えている。誰かを恨み、憎んでいる。それは当然。恥ずべきことではありません。

ーー殺したいのに殺せない、復讐したいのに手が出せない。そんな経験はありませんか? 

おまかせください!「復讐屋」があなたのお悩みをすっきり解決!経験豊富なスタッフたちが理想の復讐をばっちりサポート!相談は無料ですのでお気軽にご連絡ください。

 お客様の声

・最初は半信半疑でしたが、今思うと相談して本当によかったと思います!おかげさまで復讐の完遂はもちろん、大金持ちになり、彼女もできました!  (40歳 男性)

・奴隷にまで身を落とし、復讐など無理だと完全にあきらめていましたが、試しに相談してみてびっくり。あまりにも簡単に、かつ満足のいく復讐をすることができ、衝撃を受けました。店員さんも優しく親切なので、悩んでいる人にはおすすめですよ~。  (19歳 女性)

・こういった仕事はただ殺すだけのところも多いが、拷問方法やシチュエーションなど、細かい要望にもしっかり対応してくれるのが「復讐屋」のいいところ。他と違って店員が親しみやすいのもgood。(32歳 男性)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「・・・ここか」

そうつぶやいたのは一人の少年だった。やせ細った体にボロ布を巻き付け、手には色あせた紙を握りしめている。長い髪の隙間からかすかに見える瞳に光はなく、ただ鬱々とした狂気が渦巻いていた。

 少年が立っているのは薄汚れた道の真ん中だ。そこかしこにゴミが落ち、どこからか腐臭が漂っている。俗に言う、スラム街。それもかなり奥の、治安が悪く、めったに一般人の立ち入らない場所だった。人影はほとんど無いが、少年を包む静寂は決して気持ちのいいものではなかった。

 「ここ・・か・・・?」

 それだけに、少年の目の前にある店は、あまりにも異常だった。

 ゴミ一つ落ちていない細い路地を少し進んだ先に見えるのは、「復讐屋」と書いてある看板がかかった洒落た店だ。落書きどころかシミすらない壁の下の鉢植えには小さな花が控えめに咲いており、窓からは小粋な置物が見える。にぎやかな大通りにあればいい意味でも悪い意味でも目立たない、そんな印象を受ける店だった。

 --それが、薄汚れたスラム街の奥地にあるのだから、異常以外の何物でもない。

場違いな雰囲気に包まれる店に気圧されながらも、少年は少しずつ扉に近づいてゆき、扉に、手を、かけ、そしてーー


「おめでとうございまーす!」

「ございまぁす」

「!?」

クラッカーの音とともに、若い男の声が店内に響いた。


「お客様は当店開店以来約千人目のお客様です!つきましては、なんと今回に限り!無料で復讐支援をさせていただきます!さらに今なら…おや?」


「‥‥」


「ああ、申し訳ありません。私としたことが‥‥大丈夫ですか?さ、立って下さい、お客様」


 そういってしりもちをついていた少年に手を差し伸べたのは、黒い背広に身を包んだ若い男だ。落ち着いた雰囲気をまとうその男は、見る人を安心させるような笑みを浮かべている。


「いやぁ、失礼。さて」


「ようこそ『復讐屋』へ。本日はどういったご用件で?」


「ちょ」


男が服を正し、少年に向き直ったとたんに男の横に立っていた少女がそう聞いた。


「…殺したい奴がいるんだ。ここは、そういうところなんだろ?」


「えぇ、まずは詳しいお話を伺いましょう。奥の部屋へご案内しまぁす。さ、オルムさん。」


「…こちらへどうぞ」


セリフを取られた男は、少し落ち込みながら奥の部屋に消えていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「申し遅れました。私、当店「復讐屋」の店主を務めております、オルムと申します。先ほどの彼女はシリスという者です。以後お見知りおきを」


 案内されたのは小さな応接間。シンプルな机が1つに椅子が4つ、清潔感はあるが先ほどの部屋に比べて殺風景な印象を受ける。机にはシリスが淹れた紅茶と茶菓子が用意されていた。


「よろしければ、お名前をお聞きしても?ああ、偽名でも構いませんよ」


机の上の茶を口に含む。香りだけでもわかる高級な代物だ。すっきりした味わいが頭と心を落ち着かせる。


「…ピーター」


「ピーター様ですね。殺したい者がいるとのことでしたが、よろしければ詳細をお聞かせ願いますか?」


 にこやかな笑みを浮かべながらオルがそう聞くと、ピーターは顔をしかめながら答える。


「ズーキーという男を知ってるか」


「ふむ…ズーキー…ああ、もしかしてコルスルコ家の現当主、ズーキー・バルサルタですか?」


「そうだ。…あいつは9年前…家族を…僕の家族を殺したんだ!父上も母上も妹も!皆だ!だからあいつを!この手で殺してやるとそう誓った!」


 少年は忌まわしい記憶を思い出し、語気を強めながら叫ぶように話す。


「…だけど地位も財産も失った今の僕じゃどうあがいても不可能だ…計画を立てるたびにそう思い知らされた…そんな時、ここの噂を聞いたんだ。復讐を手助けしてくれる店があると」


 少年の過酷な人生の話を聞いたオルムはいかにも悲しい、といった表情を浮かべ、まるで役者のような大げさな動きで自分の胸に手を当てる。


「なるほど。ピーター様のお気持ちは痛いほどわかります。さぞかし悔しいでしょうね。そうなると、やはり自分の手で殺したいですよね。どういった殺し方がお望みですか?」


「殺し方?どういうことだ?」


ピーターは怪訝な表情を浮かべながら尋ねた。


「復讐、と一言にいっても動機や方法、身分や趣味嗜好などはお客様によって異なりますからね。自分の手でとどめを刺したい、苦しむところを見たい、自分の手で拷問したい、またその具体的な方法など…いわばオプションです。本来ですと多少お値段は張りますが、今回は無料サービスですのでお気になさらず、お好きな要望をどうぞ。ああ、ただしアフターサービスのみ別途料金となりますのでお気をつけ下さい。」


「あ、アフター…?いや、それより、殺し方…拷問か…」


ピーターは俯いて悩みだした。できれば苦しめて殺したいと考えていたことは事実だ。奴には家族を殺された。ならば目の前で家族を殺してやるというのはどうだろうか。


「あまり難しく考える必要はありません。なんでしたらこちらの方でサンプルをご用意しましょうか?」


「いや、決まった。…はははは、待ってろ…ズーキー…!!」


 ーー奴にはたしか、娘がいたはずだーー正面を向き、何かを力強く睨みつけながら、ピーターは獣のような笑みを浮かべた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 広く暗い廊下に息と足音が響く。こんなに走ったのはいつぶりだろうか。傭兵どもはなにをしているのだ、いったい何のために大金を払っていると思っているのだ。呼吸が苦しい。切られた右腕よりも足や肺の方がずっと痛い。


「はぁ…っ、あぁぐ、はぁ、くそっ…!」


暗く、広い廊下を月明りだけを頼りにひたすら走る。壁際に並んだ絵画や芸術品の数々が、青白い光に照らされ幻想的に輝く。しかし、必死に逃げる肥え太った男には、そんなことに心を奪われている余裕はないらしい。


「はぁっ…おい!誰かいないのか!」


ーーおかしい、これだけ呼びかけて誰も答えないのは明らかに異常だ。傭兵や使用人が全員殺されるなどあるはずもない。かわいい娘と息子はどこへいった。もしかするとこれは夢なのか?


 混乱した頭の中で、思考は現実逃避へと向かい始める。否、それを現実逃避と言い切ることはいささか酷かもしれない。なぜなら、彼の考えは正しいのだ。大金を払って雇ったプロの傭兵を、数十人いる使用人を、一晩のうちに皆殺しするなど普通ならできるはずもない。そう、普通なら。


 次の瞬間、男は背後から伸びてきた腕に後襟をつかまれ、引っ張られる。物凄い膂力だ。男の体はそのまま中を舞い、窓を突き破り庭に投げ出された。


「あぐっ!?ぐ、うぅ‥」


 背中から地面に落ち、全身を走る衝撃と痛みに苦悶の声を上げる。混乱する頭で、少しでも情報を得ようと手足を動かしもがく、がーー


「失礼」


 若い男の声とともに首筋を打たれる。どこかでその声を聞いた気がする。薄れゆく意識の中でそんな違和感を抱き、男は気を失ったーー


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「…う」


 目を覚まし一瞬の空白、そして直後に状況を理解する。縛られている。太った手首に縄が食い込む。おそらく忍び込んだ何者かに殴られ、気を失ったのだ。首筋から感じる痛みがその考えを肯定し、彼の意識を鮮明にしていた。


「お目覚めですか?おはようございます。いい夜ですね」


 頭上から、場にそぐわない気軽な目覚めの挨拶が聞こえてくる。思わず顔を上げると、そこには仮面をつけた黒ずくめの男が立っていた。その姿を見た瞬間、心の奥深くに眠っていた記憶が呼び覚まされる。その姿、見たことがある。服や仮面の見た目こそ違うが、その闇を纏うような恐ろしい雰囲気、立ち振る舞い、忘れるはずもない。その声、聞いたことがある。その心の奥底にまで強引に押し入ってくるような声、思い出しただけで寒気がする。


「お久しぶりです、ズーキー様。9年ぶりでしょうか」


「お、お、お前は…!‥ぐッ!?」


 男ーーズーキーは慌てて体を起こすが、直後、横から蹴られ再び地面に転がった。


「久しぶりだな。僕を覚えてるか?」


 振り向くと、16、7の少年が立っていた。その目は憎しみに染まり、素人から見てもわかる程の殺気を漂わせている。どこか記憶に引っかかる顔ではあるが、はっきりとは思い出せない。しかし、その表情を見ればなぜここにいるのかは明白だ。まして、あの男と共にいるのだから。

 つけが回ってきたのだ。天罰が下ろうとしているのだ。死にたくない、が、思えばあの時からこうなることはわかっていた気がする。


「--お父様…」


ーーそんな、諦観に染まりつつあったズーキーの思考を、か細い声が現実に引き戻した。娘の声だ。ハッとして声のした方に目を向けると、柱に縛り付けられた愛娘--アイシャの姿があった。その足元には、大量の木材が置いてある。嫌な想像が脳裏をよぎり、冷や汗が噴出してくる。


「な…何を…」


「見ればわかるだろう?燃やしてやるんだ、僕の親と同じように」


「…‥!や…やめ‥!」「お父様」


 ズーキーの必死な叫び声を遮るように、静かな声が宵闇に凛として響く。見ると、アイシャが恐怖を浮かべながらも、決意を決めた顔でズーキーを見つめている。そして、再び静かに口を開いた。


「私は、お父様を信じています。お父様は正しいお方なのだと。あなたのたった一人の子供として。」


「な…にを…」


 ーーたった一人の子供?何を言っている、お前には弟のコルが…

 言葉の意味が分からず一瞬呆けるが、直後、あたりを見回し、気付く。ーーコルが、息子がいない。少年と黒ずくめの男の方を見るが、息子を隠している様子もない。そして理解する。

 アイシャはコルを避難させたのだろう。そして自分が犠牲になり賊どもの注意を引き付けることによって、コルを逃がそうとしているのだろう。ああ、なんと。汚れた心の自分には似ても似つかない、心優しい子に育ったことか。


「くだらん」


しかし事情を知らぬ者からすればこのやりとりはありふれた家族愛の演劇に過ぎず、そんなもので復讐鬼が手を緩めるはずもなく。無慈悲な声と共にアイシャの足元の木材に火が放たれる。油でも撒いてあったのか、炎は一瞬で燃え広がり服にも燃え移った。有機物の燃える音と絶叫が月夜の空に響き渡る。


「あ…あぁ‥!やめろ…やめろぉお!!お、おい!私には何をしてもいい!悪いのは全て私なんだ!だから娘だけは!どうか…!」


 そんな父親の悲痛な叫びにも目もくれず、復讐の炎は罪のない娘を焼いてゆく。次第に勢いを増す炎とは裏腹に、断末魔の叫びは少しずつ小さくなる。

 そうして、聞こえるか細い音が果たして悲鳴なのかそれともただ肉が焼ける音なのか、わからなくなった頃、少年が自分の方を向き、炎の方を顎でしゃくる。黒ずくめの男がゆっくりと近づき、ズーキーの服をつかみーーー


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ーー刺すような痛みが全身を襲う。思うように息ができない。どうにか酸素を吸おうとして、自分が絶叫を上げていたことに気づく。

 

 ふと、手に何かが当たる感触がした。まだ感覚が残っていたことに驚きながらもソレを握りしめる。一瞬で崩れたソレは、手のような形をしていたように感じた。


 こうなることは分かっていたはずなのだ。なぜ、求めてしまったのだ。復讐を終えて、そこで終わるべきだったのに。その結果がこれだ。関係ないはずの娘まで巻き込んで。ああ、どうか。コルよ、息子よ、どうか全てを忘れ、平和な、未来をーーー


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「オルムさん、お手紙でぇす」


 何かいいことでも起こりそうな気持のいい朝に、復讐屋に一通の手紙が届いた。シリスからそれを受け取ったオルムは、手紙の封を丁寧に切る。

「おや…?ああ、懐かしいですね、ピーター様からですよ。10年ぶりでしょうか。ほら、覚えてませんか、一万人記念の無料サービスをご利用された!ほら、写真も同封されてますよ」


 白黒の写真には、細身の男が写っている。よく見ればなるほど、どこかで見た顔だ。


「ああ、あの子ですか。たった10年で見違えるほど…人間は成長が早いですねぇ」


 当時は復讐に昏く燃えていた目も今では穏やかになり、写真越しでも落ち着きと風格が伝わってくるようだ。しばらく眺めた後、紅茶を飲みながら手紙を読んでいるオルムに写真を返したシリスは、一拍おいてから静かに尋ねる。


「ねえ、この仕事、いつまで続けるつもりですか?」


 唐突な質問に思わず顔を上げるオルム。答えは決まっていなかったようで、顎に手を当てて悩みだす。そしてひとしきり悩んだ後に静かに口を開く。


「そうですね…。いつまで、と問われれば、やめるまで、というのが今のところの答えでしょうか。復讐は終わりませんからね」


「終わらない、ですかぁ。えー?そぉですかぁ?」


 オルムが熟考して導き出した答え、しかしシリスは納得できないようだ。


「そぉですとも。いいですか、人間というのは許容できない絶望に瀕したとき、何かに依存することで自我を保つのです。それは時に空想であり、時に神であり、また時に麻薬であり、そして時に復讐でもあるのです。つまりここを訪れるような方にとって復讐とは、神や麻薬と同じ、なくては生きられないものなのですよ」


「でもでもぉ、神は死なないし麻薬は無くならないじゃないですかぁ。でも復讐は成し遂げたらそこで終わりでしょ?終わっちゃうんですよ、復讐はぁ」


「さあ、そうとも限りませんよ?それよりもほら、お客様ですよ」


 雑談に興じていると、店の外から一定の間隔で靴音がが鳴り響いてきた。オルムは静かに席を立ち、服の埃をはらい襟元を正す。やがて、かすかに軋む音がして、ゆっくりと扉が開いた。


「いらっしゃいませ。私、当『復讐屋』の店主を務めております、オルムというものです。以後、お見知りおきを。さて、本日はどういったご用件で?」


 扉の先にいたのはボロ布に身を包んだ少年だ。

「…俺はコル。コル・バルサルタ。…殺したい奴がいるんだ。ここは、そういうところなんだろ?」



ーーー復讐は終わらない。例え終わろうとも、終わらせないのだから。
















 









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