6-6
「ぐっ……! ゲホッ、ゴボッ……!」
「おいっ……しっかりしろ!」
「みんな、気を確かに……魔法を維持するんだ。フロリンズ教頭とベシルバード閣下に続け! ……ぐあぁぁっ!」
一人、また一人と、エルバンス魔法学院の教師たちが倒れていった。
ある者は魔力切れを起こし、ある者はアモルが巻き起こす雷の魔法の余波を食らって。
先陣を切って水の魔法で対抗しながら、ベシルバードが口元に淡い苦笑をにじませた。
「……ふむ。さすがに、そろそろ限界かね」
問いかけた相手は、背後にいるフロリンズ教頭ではなく……──
雷の魔法を正面から放ち続けている黒髪の少年だった。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ…………」
アモルは、今や、血の気の引いた蒼白な顔で息を切らしていた。
雷魔法の威力が徐々に弱まり、ベシルバードたちの水魔法に押し戻されていく。
「アモル、何をしてるの。あと少しなのよ。もっと魔法を強めなさい」
「……っ! ……くっ!」
胸元に銀色の香炉を揺らす女が叱咤する中、アモルの口からゴボリと鮮血があふれた。
真っ赤な液体がパタパタと足下に落ちて、くすんだ絨毯に染みを作っていく。
その様子を冷静に見てとったベシルバードは、ニヤリと残忍な笑みを浮かべた。
「どうやら肉体の方が異界のエネルギーについていってないようだな。……そろそろ終わりにするとしよう」
「……!? 何、を」
どこに、そんな余力を残していたというのか。
ベシルバードが水魔法に魔力を注ぎ込むと、濁流にすぎなかった水が龍の姿に変形した。
エメラルドの鱗が神々しいほどの光を放ちながらアモルと女に押し寄せる。
アモルも弱りつつある雷魔法で迎え撃とうとするが、間に合わない。
威力を相殺しきれずに、アモルは水龍の攻撃をまともに食らって吹き飛ばされた。
「ぐっ……うぁぁっ!」
必死に身体を起こそうとするが、異界のエネルギーにさらされ続けて無理をした身体が言うことをきかない。
木札に伸ばそうとした手が小刻みに震え、貧血を起こした視界がぐらぐら揺れた。
戦う理由があった。
どうしても、守りたい何かが。
こんなところで負けるわけにはいかない……のに。
「はぁっ……はぁっ……は…………」
想いに反して、泥のような疲労感に意識を刈り取られそうになる。
奥歯を噛みしめながら、アモルはベシルバードを睨みつける。
……睨みつけることしか、できない。
倒れ伏したアモルたちの正面には、水の龍が鎌首をもたげて攻撃の命令を待ちわびている。
まるで獲物を狙って舌なめずりする蛇のように。
ホールの入口で状況を見ていたマクウェルたちが色を失った。
「ちょっ……まずいよ、あれ」
「逃げろ、アモル!」
「お父様、やめてぇぇ!」
愛娘の懇願を聞いても、ベシルバードは止まらない。
魔法使い協会の上議員長として、冷徹に靴音を響かせた。
「誰かの幸せのために、誰かが犠牲になる──それがこの世界の真理だ。若き魔法使い」
一歩、また一歩と距離を詰める。
昼下がりの散歩と何も変わらない、穏やかな足取りで。
──そのくせ、断罪の鎌を背負った死神のように。
「未来ある若者の命を散らすのは本意ではないが、これ以上、ワーグナーの魔女の思い通りにさせるわけにはいかん。世界のための尊い犠牲だ。さらばだ──アモル・ワーグナー」
水の龍が、牙の生えそろったあぎとを大きく開け放つ。
最期のときを覚悟して、アモルはその残忍で美しい龍を見つめた。
この後に及んで、大切なひとの顔も、何も浮かばない自分を哀しく思いながら。
自分は何かを残せただろうか?
この世界に生きた証として……。
そのとき、視界に見知らぬ少女の背中が割り込んだ。
燃えるような赤い髪。胸元の開いたドレスではなく、エルバンス魔法学院の制服を着て、大人になりきらないしなやかな手足を広げて攻撃をさえぎろうとする──そんな抵抗も水の龍の前には無力だと知りながら。
その瞬間。
アモルのすみれ色の瞳に、少女の哀しげな笑みが、確かに映った。
──アモル様、逃げて!!
アモルはすみれ色の瞳を見開いた。
必死に手を伸ばしたアモルの目の前で──
少女の華奢な身体が衝撃に吹き飛ばされて宙を舞った。
「──……リリー!!」




