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魔法使いと業火の娘  作者: 深月(由希つばさ)
第1章 仔猫と水晶
3/61

1-2

 こうしてワーグナー一家に使用人が一人増えた。

 人買いの仲介人(ちゅうかいにん)が目を付けた家だけあって、一家は土地の名士だった。

 屋敷には、家長である老人とワーグナー夫妻、夫妻の息子二人の五人家族が暮らしている。

 対して、住み込みで働く使用人は家宰(かさい)のじいやと家事炊事(すいじ)をするメイドが二人、庭師(けん)雑用係の青年が一人。

 そこにリリーも加わって、家族一人につき使用人が一人いる計算になる。


 少女が来た翌日(よくじつ)、もうじき十八歳になるメイドのマーガレットは、台所で、親の(かたき)がごとくゴボウを(にら)んでいる新入りを見つけた。

 首を(ひね)った……ゴボウに何か(うら)みでもあるのだろうか?

 事情を訊くと、リリーは口の中でごにょごにょと言い訳した。



妖艶(ようえん)魔性(ましょう)の女に、なる決意を、固めようかと……」


「……?」



 気のいいマーガレットはそれ以上、深く訊かないことにした。

 陽気がよくなると頭のネジが外れるひともいるのだ。まだ子どもなのに、かわいそうに。



「でも、あんた。運がよかったよ。拾われたのがこの家でさ。ここじゃ野良(のら)仕事もしなくていいし、使い捨てみたいに朝から晩まで働かされることもないからね」



 マーガレットの(となり)で台所仕事を手伝いながら、そうなんだろうな、とリリーもぼんやり思った。


 昨日の夜──

 ゴボウはゴボウでも、ここまでの長旅で土や(ほこり)まみれになって土付きゴボウになっていたリリーは、とりあえず、()み置きの水で身体を(ぬぐ)おうとした。

 そこへマーガレットが現れて(しか)ったのだ。

 勝手に水を使ったことを怒られたのかと思ったリリーは反射的に謝ったのだが……。



『あんた、何してるの。そんな冷たい水で。風邪(かぜ)ひいたらどうするの!』



 そう怒鳴(どな)られてびっくりした。

 マーガレットはリリーのために貴重な(まき)を使ってお湯を()かしてくれた。

 リリーの家では考えられない贅沢(ぜいたく)だった。

 しかも、(やと)い主である家族ですらない、使用人のため。



(え? 何ここ、天国? おら、夢でも見てるのかなぁ)



 けれど、一晩経っても、夢は()めなかった。

 少年専用の小間使いになったはずのリリーは、特に何も命令されることもなく、なんとはなしに他の使用人たちを手伝って野菜の皮むきをしたり屋敷の掃除(そうじ)をしたりしている。



「アモル……()、の部屋には入るなって言われたんだけど……」


「ああ。気にすることないよ。私たちもほとんど入ったことないから。貴重な魔導書を汚されたり魔術具を割られたりしたら困るって思ってるんじゃない?」


「──魔導書? 魔術具?」



 自分でも驚くぐらい()頓狂(とんきょう)な声が出た。

 そういえば魔法使いの家に売られてきたんだった……。



「──って、ええ?! あの男の子も? お兄さんだけじゃなく? だって、あの子、まだおらと同い年……あ、でも、一人前の魔法使いとして認められたお(いわ)いだって言ってた……かも」



 その(いわ)いの品が他ならぬ自分だ。

 リリーは冷や汗をかいて青くなった。



「エヴィン様とアモル様だけじゃなく、大旦那(おおだんな)のおじいさまもだわよ。まぁ、旦那(だんな)様は生まれつき魔力とやらがなくて、わざわざ別の魔法使いのおうちから奥様を(めと)ったっていうわ──つまり、そういう家系なのよねぇ」



 魔法使いのサラブレッドというやつか。

 名馬と名馬を掛け合わせるあれか。あれなのか。

 お(なべ)をかき回していたら思考自体もぐるぐるしてきた。なんだか目が回りそう。



「……あのぅ。そもそも魔法使いって一体何なんですか」


「えっ、ちょっと待って。やだ、魔法使いを知らない?」


「……なんとなく偉いひとってぐらいしか。うちの村にはいなかったし」



 そっかぁ、そんな場所もあるんだよねぇ、とマーガレットは気の毒そうな顔をした。

 なぜそんな顔をされるのか、リリーにはよくわからない。

 マーガレットはキリッと姿勢を正した。



「いーい、リリーちゃん。この家に仕えるからにはよーく覚えときなさいな。魔法使いっていうのは──」



 ──ごくっ。

 リリーは唾を飲み込んだ。



「──困ってるひとのことを、人智(じんち)を超えた力で助けるスーパーマンなのよ!」


「…………はい?」



 お(なべ)をかき回していたお玉がリリーの手から逃げてすっ飛んでいった。



  ☆☆



「アモル様、おかえりなさい! あの、ですね。ジャムの(ふた)が開かなくって……」


「……ジャム?」



 その日、帰宅したアモルは差し出されたいちごジャムの小瓶(こびん)(なが)め回した。

 どこからどう見ても何の変哲(へんてつ)もないジャムである。

 力をこめると、あっさり開いた。



「──開いたけど」


「あ、はい……」


「……?」



 リリーはなぜか少し残念そうな顔をした。

 なぜだろう。アモルは首を(かし)げた。

 それからも、リリーは何かにつけてアモルにつきまとうようになった。

 まるで主人の足元にまとわりついて遊んでもらいたがる子犬のようでもある。



「アモル様、アモル様! どこからか迷い(ねこ)が来て……」



 ──ミルクと浅皿を出してやった。



「ドアの立て付けが悪くて……!」



 ──油を差してやった。



「机のささくれが危なくって……!」



 ──やすりで研磨(けんま)してやった。



「ほら、おまえも手出せ」


「え?」


「ささくれで怪我(けが)してんだろ」



 リリーは目を丸くした。

 どうしてバレたのだろう、という顔だ。

 隠していた左手をおずおずと出してくる。

 けっこう思い切りよくザックリ切っていて、アモルは(まゆ)をしかめた。

 傷薬を塗って包帯(ほうたい)を巻いてやる。



「ありがとう、ございます……」



 リリーはしゅんと項垂(うなだ)れて、アモルは怪訝(けげん)な顔をした。



(こいつ、何がしたいんだ……?)



 アモルはだんだんイライラしてきた。

 同じ年頃の女の子なのに、行動も意図もまったく読めない。

 メイドのマーガレットにそれとなく訊いたら、「アモル様。女心は山のお天気のように移り変わる、複雑怪奇(ふくざつかいき)なものなんです」なんて(さと)された……ますますわけがわからない。

 そんな日々がしばらく続いた。


 アモルの心中を知らず、リリーはリリーで、もう何日も一人で悶々(もんもん)と考え続けていた。

 知恵を振り(しぼ)って考えたジャムの(ふた)作戦も、子(ねこ)(えさ)やり作戦も、ドアや机の修繕(しゅうぜん)作戦も、すべて空振りに終わってしまった。

 結局、アモルの手間を増やしただけである。

 それを思うとなんとも情けなくなってくる。



(うーん、いったいどうすれば……)



 この日、リリーは本棚(ほんだな)()掃除(そうじ)をしようとした。

 が、明らかに身長が足りない。

 つま先立ちをして届く高さにも限度がある。

 しばらくつま先立ちでぷるぷるした後、リリーはアモルの元に駆けていった。



「あの、アモル様……(たな)の上に届かなくて困ってるんです!」


「……」



 帰宅して(かばん)を下ろしもしないうちに呼び止められ、アモルは渋々といった感じに本棚(ほんだな)(なが)め、リリーを見て、小さな手が握りしめている雑巾(ぞうきん)に目をやった。

 リリーは気合い満々で、手が(よご)れるのも気に留めていない。

 アモルは黙々とハシゴを出してやり──

 リリーはちょっとがっかりした顔をした。

 出してもらったハシゴに上り、しょんぼりと()掃除(そうじ)に取りかかった。



(ちっがーう! そうじゃなくて……。うーん。どうしたらいいんだろ。もっと困ってること……困ってること……)


「バカ、危ないっ!」


「え……」



 ハシゴから受け身もとらないまま床に(たた)き付けられる寸前、アモルが滑り込んで少女を受け止めた。

 そのまま二人で派手にすっ転んだ。

 (かばん)の中身が散らばり、(あや)しげな手鏡や水晶玉、呪句(じゅく)を書き付けた木札やらが盛大(せいだい)にばらまかれる。

 後頭部をもろにぶつけたアモルが(うめ)いた。



「うぅ……()ってー」


「わわわっ、アモル様、ごめんなさ……──」



 リリーの手が水晶玉に一瞬触れた。

 そのとき──



(な、何っ……?!)



 水晶玉から不思議な光が(こぼ)れ、雷光と見間違うような(まばゆ)いきらめきに目がくらんだ。

 本当に驚いたのはその後だった。

 透明な硝子(がらす)の中に見たこともない景色が映し出された。

 数え切れないほどの()せ細った人々、泣いている子ども、乾いてヒビ割れた土地、()れ果てた作物……そして──



「……触るな!!」



 アモルに強く突き飛ばされて、リリーは(われ)に返った。

 表情は強張(こわば)り、心なしか少し青ざめている。



「ご、ごめんなさい! おら、決して触るつもりじゃ……ごめんなさい! ごめんなさい!」


「おまえ、こないだっから変だぞ! 僕の周りをちょろちょろちょこまかと……いったい何がしたいんだよ?!」



 リリーは泣きそうになった。びくびくしながら答えた。



「……魔法を……」


「あぁ?!」


「……魔法を使わないかなーって……」


「………………はぁ?」



 予想外の答えに、アモルは一瞬、毒気(どくけ)を抜かれてぽかんとした。

 弱り果てたのはリリーである。

 魔法使いは困ったひとを救うのだというマーガレットの言葉を()に受けて、困ったら何かにつけてアモルを頼っていたのだという経緯(けいい)を説明したら、アモルは(あき)れたように頭を(かか)えた。

 リリーはそんなアモルの様子にも気付かず、懇願(こんがん)(てい)になっている。



「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……追い出さないで」


「……二度とするな」



 がたがた震えている少女を見て、アモルはそれ以上、怒る気が()せた。

 (かばん)の中身を拾い集めて、()()なく(きびす)を返した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アモルくんがなんか好感持てるんですよね。 リリーちゃん、可愛いけど身近に居たら、わりと面倒くさい子かも。 人間描写が本当に上手だなぁ。 [一言] 分量的に、このタイミングで評価ポイン…
[一言] こんばんは(*´ω`*) リリーちゃんかわいい(*´ω`*) 先輩であるマーガレットに「部屋には入るなって言われたんだけど……」とか、文字だけでは生意気に見えるのに、これまでの見せ方が巧み…
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