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エルバンス魔法学院を擁するルシアーズの街の片隅で、チョークが地面を撫でる硬質な音が静かに響き渡る。
スラムの中にある小さな空き地で、サウルにモモ、チャコ、その他にも数人の子どもたちが出題された問題に一生懸命取り組んでいた。
「──はい。それじゃ、この問題がわかるひとー?」
「はーい、せんせー!」
「マクウェル先生ー!」
この日の先生役を買って出たマクウェルは、にこにこしながら回答者にサウルを指名した。
将来は先生になりたいと大志を抱くサウルは得意げに咳払いをしながら立ち上がった。そこへ──
「おーい、おやつ持ってきたぞー」
「やったー、おやつ!」
「ズルい、私も!」
買い出しに行っていたダイスが絶妙なタイミングで戻ってきてしまい、授業は一時中断になった。
自信満々に答えようとしていたサウルは「おい、誰か俺の話聞けよー」といじけている。
「ねぇ、ダイス。おやつ作戦は逆効果なんじゃない?」
「そんなことねーよ。おやつがもらえるからって『教室』来る奴も増えてるし」
実際、おやつをもらってもその場で食べず、家族に持ち帰る子どもも多い。
一人一人にあげているのは揚げ菓子一個程度なのだが、それを九人も十人もいる家族で大事に分け合うのだ。
子どもがお菓子を持ち帰るからという理由で子どもを「教室」に送り出してくれる親もだんだん増えてきた。
「ねぇ、ダイス兄ちゃん。サッカーやろ! 今日は負けないんだから」
「お。言ったなー? このダイス様の華麗なるシュートに驚くなよ」
やれやれ、どっちが子どもなんだかとマクウェルが嘆息する。
その様子を青空教室の後ろで見ていたアモルとリリーは、こそこそと囁き合った。
「まさかダイスさんとマクウェルさんが協力してくれるようになるなんて……」
「あいつら、子ども好きだからなー。僕にはとても真似できん」
「いえ。アモル様の授業も人気ですよ?」
初めてアモルが「授業」をした日──
史上最年少で魔法使いになった「先生」が来るというので、子どもたちがガチガチに緊張していた。見ているリリーがハラハラしたほどだ。
だが、それも一時間と続かなかった。
子どもたちの誰かが仏頂面のアモルをいじり始め、怒らないのを知るとますます調子に乗ってからかうようになった。
今では一番遊んでもらえる人気の「先生」になっていることを、アモル本人だけが知らないのだ。
「見てろよ。いつか高等魔法元素理論を教えてやる」
……などと妙に意気込んでいる。
いったいいつになることやら。その頃にはもうアモルは学院を卒業している計算になるのだが、本人は気付いているのだろうか。
リリー自身も、少しずつだが、学院でクラスメイトたちともぽつりぽつりと話すようになってきた。
夜は寮を抜け出してアモルの研究を手伝っている──もちろん、ダイスやマクウェルにも内緒で。
そうして二人で一緒に時間を過ごしていると、離れていた月日を取り戻すような気がした。
☆☆
子どもたちの青空教室が終わると、四人は空き地に留まってお喋りに花を咲かせた。
一人ひとつずつ、余った揚げ菓子にぱくつきながら、舌の上に広がる甘みを味わう。
「──へぇ。じゃあ、二人は一緒の屋敷で暮らしてたんだ」
マクウェルが言い出すと、揚げ菓子をくわえたダイスも身を乗り出す。
「なぁなぁ、アモルの恥ずかしい話とかってない?」
「あ、こら」
「だってさー。アモル、普段自分のことあんまり話さねーんだもん」
「あ、でも僕も聞きたい。アモルの家族ってどんなひとたち?」
ダイスに加えて、マクウェルまで話題に乗ってくる。
揚げ菓子を几帳面に食べて、リリーも口を開いた。
「みなさん、優しかったです。おじいさまとお兄様は立派な魔法使いで、お父様は町長をやっていらっしゃいました。アモル様とお兄様は本当に仲が良くて」
「おい、リリー」
慌てるアモルに対して、ダイスが茶化した。
「お、アモル照れてる」
「……っ! おまえら人をブラコンみたいに」
「ふふ。あのアモルがねー。あれ? お母さんは?」
「え? お母様? ……奥様、は──」
何気なく訊いたマクウェルは、リリーの様子がおかしいことに気付いた。
「? リリーさん、どうしたの。顔色が……」
がたん、とアモルが席を立った。
「悪いけど、先に帰る。リリーもいいな?」
「…………え? は、はい……」
いきなり席を立ったアモルに続いて、リリーも幾分、血の気の引いた顔でぺこりとお辞儀して出て行った。
二人が去って、マクウェルはダイスと顔を見合わせた。
「……僕、なんかまずいこと聞いた?」
「……マクウェル、おまえ知らねーの? あいつの母親の事件」
「……え?」
「──三年前の魔女裁判だよ」




