善は急げ
「光児村?でいいのかな?」
郁は、マップアプリで<光児村診療所>を調べていた。
この場所に何か手掛かりがあるかもしれない。
夢中になって検索していると、
「郁~?晩ご飯出来たわよ~」
一階から母の間延びした声が響いた。
郁は心臓がドキィッ!と音を立てた、ように感じるほどビビりながら返事をする。
「は、は~い!今行く!」
手帳を自分の机の中にしまうと、散らかしたものたちを押し入れに押し込み、台所へと急いだ。
「今日は、ハンバーグよ」
「わぁ~、嬉しいなぁ」
「………」
母、絵美子が眉をひそめた。
「あんた、なんかおかしくない?」
「え?何が?」
「何がって…変な感じ」
さすが、母親。鋭い。
郁はドギマギしながらも、「なんでもないよ~」とこれまた不自然な笑顔で取り繕った。
「ふ~ん」とどこか納得していないような絵美子だったが、それ以上、追及もしてこなかった。
絵美子は、運送会社で事務の仕事をしながら、週三日コンビニで夜のバイトもしている。
家を守るため本当によく働いてくれる良き母親だ。
絵美子を心配させたくない。
でも、光児村にはいってみたい。
郁の胸の中は、複雑に渦巻いていた。
「今度さ」
「うん?」
「幸彦たちと勉強合宿しようって話が出てるんだけど、行ってもいいかな?」
「勉強合宿?」
「そうそう!夏休みの宿題をみんなでやろうって話になってさ」
「いつ行くのよ」
「それはまだ決めてないんだけど、近々予定してる。詳しく分かったらまた知らせるからさ」
「そう」
友達を巻き込んで、下手な嘘をついたと思うが、郁は光児村行くことを決めていた。
光児村に行ったからといって何か収穫があるとも限らない。
だから、自分勝手に行動したかった。誰にも心配かけないように。
まだ、中学生の郁にはそれは無理な話だと気づかないのだけれど…。
***
部屋に戻った郁は、先ほどの続きを始めた。
マップアプリで<光児村診療所>を調べたがヒットしなかった。
<光児村>自体は存在しているようで、郁の家から電車で3時間。バスを乗り継いで1時間くらいの山奥にあるようだった。
郁は、机の引き出しから貯めていたお年玉を引っ張り出した。
三万五千円弱。
たぶん行ける。一泊二日なら。うん、大丈夫。最悪、日帰りすればいいし。
郁は、カレンダーに目を向けた。
色々準備も必要だし、決行は来週にしよう!
少し気持ちがウキウキしてきた。
知らない場所に行くのは不安もあるが、楽しみもある。
もしかしたら、父さんと兄さんに会えるかもしれない。
そしたら、自分自身の家族関係が明らかになってくる。
これは、郁にとってのプチ自分探しの旅になるのだ。