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ワシ、見られてた

 窓から外の様子を見ていたフェリスは、一瞬だけの姿をしっかりと捉えていた。

 今、窓のすぐ前を通り過ぎた少年。黒髪で、角があり、尻尾があった。フェリスは侍女の静止を無視して、窓を開けた。

 生ぬるい風が、顔を襲う。それに構わず、フェリスは少年の行く先を目で追った。

 建物の上を跳びはねるように、黒い人影は去っていく。


「間違い、ない……」


 あれは、自分を助けてくれた、魔族の少年だ。一瞬とはいえ、あの特徴的な姿を見間違えはしない。

 身を乗り出し、声をかけようとした。だが、少年はすぐに麦粒のように小さくなっていく。フェリスが窓から身を乗り出しても届きそうにない。


「フェリス様!」


 年の離れた侍女が、フェリスを部屋に引き戻す。


「何をなさるのですか!」


 叱られたが、フェリスは侍女の言葉などどうでもよかった。


 ――あの人が、なんでこの街に……?


 すぐさま外に出て、少年を追いたかった。間に合わないと分かっても、フェリスは自分の衝動を抑えきれない。

 侍女の言葉を振り払って、扉へと走る。しかし、フェリスが開けるよりも先に、侍女に回り込まれてしまった。


「どこへ行こうとなさるのですか!? 外はまだ危険です!」

「お願い、行かせて! あの人が来ているの!」

「あの人……?」

「そう、私を助けてくれた人!」


 侍女には、自分が以前、魔族の少年に助けられた話をしている。すぐに理解してくれると思い、


「いけません! でしたら、なおさら危険です! きっと、その魔族が今回の犯人です!」

「そんなことない!」

「いいえ! なんと言われようと、ここを通しはいたしません!」


 扉を背にして、侍女は断固として動こうとしなかった。

 一瞬のにらみ合い。それを破ったのは、扉から入って来た女性だった。


「お姉様!」

「フェリス、どうしたの? 大きな声を出して……」


 自分と同じ銀色の髪、青い瞳で、背が高い。姉の、イングリットだ。


「お姉様、あの人が来ていたの! 私を助けてくれた人が!」

「それって、魔族だっていう……?」

「そう! 早く行かないと、間に合わなくなっちゃう!」


 焦るフェリスの様子に圧されたようにイングリットは一歩下がった。それでも、次の瞬間には顔を厳しくして、侍女と同じように扉の前に立つ。


「フェリス、お父様から言われたでしょう? その魔族の人のことは忘れなさいって」


 確かに。父は生粋の魔族嫌い。フェリスの言うことを信じようとしなかった上に、魔族についての勉強すらやめるよう言ってきた。

 母も姉も、フェリスとは反対の立場にいる。きっと、姉は何があっても通してくれないだろう。

 ドレスを握りしめ、フェリスはうつむいた。命の恩人に一言かけることすらできない。何もできない自分が悔しくてたまらない。


 ――きっと、また助けに来てくれたんだ。


 根拠はないが、そう思う。少年は魔族だが、助けてくれた時は優しい言葉をかけてくれた。フェリスは怯え、逃げようとしていたのに。

 勝手な思い込みかもしれない。だが、あの少年が前の前を通り過ぎたのは事実。これがただ偶然だとは思えない。

 侍女は今回の犯人だ、などと言うが、人族(ヒューマン)を襲う邪悪な人物なら、そもそもフェリスはあの少年に助けられなかっただろう。


 ――あの人に、もう一度会いたい。


 しかし、今のフェリスでは、会って言葉を交わすこともできない。

 イングリットが頭を撫でてくれた。穏やかに、優しくフェリスを慰める。


「今は我慢して、フェリス。今は、私にも何もできないの」


 今は、と姉は言う。そして小声で、


「焦らないで、きっと会える時が来るから」


 ――えっ?


 顔を上げると、姉は柔らかく微笑んでいた。それ以上は何も言わない。


 ――お姉様、もしかして……?


 姉の真意は分からない。ただフェリスをとどめようというわけでは、ないのだろうか。

 言葉の意味を考えていると、今度は荒々しく扉が開かれた。


「イングリット! フェリス!」

「お父様?」


 慌てた様子でイングリットが振り向く。いきなり入って来たので、フェリスも驚いて固まってしまった。


「無事だな?」

「は、はい。フェリスも、ね?」


 うなずく。すると父・シドは何故かフェリスを見て顔を緩めた。

 しかし、それは一瞬だった。フェリスとイングリットの無事を確認すると、厳しい表情を作り、


「ああ、無事ならいい。すまない、驚かせたな」

「いえ……。どうかしたの? お父様」

「いや、騒動が落ち着いたのでな。様子を見に来た」


 それにしては、かなり慌てていたようだが。


「もう、大丈夫なの?」

「大丈夫だ。敵は全て倒した。もう何も問題はない」


 イングリットが問うと、父はしっかりと頷いた。


「ただ、まだいくつかの確認と、仕事が残っている。イングリット、フェリスをしっかりと見ていてやってくれ」

「はい、分かりました」


 父は、入ってきた時と同じように、急いで出て行った。


「お父様、どうしたのかしら。焦ってらしたようだけど……」


 フェリスにも、分からない。それに、一瞬だけ見せたあの表情は何だったのだろうか。


 ――私に、なにかあったのかな?


 父の様子に疑問を抱きながら、フェリスは姉の手を握った。

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