ワシ、奮戦する・後編
体に熱はあるが、汗一つかいていない。魔力にも、まだまだ余裕がある。
――元気じゃのう、ワシ。
呆れとも諦めとも分からぬため息を一つ。体の丈夫さに嘆く日が来るとは。
――とはいっても、じゃが。
エヴァルトの奮戦があったとはいえ、間に合わなかったことがある。
ちぎられ、ばらされ、干からびたようなものもある。
――すまん、とワシがいうのもおかしいが。
葬ってやりたい気もするが、そんな余裕は自分にないだろう。
後ろから、いくつもの気配が近づいてくる。鎧を鳴らす音、剣や槍を構える音。魔法の詠唱も聞こえる。
「貴様! 貴様が首謀者か!?」
野太い声が、エヴァルトの耳を刺した。
――魔族を見れば、当然の反応じゃろうなあ……。
両手を上げて、振り向く。予想通りのものが並んでいた。
やや怯えている者もいるが、兵士全員がエヴァルトに向けて武器を構えていた。
中央にいる、厳しい表情の男。いかにもといった屈強な体を、分厚い鎧で包んでいる。
「何者だ……?」
どう叫ばれるのかと思っていた所で、男が顔をしかめた。
驚くような見つめ方。まるでエヴァルトを知っているとでもいうかのような、顔である。
「なんじゃ? ワシ、どこかでおヌシに会ったことあるかのう?」
エヴァルトの記憶にはない。
「黒い角に、尻尾……? 貴様、竜人族か……?」
「そうじゃが。それがどうした? ん?」
男の表情が、さらに複雑に歪んだ。覇気が抜けている。周囲の兵士たちも、男の様子がおかしいと気づいたようだ。
「……貴様」
「なんじゃ?」
「このあたりで、人助けをしているという魔族か?」
「人助け……? ああ」
ポン、と手を打つ。
天使によこされる仕事のことだろう。あれは、一応、人助けだ。
「まあ、そんなようなことをしたかもしれん。それで、どうした?」
「いや……」
男は何やら言いたそうだったが、言葉を濁した。その男に代わるように、兵士たちの後ろから声が飛ぶ。
「兵士長! 事態は落ち着いたのか!?」
「オウヴェラント様!」
兵士が割れ、道ができる。そこを歩いてくるのは、初老の男。様、とつけられるあたり、この街の主かもしれない。
「どうした、何をしている? まだ敵は残っているのか?」
「あ、いえ、死霊どもは片付きました。ですが……」
兵士長と呼ばれた男がこちらに視線を寄越すと、初老の男もエヴァルトを見て、
「魔族……? いや、待て、貴様の角……。まさか?」
「おそらく、間違いないかと……」
――なんじゃ? ワシに何かあるのか?
事情が見えてこない。兵士たちも、どうしていいのか分からないようだ。
――撤収するなら、今かのう。
自分は、人族の街にいていい存在ではない。
両足と尻尾に力をこめ、地を叩くように跳び上がる。
「ま、待て!」
兵士長が叫ぶが、無視。このまま犯人だと間違われて騒ぎが大きくなっても困る。
また屋根の上に降り、エヴァルトは駆けた。途中、城の壁面を足場にして、最短で街の外へと向かう。
――あ、終わったんかのう、これ。
「天使ー」
「は、はいっ、お疲れ様でした! 今日はこれで終わりとのことですっ」
「それなら、とっとと帰るかのう」
なるべく人目を避けて、屋根の下から見つからぬように、エヴァルトは街の反対側まで走り抜けた。




