ワシ、奮戦する・中編
ご覧いただきありがとうございます。
まだ、人族は多くが逃げ惑っている。中心部にも、逃げ遅れた人々が波のようにうねっていた。
エヴァルトに気づく者は少ない。が、気づいた者は一様に表情を変え、
「ま、魔族だ! こっちからも魔族が来たぞ!」
そんな叫びも、今のエヴァルトは置き去りにする。中央広場には、建物がない。なので、今度は屋根ではなく、人の肩と背をを借りる。
なるべく力をいれずに跳ぶ。力を入れ過ぎると、人族の体はすぐに壊れてしまう。
――やれやれ、ワシがこんなことを気にする側になるとはな!
やがて、逃げてくる人の数が減ってきた。逃げ遅れがまばらになり、代わりに剣や槍を持った鉄鎧の兵士たちの背が見えてきた。
兵士たちは奮起しているようで、うごめく影、死霊と戦っている。聖職者が祈り、死霊を追い払うべく退魔の祈りを捧げている。
――分が悪いようじゃの。
エヴァルトの目に飛び込んできたのは、死霊の波だった。広場を埋め尽くすように、さらにその向こう側からも押し寄せてくる。
どこから湧いたのかはさっぱりだが、このままでは街一つ飲み込まれてしまう。
「おい、天使! あれを片付けるのか!?」
「ひゃ、ひゃいっ! お、お願いしますー!」
天使も予想外だったのか、声が上ずっていた。
「えらい無茶振りをしてくれるのう!」
エヴァルトは石畳の上を滑るように走る。祈る聖職者の脇を抜け、兵士の槍ぶすまを後ろから飛び越した。
「な、なんだ!?」
「別の魔族か!」
――まあ、そうなるわな。
ここまで来ると、人目も誤魔化しようがない。エヴァルトは背に痛くなるほどの視線を感じながらも、魔法を使う。
両手に白い光。破魔の槍を掲げ、波の中に自ら飲まれていく。
四方八方が敵となれば、狙いをつける必要もない。
「ほれほれ、相手をしてやるぞ!」
破魔の槍は、握ったままでも、投げても役に立つ。右手の槍で薙ぎ、左手の槍を死霊の固まった部分に投げ込む。
一匹一匹は大したことがない。問題は、その数か。
――死にかけのジジイならともかく、今の体ではなあ……。
喜ぶべきか、悲しむべきか。今のエヴァルトには、波程度の死霊も相手にならない。
人族の攻撃を、エヴァルトは計算に入れていない。
――ワシがやるしかないんじゃろうなあ。
全て、一人で片付けるつもりだ。
破魔の槍で斬り込んだ成果が出てきた。徐々に波が削れていく。四方八方だった気配が、前方と左右に分かれてきた。
死霊たちは、エヴァルトに狙いを定めたらしい。絶えず襲い掛かってくる。
「貫け、光よ」
エヴァルトは、槍を捨てた。次に使うのは、破邪の光。両手からまばゆい光を放ち、敵を貫いていく。
――これだけやっても、魔力の底が見えんとは。我ながら恐ろしいものよなあ。
生前の最盛期よりも、今の体は調子がいい。多少の無茶も、どうということはない。
「ほれほれ、もっと寄ってこんか」
挑発する余裕すらある。
――行けるかのう?
右に左に前に上に。近づいてくる敵を、容赦なく一撃で葬る。昔の感覚を思いだしてきたのか、体のキレも上がっているようだ。
しかし、そうして倒していると、敵も考えたのか近寄ってこなくなった。
「む?」
まばらになってきていた死霊が、エヴァルトの目の前に集まりだした。
二つが一つに、さらに加わって、泥が膨れ上がるように、死霊が一つ塊になってきた。
「合体するんか?」
先ほど見えた城と同じか、それ以上に大きくなった。
重なった塊の表面には、いくつもの死霊の顔がある。一つ一つがこちらに怨嗟の声を上げていた。
薄い影の様だったものが、完全に固まった。ここまで来ると、並みの魔法では歯が立たない。
「まあ、一つになってくれた方が、倒しやすくてえぇわい」
死霊の塊は、腕なのか触手なのかも分からぬもので、石畳を殴りつけた。地面がひび割れ、舗装がめくれ上がる。
鉄板くらいならば、余裕で穴を開けられるだろう。もっとも、それも当たれば、だが。
何本も伸び、しなる腕を、エヴァルトは避ける。どれも一歩の距離で。隙間を抜けるように、本体へとじりじり近づいていく。
砕け散る破片も当たらぬ素早さで、エヴァルトは本体まであと数歩の距離まで来た。
必殺の間合いだ。
「穿てぇい! 光の剣よ!」
両手を前に、腹かどうかも分からぬ塊の中心めがけて、特大の光を放つ。
浄化の剣。単体相手ならば、上級魔族ですら貫くという大技だ。
大気が震えるほどの勢い。しかし音はなく、光も一瞬で消える。瞬く暇もなく、
「ふう、終わったかのう」
城並みの巨体を吹き飛ばした。




