ワシ、奮戦する・前編
ご覧いただきありがとうございます。
天使は唐突に仕事を持ってくる。
今日も、昼食を取ろうかという時間になって、急に声が届いて来た。
「お、お願いしますー」
「食事くらい、ゆっくりすませたいんじゃがな、ワシ!」
無理やり詰め込むように食べ、片付けもそこそこにエヴァルトは家を飛び出した。
弟と妹が驚いていたが、フォローする暇もない。今日も今日とて、猛ダッシュである。
「せめて、あらかじめ教えておいてくれんかのう!? いっつもこれだと、ワシ落ち着けないのじゃが!」
「す、すみませんー! 私も知らされたのついさっきで……」
「えぇい、使えん奴じゃ!」
「ひ、酷いー!」
相変わらず、問題ごとが起きるのは人族の住む土地らしい。
何もない平原を走らされながら、
――昔ならともかく、今の王国がどうなっとるか分からんからなあ! ワシ、どこに向かっとるんじゃろ!?
エヴァルトが生まれてから、人間換算では数十年経っている。当然、国王の代替わりなどあるだろうし、貴族たちの領地事情も変わっていよう。
ともすれば、王国が別の国になってしまった、ということも考えられる。
――そのうち、どこかで調べねばならんか……。とはいえ、人族の事情など、どこで調べたものやら……。
竜人族の里には、人族の事情を知る者はいない。吸血族の街ならばあるいはだが、本を読めばそれでいい、ということもないだろう。
どこか、人族の村か街にでも入りたいところだ。もっとも、今の姿では大騒ぎにしかならないだろうが。
角と尻尾はどうしても隠しにくい。ローブを羽織る程度では、変装にもならない。
――魔法でも誤魔化せんじゃろうなあ。
都合よく人族と接することもできない。誰もがエヴァルトを見ると逃げてしまう。
今まで、何度か人族に見られたことがある。結果はどれも同じで、声をかける間もなく逃げられてしまった。
唯一違うのは、いつだったか狂熊を倒した時のこと。礼を言われた、人族の少女くらいか。
「全く……。厄介じゃのう。おヌシは何か知らんのか?」
天使に問いかけてみる。もっとも、答えは期待していないが。
「え、えっとー。私も全部知らされているわけじゃ……」
「使えん奴じゃ!」
「だ、だってー!」
予想通りの答えに、再び悪態を吐く。
天使が言うのは、いつも、あっち、だの、こっち、だのといったあいまいな方向ばかり。
内容も、現地に行くまで分からない。まだびっくり箱の方がマシだ。箱であるということだけでも分かるのだから。
――姿も見せんで、命令ばかり。いら立ちが溜まるのう。
姿を見せたら、全力で魔法をぶち込みたい。今のエヴァルトならば、天使だろうが悪魔だろうが怖くない。
いっそ、神とやらから直接話を聞きたいものだ。何がどうしたら人族が滅ぶのか。それを防ぐために、どうして自分が働かされているのか。
――そもそもワシがやってるのって、小さな事件を潰してばっかりなんじゃが!
どれも、ちょっと腕の立つ冒険者ならば対応できそうなものだ。竜人族の子供、さかのぼっていうならば、死にかけの老人に任せる理由が分からない。
――ワシ、それほどスゴイ人物でもなかったんじゃがのう……。
そこのところを、改めて伝えたい。天使も神も、エヴァルトに何を期待しているのだろうか。
走り続けていると、遠くに何かが見えてきた。石色の壁。城壁だろうか。
「って、街か! でかいぞ、あれは……」
遠くに見える壁は、横幅だけでも竜人族の里の五倍はありそうだった。おそらく、数千人規模で人族が住んでいる。
「おい、天使! あんなデカい街にワシが行ってどうなるっちゅうんじゃ!?」
「それが、その、今日は結構大きな事件があるらしくて……」
「それくらいは伝えておいてくれんかのう!?」
ぶっつけで、大きな事件、とは。天使と神の適当さを改めて思い知らされる。
「まさか、街の中に入れとは言わんじゃろうな!」
「あ、それは大丈夫です! 外で起きるみたいですから!」
「本当かのう……」
外で起きる、と言われても、天使自身も何が起きるのかを知らない。エヴァルトにできるのは、心の準備くらいだ。
――あれだけの街となると、近づくだけでも面倒が起こりそうじゃ。街道からも離れておかんとのう。
人族の街には、結界が張られている。大きな街ならば、規模に見合った強固なものが。
魔族の接近など、すぐに察知されてしまう。気配を遮断する魔法というのもあるが、これから起きるであろう事件のために魔力は温存しておきたい。
街道の脇にあった、林の中へ隠れる。木に上り、葉の隙間から様子をうかがった。
平原に不穏な気配はない。また騙されている気分になるが、一応、何が起きてもいいように警戒しておく。
待つこと数十分。
「……何も起きんぞ?」
「えっ、あれー? おっかしいなあ……」
太い枝の上で、もはやくつろぐようにエヴァルトは待機していた。
完全に緊張感が薄れてしまった。あくびすら出てくる。
――これなら、もうちょっとゆっくり食事ができたのう……。
せかされたのはなんだったのか。
もはや帰ろうかと思ってきたところで、やっと動きがあった。
が、
「……なんか、街の方が騒がしくないかのう?」
エヴァルトのいる近くでは、何も起きていない。しかし、にわかに街の方がうるさくなっている。
遠くはあるが、喧騒が聞こえてくる。竜人族の耳でなければ、気づかなかっただろう。
――もしかして、街の中で何かがあったのか?
そんな考えを抱くと、天使の悲鳴が聞こえた。
「あー!?」
「なんじゃあ、うるさい!」
「ま、ま、ま」
「ま?」
「街の方だー! 反対側じゃないですかー!」
「阿呆か!」
この天使、またやらかしたらしい。事件はこちらではなく、あちらの、街の反対側で起きたらしい。
「い、急いでくださいー!」
「やれやれ……」
木から飛び降り、エヴァルトは駆け出す。竜人族の体力を生かし、まっすぐ一直線に、街に向かった。
「え? あの、回り込んだりは……」
「しとる暇、あるのか?」
「な、なさそうですー!」
「使えん奴じゃ!」
「ひーん!」
加速する。
もはや、結界も人目も気にせず、エヴァルトは街に突っ込む。
結界を殴り割った。城壁を駆け上がり、街の中へ。兵士に見られたが構っていられない。
事件はやはり街の反対側で起きていたらしく、悲鳴と怒号が嫌でも耳に入ってきた。そこで気づいたのが、
「なんじゃあ、死霊の群れじゃと!?」
兵士か住民かは知らないが、そんな声が聞こえた。
――なんで死霊なんかが攻めてくる!?
疑問を抱くが、今はゆっくり考えている時間はなさそうだ。
エヴァルトは、目の前にあった適当な建物の屋根へと駆け上がった。下は、慌てふためく人々であふれている。走るならば、上しかない。
屋根伝いに、走り、跳ぶ。建物が密集しているので、魔法無しで進んでいける。強靭な肉体も合わさって、進むのに苦労はない。
ただし、街はやはり広かった。急いだつもりでも、街の中心部にたどり着くまで、今の体でも十数分はかかった。
十数分。時間としてみれば短いかもしれないが、死霊の群れに襲われているという現状では、命とりともなりかねない時間だ。
耳に入る情報は曖昧で、ほとんどが人々の叫び声。断片的な言葉が拾える程度だった。
――被害が広がっておるな……。
焦りが浮かぶ。それと同時に、さらなる疑問も湧く。
――なんでこんな街に死霊なんぞが入れる? 結界はどうした、結界は!
疑問に答えてくれるものはいない。
街の中心には、領主のものであろう城があった。どうやら、人族側はこの城の、ほんの向こうまで押し込まれているようだ。
エヴァルトは、屋根から飛び降りた。




