ワシ、出かける・後編
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「こ、これは……! ろ、ローレンツ、これをどこで!?」
ゲルノートから、落ち着いた雰囲気が消し飛んだ。箱の中身を見て震えている。
――何を持ってきたのかのう?
そっと覗き込むと、中身は一掴み程度の草の束だった。ただの草ではなく、薬草か。
エヴァルトは知識から、一つの名前を引っ張り出す。確か、不死然草といったはずだ。
――ん? 不死然草?
思いだして、エヴァルトは、あ、と声を上げた。
――不老不死をもたらすとか言われてた薬草か! 幻の一品じゃぞ。
「いや、僕もどこにあったかまでは知らないんだ。この子のお手柄で譲ってもらってね」
この子、と言われてエヴァルトは頭を撫でられた。ゲルノートはもはや驚きを隠さずこちらを見る。
「エヴァルトの……?」
「ああ。人助けの礼として、山の守り神さんだったかな。人というよりは精霊か神霊だと思うんだが、その方からね」
「なんと……」
山の守り神は、とんでもない物をくれたらしい。人族の価値でだと、一束で城一つ買っても釣りがくる。
「僕らが持っていても、それこそ宝の持ち腐れだ。君ならば、上手く使ってくれるだろう?」
「う、うむ。これがあれば、吸血族の世界からあらゆる病を駆逐できるだろう」
「うん。だから、貰ってくれ、ゲルノート」
「し、しかし、こんな素晴らしいものを……。よし、君の望むだけの金を用意しよう。いくらでも言ってくれ、ローレンツ!」
興奮冷めやらぬゲルノートが身を乗り出して父に問う。が、父は涼しい顔をしたままで、
「よしてくれ、僕と君の中だぞ? 金なんて貰えないよ」
「だ、だが、これは手に入れるのが奇跡とも言われる品だ。こちらとて、何の見返りもなりに貰えるものではない!」
「君たちは、僕たちに良くしてくれている。そのお礼さ」
「しかし……」
幻の一品を、父は代金も見返りもなしに渡すと言う。
――ほー、若いのに太っ腹じゃなあ。人族ならば戦争すら起こす代物じゃぞ。
いや、今はエヴァルトの方が年下というか、実の親なのだが。
ゲルノートは、しばり悩んでいた。腕を組み、首をひねり、おそらく父への礼について考えているのだろう。
しかし、父はどんなものを並べられても受け取らないだろう。金にしろ、物にしろ。高潔なのか人が良いのかは、エヴァルトにも分からない。
見れば、父親の動揺に感化されたのか、ツェツィーリエも落ち着きが無くなっていた。箱の中身をチラチラと見ては、頬を引きつらせている。
きっと、ツェツィーリエもこの薬草の価値を知っているに違いない。父親が求めていた品というのだから、話くらいは聞いていたのだろう。
「よし」
ゲルノートが、ついに決意したようにうなずいた。何を思いついたのだろうか。
「エヴァルト、これは君が手に入れてくれたのだったね」
「え? あ、手に入れたって言うか、貰ったって言うか……」
「うむ、そこはどちらでも構わない。君のお手柄なのだから。なので……」
なんだろうか。急にエヴァルトに話を振るとは。
疑問を抱いていると、ゲルノートは、
「ツェツィーリエと結婚してくれ!」
―……は?
「いや、ツェツィーリエを、ぜひ妻として迎えてもらいたい!」
「えっ、ちょっ、ええっ?」
「お、お父様!?」
さすがの提案に、エヴァルトだけではなく、ツェツィーリエ本人も飛びあがりそうだった。
「ツェツィーリエは、吾輩にとっての一番の宝だ。多少やんちゃではあるが、君ならば事情も知っている。君たちの恩に報いるには、これしかない!」
「おいおい、気が早いぞ、ゲルノート。二人はまだ子供だ」
「ならば、婚約者という形でどうだろうか」
「まあまあ、落ち着いてくれ。そのあたりはきちんと話し合わないと」
父親二人は、子供のことを置き去りにして話し込んでしまった。
――婚約者とか、ワシ、知らないんだけど!?
前世ではひたすら孤独に生きた身。伴侶の話などされたこともあるが、実際にめとったことはない。
恋愛のれの字も知らないというのに、いきなり飛んで、婚約者とは。
呆気に取られていると、肩を掴まれた。
ツェツィーリエだ。
「ちょ、ちょっとこっちに来なさい」
と、部屋の外に引きずり出された。
廊下に出るなり、控えていた侍女を下がらせ、
「ど、どうなってるのよ!?」
詰めよって来た。
だが、それはエヴァルトも同じ気持ちだ。
――ワシも知りたいわい。
「今日はアンタを負かすつもりで来たのよ!?」
「いや、負かすと言われても、何でじゃ?」
「最近覚えたコマ遊び! チェスとかいうので……」
「チェス? ああ、やったことはあるが……」
「え、そうなの? ……じゃなくて!」
ツェツィーリエは、見せつけるようにドレスをつまみ、
「い、一番のドレスを着てきたの! どう!?」
「ま、待て待て、チェスの話じゃなかったんか?」
「チェスもあるけど、今日は、その、見た目からアンタに勝とうと思って……」
「ワシはドレスの良し悪しなど分からんぞ」
「か、可愛いでしょ?」」
「う、うむ、それは認める。というか、おヌシの可愛らしさは既に承知しておるわ」
「……え?」
「前に着ておったドレスも似合っておった。それが今さらなんだと言うんじゃ」
「……え、えっと」
――ワシとて可愛らしい女子かどうかくらいは分かるわい!
ツェツィーリエは、十人が十人全員振り向くであろう美少女だ。女性にうといエヴァルトでも、それくらいは認識している。妖精族の少女・シャルロッテも可愛かったが、ツェツィーリエには彼女なりの魅力がある。
「……うー。そ、そうだ、その言葉遣いやめなさいって言ったわよね!」
「話が変わりすぎじゃ! 何が言いたいのかはっきりせい!」
「う、うるさい!」
廊下で騒いでいると、声を聞きつけたのか、モーリッツがやってきた。ツェツィーリエが大声を出してたので、気づいて当然か。
「お嬢様、エヴァルト様、どうかなさいましたか?」
「聞いてよモーリッツ! コイツったら、コイツったらー!」
「お、お嬢様、落ち着いてください。何を仰りたいのか分かりません。エヴァルト様、いったい何があったのですか?」
「知らん……じゃなくて、僕もあまり分かってなくて。たぶん、婚約とかいう話のせいかなあ、と」
「婚約、でございますか?」
「うちの父とゲルノートさんがそんな話を始めてしまって……」
「ご当主様が!?」
モーリッツの顔色が変わる。白かった顔に、赤みがさした。そればかりか、ハンカチを取り出して目元を拭い、
「お嬢様に、婚約者が……。それも、ヴェッツ家のご子息とは……」
「ちょっとモーリッツ! なんで泣くのよ!」
「それはもちろん、嬉しいからでございます! いえ、お嬢様がお屋敷を離れるのは悲しくもございますが、ついに、ついに……」
――話、なんかデカくなっておらんか?
感極まっているモーリッツを置いて、エヴァルトはツェツィーリエを部屋に連れ戻した。
「まあ、とりあえず落ち着くんじゃ」
「落ち着けないわよ!」
「ほれ、うちの父と、おヌシの父を止めるぞ」
「え? ……あ、そうね!」
まだ話し合っている二人の間に割って入る。
「あの、お父様、婚約者というのは、いきなりすぎて……」
「そうだよ、父さん。ツェツィーリエちゃんも困って……」
「……ちょっと、ちゃん付けはやめてよ! アンタに言われると、なんかムカつくわ!」
「いや、今はそういう話をしている場合じゃなくて……」
ツェツィーリエをなだめながら、
「父さん、いきなり婚約者って言われても困るよ。その、ほら、当人の気持ちとか、そこら辺で」
「それなら安心して欲しい、エヴァルト。ツェツィーリエは、君のためにドレスを新調したくらいだ。君のことをきっと気に入って……」
「お父様、なんでご存じなの!? お母様にしか話してないのに!」
――えぇい、話が進まん!
そこからは、エヴァルトが必死に三人を抑えるべく努力した。
妻に妻にと推してくるゲルノートにツェツィーリエの気持ちを説き、怒っているツェツィーリエに大人しくなるようなだめてすかし、笑ってばかりの父に展開の早さをいさめる。
「う、うむ。吾輩も興奮して、少し話を焦り過ぎたかもしれないな」
「はあ、はあ。ふんっ、今は仕方ないから話を聞いてあげる!」
「はっはっは、エヴァルトは恥ずかしがり屋だな」
最後の父はともかく、てんやわんやの話し合いは終わった。
――疲れたわい……。
魔獣を相手にするよりも疲れたかもしれない。すれ違う話し合いを収拾するには、これほどまでに体力を使うのか。
結論としては、
「ローレンツ、二人がもう少し大きくなったら、改めて話し合おう」
「ああ、分かったよ、ゲルノート」
結局、話は終わっていない気がしないでもないが、二人の父親は納得したらしい。
この話し合いで、滞在時間を大幅に過ぎてしまった。
「もう……。せっかくチェスの練習したのに……」
「ん? チェスの相手くらいはしてやるぞい。ワシも若い頃はよく貴族を相手に……」
「……は? 何言ってるの?」
「い、いや、なんでもない」
今度は見送られる側になり、父とエヴァルトはゲンツマー家を後にした。
ツェツィーリエの恨めし気な視線は、気にしなかったことにする。
「父さん、さっきの話だけど……」
「ん? エヴァルトはツェツィーリエちゃんのことが苦手かい?」
「苦手というか、あっちの調子がおかしくて話ができないというか」
「はは、まあ、その理由もそのうちにわかるようになるさ」
「そ、そうなの?」
――そんなもんなのか?
怒り、慌てふためいていた女の子のことを思いだしながら、エヴァルトははっきりとしない胸の中の感情を持て余していた。
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