ワシ、出かける・前編
ご覧いただきありがとうございます。
タイトルを変えてみました。内容が伝わりやすくなるといいのですが。
父に連れられてきた吸血族の街は、壮観だった。
竜人族の里の五倍はあるだろうか。外壁があり、道は石畳で舗装されている。建物はどれも見た目だけで頑強と分かる。嵐の一つ二つ来たところで傾きもすまい。
――ほー。これは人族の街よりもしっかりとしとるかものう。
他種族の街ということで、エヴァルトの知識欲がうずきだした。用事がなければ、街全体をくまなく見てみたい。どこにどのような店があるのかなど、調べてみたいものだ。
だが、今回はツェツィーリエの家に行くという目的があった。それに、今は夜。吸血族は他種族とあまり交流がないため、竜人族の子供が一人でうろうろとしていいものでもない。
下手をすれば、憲兵に捕まる可能性すらある。エヴァルトは、知識欲をなんとか抑えて父の後に続いた。
先日、山の守り神から貰った品を土産として、父・ローレンツがゲンツマーの家に行くと言った。エヴァルトはただのおまけのようなものだ。吸血族の街に興味があっただけである。
ツェツィーリエに用事というわけでもない。行ったならば顔を合わせるくらいはあるかもしれないが。
ゲンツマー家は、吸血族の街でも中央に近い地区にあった。貴族らしく、家というよりも屋敷である。中の中を行くヴェッツ家とは比較にならない大きさだ。
父が、警備の兵に取り次ぎを頼んだ。兵士は最初こそいぶかしんだものの、ヴェッツ家の名前を出すと、すぐさま屋敷に駆け込んでいった。
ヴェッツ家は、ゲンツマー家にとって特別な存在であるようだ。以前、ゲンツマー家の当主・ゲルノートは父と親しくしていた。あれは個人間の交友もだが、一族としても大事な交流だったらしい。
兵士が駆け込んで十分もしない内に、仕立てのいい服に身をつつんだ男が出てきた。吸血族らしい白い顔、長身痩躯で背には羽がある。
「ようこそいらっしゃいました、ローレンツ=ヴェッツ様。ご当主がすぐにでもお会いしたいと」
「ありがとうございます、モーリッツさん。お久しぶりですね」
「わたくしめを覚えていてくださるとは恐縮です。今日は……おや?」
モーリッツがエヴァルトを見た。おまけがいたのは予想外だったのか、見つめられてしまった。
――というよりは、ワシ、観察されてないかのう?
「ああ、私の息子です。エヴァルト、ご挨拶なさい」
「あ、はじめまして。エヴァルトと申します」
「エヴァルト様……。こちらが……」
――え? なんじゃ? その意味ありげな視線は。
明らかに含みを持っている。エヴァルトは、ゲンツマー家に来るのは初めてだ。顔を合わせたことはないはずだが。
「ああ、これは失礼いたしました。エヴァルト様、お噂はかねがね……」
「え? 噂?」
「はい。お嬢様がよくお話なさっているもので」
「おじょう……、えっと、ツェツィーリエさんが?」
「ええ。……おっと、申し訳ございません。ご案内が遅れました。さ、どうぞこちらへ」
用意された馬車に乗る。庭を通り抜けるだけでも馬車が必要になるとは。徒歩であったなら、屋敷にたどり着くまで一時間はかかったかもしれない。
――人族もじゃが、貴族の家はどこもでかいんじゃなあ。
もちろん、無駄に大きいわけではないと理解しているが。貴族も貴族らしく振舞うのは大変らしい。家と庭にしても、見栄だけで大きくしているわけではない。
それなりの立場にいる者は、身分に見合っただけの振る舞いを求められるのだ。
屋敷に着くと、今度は多くの使用人に出迎えられた。
ずらりと並び、皆がこちらを向いて頭を下げている。エヴァルトは思わず一歩引いてしまった。
通されたのも、大きな応接間だった。家具にしても調度品にしても、立派過ぎる。どれか一つでヴェッツ家の家が一軒買えそうだ。
エヴァルトは、豪華に作られた部屋に、あまり良い思い出がない。
――王族や貴族は苦手じゃったからのう。
元より平民の出。礼儀作法は苦手だった。だというのに、転生前はあちらこちらに招かれてはもてなされた。おかげで、一層苦手意識が根付いてしまった。
招かれると、大体が願いごとやら頼みごとを持ってくることもあり、歳を食ってからはなるべく関わらぬように過ごしたものだ。
ふかふかとしたソファーに、父と並んで座る。木の椅子とは、天と地ほどの差がある。背を預けたら、そのまま包み込まれそうだ。
ちらりとうかがった父は落ち着いていた。
「ん? どうかしたかい?」
「う、ううん、なんでもないよ」
「はは。エヴァルトはここに来るのは初めてだからね。驚いたかい? 父さんも、子供の頃に初めて来たときは、とても驚かされたよ」
「そうなの?」
「ああ、当然さ。うちとは比べ物にならないからね。ここに自分がいてもいいのか、疑問に思ったよ」
そう言って、父は笑う。
「ご先祖がゲンツマー家と懇意にしていたのは知ってたけれど、こんなに違うとは思ってなかったさ」
確かに、我が家とは違いすぎる。父も、今のエヴァルトと同じような心境だったのだろう。
「エーリヒとルイーゼも驚くと思う」
「そうだろうな。機会があれば、二人も連れてこようか」
弟・エーリヒと妹・ルイーゼは、里から外に出たことがない。エヴァルト以上に度肝を抜かれるだろう。
父と他愛ない会話をしていると、扉が開かれた。
「よく来てくれた、ローレンツ」
入って来たのは、もちろんゲンツマー家の当主・ゲルノートだった。
「やあ、ゲルノート。突然すまないね」
「気にすることはない。君ならば、いつでも歓迎だ。それに、エヴァルトもだ。久しぶりだね」
「はい、お久しぶりです」
「よく来てくれた。ツェツィーリエも喜ぶ」
「え?」
そう言って扉の方を見ると、ツェツィーリエが綺麗なドレス姿で微笑みながら立っていた。
「お久しぶり、エヴァルト」
「う、うん」
――いつぞやのお転婆っぷりが感じられんな。
来客の前ということで、礼儀を保っているのだろうか。森を焼いてしまったあの事故の時よりも何倍も大人しく感じる。
二人はソファーに腰掛けた。ツェツィーリエはテーブルを挟んで、エヴァルトの対面にいる。笑みがそのままなのが、気にかかる。
――なんか企まれておらんじゃろうか。
一応はツェツィーリエの本性を知っているので警戒してしまう。先日は別れ際に決着がどうのとも言われていたので、なおさらだ。
不安とまではいかないが、不気味である。少女に抱く感想としては、かなり間違っているだろうが。
「今日はどうしたのかね? 君が連絡無しに尋ねてくるというのは珍しい」
「ああ、今日はこれを渡したくてね。驚かせるつもりだったんだ」
「ほう?」
父が持ってきた箱を取り出した。
この中には、山の守り神がくれたものが入っているらしいが。
「君が探していたというのを思いだしてね。頂き物なんだが……」
箱のふたを取り、父が中身を見せるとゲルノートはのぞきこみ、固まった。
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