ワシ、お節介する・後編
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朝、水を汲みに行こうと家の扉を開けると、大きな白い狼が座っていた。
――……は?
狼には見覚えがある。三日ほど前に助けた。大きさからすると、あの時に助けた狼か。
「おヌシ、なんでここにおる……?」
思わず素が出た。すると、狼から声がした。
「あ、どうもどうも。ウチの子を助けてくれたそうで。お礼を伝えに来ました」
「何? おヌシ、しゃべれたのか?」
「違います違います。後ろ後ろ」
後ろ、と言われたのでエヴァルトは覗き込む。
後ろというか、狼の背に抱き着くように、小さな姿があった。妖精族かと思ったが、形が人とは違う。
「どうもどうも、はじめまして。名前は無いので適当に呼んでくれれば」
言葉を発していたのは、三角形に球体を乗せたような、シンプルな見た目だった。
「どうしたの? エヴァルト」
息子の様子に気づいたのか、母が来た。母も狼を見て、あら、と声を上げる。
「エヴァルト、どちらさま?」
「えっと……。こっちのは分からないけど、狼の方は前に助けたことがあって」
「どうもどうも。わちしはこの子の親みたいなもんで。そこの少年が助けてくれたのでお礼を言いに」
「あら、これはどうもご丁寧に」
母は適応が早かった。名無し(仮)の姿を見ても驚くどころか微笑んでいる。
「水を汲んでいらっしゃい。お母さんは、お茶の準備をしておくわ」
「あ、ああ、うん。お願い、母さん……」
エヴァルトは驚かされたままだ。
――初めて見る種族じゃのう。狼の親? はて……?
知識を総動員して、名無し(仮)の正体を考える。
――人族ではなく、魔族にもあのような種族はおらん。精霊か、そこら辺かのう……?
水を汲み、家に戻ると父と母は名無し(仮)と談笑していた。
弟妹も起きている。こちらは狼の毛並みを撫でて喜んでいた。
「あ、エヴァルトさん、どうもどうも」
名無し(仮)は、テーブルの上にいた。母が用意したのか、折りたたんだ布の上に座って(?)いる。
母が茶を淹れると、名無し(仮)は、球体部分、頭だろうか? それを突っ込んで、
「どうもどうも、良いお茶ですね」
しっかり味わっているようだ。口らしきものは見えないものの、茶は減っている。
「兄さん兄さん、この子すごくふわふわしてるよ」
「おっきいけど可愛いー。もふもふー」
狼は弟と妹にべたべたと触られても、嫌な様子を全く見せない。姿は大きいが、大人しい。
「え、えっと、それでお礼って言ってたけど……」
なんとなく先に進めづらかったが、話を聞くことにした。
「あ、どうもどうも。そうでした」
名無し(仮)が、頭らしき球体を下げる。
「どうもどうも、この前はウチの子を助けてくれてありがとうございました」
「ああ、いえ、大したことは……」
「ウチの子は体が大きいから、よく魔獣と間違えられるんですよ。いつもならささっと隠れられるんですけど、あの日は人族がたくさん来てまして」
「は、はあ」
「魔獣用だったのか、罠にかかっちゃったみたいで。ケガをしてたら逃げきれなかったらしくて」
「なるほど」
「エヴァルトさんがいなければ、危なかったでしょう。どうもどうも、本当にありがとうございます」
ペコペコと頭を下げられて、思わず恐縮してしまう。何の気なしに助けただけなのだが、こうも礼を言われると照れてしまう。
「わちしは山の精というか、守り神みたいなもんなんですけど、あんまり力がなくて。助けたくても手をだせなかったもんで」
「守り神……」
――ああ、なるほど、そういえば。
転生前の人生で、聞いた覚えがある。
この世の全てのモノには命が宿っている、という思想があった。動物植物に限らず、無機物、人工物にまで。
エヴァルトは、思想こそ知っていたものの通常の精霊以外に会ったことがなかった。なのですっかり忘れていたのだが、
――アレ、ただの新しい精霊信仰かと思っとったわい。
実物がいるあたり、ただの想像というわけではなかったようだ。山に守り神がいるとは知らなかった。
「もともと、わちしも山に住む獣だったんですけど、長く生きていたらいつの間にか守り神になっていまして。今はこんな姿ですが、一応、イノシシでした」
――ずいぶんと変わったもんじゃのう。
「まあ、それはともかく、お礼を持ってきたので。どうもどうも、大したものじゃなくてすみません」
「持ってきた、ですか?」
「はい。まあ、山の幸と、わちしが言うのもなんですが」
狼が、のそりと立ち上がり、外へと出ていく。家族みんなでついていくと、
「すごい……」
「わあ……」
弟と妹は顔を輝かせ、
「これは……」
「あらあら……」
父と母は驚き、
「……すごいのう」
エヴァルトは素を隠すのも忘れて、
「いやあ、どうもどうも。山のみんなに協力してもらいました」
小山のように積みあがった、木のみ、山菜、キノコなどなど。どうやって持ってきたのかもわからぬ量の、お礼を見つめた。
「まま、ちょっと時季外れなものもありますけど、召し上がってください。どうぞどうぞ」
守り神は簡単に言うが、希少な果物や植物もある。
――食うだけでもとんでもない量じゃが、薬を作れるものもある。あ、あれ不老不死の薬草とか言われたやつじゃないかのう。
確か、一束で家が一軒建つのだったか。薬草類も豊富だった。
「人の子がどんなもので喜んでくれるのか分からなかったので持ってきましたが、どうですか?」
「とんでもないのう……。じゃなかった。とてもありがたいです……」
「そうですか! それはそれはよかった!」
守り神が全身を震わせている。喜んでいるのだろうか。
「あ、わちしあまり山を留守にもできないもので、そろそろおいとまします。どうもどうも、お茶ありがとうございました」
「え、もう?」
「ほら、一応、山の神ですしですし」
ふわっと浮かび上がると、守り神は狼の背に乗った。狼がエヴァルトに近づいてくる。頭を軽く寄せてきた。
「お、おお?」
撫でてやった。すると、狼はさらにエヴァルトの顔を舐めてくる。
「これはこれは、どうやらかなり好かれたようですね」
「そ、そうなんですか?」
「ええ、ええ。いやはや、結構、気難しい子なんですが」
それでは、と挨拶も簡単に、山の神は狼に乗って去っていった。
残されたエヴァルトは、お礼の山を見て立ち尽くす。
――どうするんじゃ、これ。
ヴェッツ家だけでは食べきれまい。薬草なども、扱いきれない。
「あー、えっと、父さん、母さん。これ、里のみんなで分けよう。うちだけじゃ、どうしようもないし」
「そう、だね。これは長に相談して分配を決めようか」
父はさっそく、長の家に向かった。弟妹たちは、こっそりと果物を隠している。それを母は軽く叱っていた。
分配が終わったのは、昼を回ろうかという頃だった。里のみんなも、突然もたらされた山の恵みを見て、口を大きく開けていた。
「ふうむ、エヴァルトや」
「は、はい、なんでしょうか、長」
「これを見て褒めるのも現金にしかならんだろうが、よくやった」
「い、いえ、ただの偶然だっんじゃが、じゃなくて、ですけど」
――いや、本当に何も考えてなかったんじゃが、ワシ。
ただのお節介が、ずいぶんと大きくなって返ってきたものだ。
その日の夕飯は、とんでもなく豪華になった。そしてそれは、当然のように美味かった。
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