ワシ、お節介する・前編
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目の前で崩れ落ちる最後の魔獣を見て、エヴァルトは体から緊張を抜いた。
「ひのふのみの……」
数えて、八体。天使に言われた通り、ピッタリの数だ。
今日もまた、天使のお使いである。人里近くの山に魔獣が湧いたので退治しろ、とのことだった。
「おつかれさまでしたぁ」
「はいはい。あー、疲れたわい」
とは言いつつも、エヴァルトの体力には、まだまだ余裕がある。魔獣程度ならば、あと数十は相手できるだろう。
今回はほぼ魔法を使わずに済んだ。龍族や悪魔族といった上位種くらいでなければ、エヴァルトの敵ではない。
もっとも、それらでも今のエヴァルトならば苦労しないだろうが。転生前よりも増大した体力と魔力、竜人族という種族は、エヴァルトの予想以上に頑強だった。
悲しいかな、そのせいで天使にいいようにこき使われるのだが。エヴァルトにとっては、天使も悪魔もそう変わらない。
――それじゃあ、帰るとするかのう。
伸びをして、力んでいた体から力を抜いた。今日もまた数時間走らされた。帰りも急がなければ、陽が落ちてしまう。
帰路に向け、足を運ぼうとする。と、そこでエヴァルトはふと、気配に気が付いた。
――ん?
魔獣にばかり気を取られていたからか、気づくのが遅れた。ただ、視線は感じない。敵意もだ。
――何かおるのか?
「どうかしましたかぁ?」
「何かおる。様子を見てこよう」
「えっ、でも、もう魔獣は……」
「終わったんじゃろ? なら、今日はもうワシの好きにさせい」
「は、はいぃ……。それでは、また後日……」
「もう来なくていいわ」
「そ、そうは言われましてもぉ……」
消えていく天使の声を無視しつつ、エヴァルトは歩を進める。
木の生い茂る、緑の山。木々がエヴァルトの視界を遮るが、迷わず真っすぐに歩く。
草木をかき分ける。しばらく行くと、くぼ地があった。
中に、何かいる。
「ん? 獣か?」
覗き込むと、相手もこちらに気づいたようで、うめくような声がした。
中にいたのは、大きな狼だった。土と泥にまみれており、元々は白いと思われる毛並みが汚れていた。
それだけではない。ところどころ、血がにじんでいる。見れば、矢が刺さっていた。
人間の大人くらいの大きさだ。ただの狼ではあるまい。微かに魔力も感じる。
エヴァルトは、くぼ地に下りた。狼から、突き刺すような視線をよこされる。ケガが酷いのか、動けないようだ。
狼は、低い唸り声を出した。警戒されているとは分かりつつ、エヴァルトは歩み寄る。
――魔獣ではないようじゃが。
魔獣ならば、有無を言わさず襲ってくるだろう。ケガになど構うまい。
目の前に来ても、狼は唸るだけで動く気配がない。なので、エヴァルトは狼の機嫌など気にもせずにケガの状態を見た。
「結構やられとるなあ」
矢だけではなく、脚にも斬りつけたような跡がある。かまれたような傷は、罠か何かだろうか。
ふぅむ、と考える。何やら事情がありそうだが、自分が手を出してもいいものか。
「おヌシ、しゃべれるか?」
狼に問いかけるが、返事はない。言葉は通じないようだ。
――悪さをしそうな感じはせんのぅ。
何かに追われて戦ったのは間違いない。ただ、その相手と理由が分からない。
このまま見捨ててもいいが、気になった。悩んでいると、木々の奥から声が聞こえてきた。
「おい、見つかったか?」
「いいや。だが、傷は負わせた。そんなに遠くまでは逃げられないはずだぞ」
男が二人、さらに、
「魔法も食らわせたわ。もう少しで仕留められるはずよ」
女もいた。魔法使いだろうか。
狼を追っていた連中だろう。近づいてくる。
――まあ、見つかると面倒じゃし。
「土の精霊よ、ちょいと力を貸してくれんか」
呟くと、周囲の土がうごめいた。ゆっくりとくぼ地が覆われる。影が空間を満たし、くぼ地はすぐに穴倉になった。
「光よ」
ポンっとエヴァルトの手から光の球が生まれる。小さいが、穴倉を照らすには充分だ。
ちょうど真上を、足音が通り過ぎた。それを聞きつつ、三人の気配が遠くなるまで息をひそめていた。
「ふむ、行ったか」
どうやら、気づかずに行ってくれたようだ。念のため土はそのままに、エヴァルトは狼のケガを診る。
――なんとなく、見捨てるのも気が引けるしのぅ。
「ちょいと痛いが、我慢せいよ」
刺さっていた矢を抜く。激痛が走ったろうに、狼は大声を出さない。
――頭がいいようじゃの。
ケガに、すぐに治癒の魔法をかける。転生前はよく使ったものだ。
「我、汝を癒さん」
傷をふさぐ。見えるところにあるものは、全て治していく。
さすがに泥と血までは綺麗にできなかったが、唸っていた狼は、次第に静かになっていった。
痛みが引いてきたようだ。念のために体中を撫でてみたが、抵抗することもなかった。
「ほれ、ケガは治ったぞ」
まだざらついている体を撫でてやりつつ、エヴァルトは狼に声をかける。
もう、狼は鳴いていなかった。エヴァルトの様子を、さっきとは違う瞳で見ている。
いきなり現れた人間が、傷を癒してくれた。戸惑っているのかもしれない。
エヴァルトは、瞳の意味を深くは考えなかった。通りすがりに見つけた獣を助けた、それだけで充分だ。
――まあ、ただのお節介じゃ。
「土の精霊や。助かったわい。ありがとうの」
ゆっくりと土が動き、薄いものの陽の光がのぞいてくる。穴倉はすぐに元のくぼ地に戻った。
「よっこらせっと」
周囲に気を配りつつ、エヴァルトはくぼ地から出る。狼も続いた。
「せっかく助かった命じゃ。悪さはするなよ」
ふらっと手を振って、エヴァルトはすぐにくぼ地を離れる。背に狼の気配と視線を感じつつも、家路につく。
エヴァルトが走りだすまで、そのままだった。
「ま、たまにはこんなことがあってもいいじゃろう」
助けた狼のことも、すぐに頭の片隅に追いやった。今は、また家族にどう誤魔化すかを考えねば。
家に着くまでの間中、エヴァルトは思いつく限りの言い訳を模索していた。
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