ワシ、疑われる
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人族の国はいくつかに分かれている。その中で一番大きなものは、王国と呼ばれていた。
国王を頂点に。以下、貴族と平民でなる。建国から三百年ほど。現在の国王はラトランド=エッジワース四世である。
その王国で、オウヴェラント家は貴族としての地位にあった。
当主はシド=オウヴェラント。長年、王家に仕えてきた家系であり、現在の当主も国王からの信頼は厚い。
オウヴェラントの領地は、魔族領と隣接していた。ゆえに、王国の支援を得ており軍備は、充実している。
ここ百数十年はにらみ合いだけですんでいるが、いざ戦争が起こったならば、先陣を切って戦いに出られる。
そのような領地の当主・シドは、日々から武術の鍛錬に余念がなかった。軍略についても幼少時より学んでおり、まさに文武両道を極める軍人といった気質だ。
領民からも慕われている。
「このご当主にならば命を預けられる」
と、常日頃から言われていた。正に、貴い家柄の当主として最高の人物であると評されていた。
そんなオウヴェラント家であるが、全く心配がないわけでもなかった。
初老に差し掛かったシドであるが、未だに世継ぎがいなかった。いるのは長女・イングリット、そして妹のフェリスのみ。男子に恵まれていなかった。
さらに、シドは根っからの魔族嫌いである。つい最近、娘・フェリスから聞いた話で、頭を痛めていた。
フェリスが言うには、散策中に魔族に命を助けられた、とのことだった。狂熊に襲われたところを、角の生えた少年に助けられたという。
最初は、角など見間違いではないかと言ったものの、フェリスは認めなかった。
額には黒くたくましい双角があり、艶めいた鱗のある尻尾も生えていた。兵士たちが束になって敵わなかった魔獣を、いともたやすく仕留めたらしい。
その魔族であろう少年を見たのは、フェリスだけだった。兵士たちは、誰も見ていない。
兵士たちの未熟さよりも、シドはフェリスの様子が気になった。この一件以来、勉強嫌いだった娘が、やけに勉強熱心になった。
それも、主に魔族の種族や、歴史について学びたがっているという。明らかに、命の恩人を意識してのことだろう。
シドや妻がたしなめても、フェリスは勉強をやめる気配がない。本を取り上げたとしても、またどこからか別の本を手に入れてくる。
困ったシドは、姉であるイングリットにも、妹の勉強を注意するように言った。フェリスは、姉によくなついている。ならばその姉から、と考えたのだ。
イングリットに伝えて一週間。姉からの注意で、フェリスの勉強は落ち着いた。他のことについても勉強しなくなったのには、また困ったが。
ともあれ、悩みの種が、一つ減った頃だった。領民から、おかしな報告が届くようになったのは。
「またか?」
兵たちの訓練を窓から眺めつつ、練兵場にいたシドは、顔を渋く歪めた。
「はい、また同じような報告です」
報告を持ってきたのは、軍の中でも一番の信頼を置く男、兵士長だった。
「報告は三つ。どれも事件としての内容はバラバラですが、解決した者については、同じ特徴が」
「それは、角と尻尾がある魔族だと?」
「はい。専門家に言わせれば、竜人族という種族だそうです。元々は亜人という分類だったそうですが……」
「分類などどうでもいい。魔族は魔族だ。敵でしかない」
「失礼しました」
兵士長は、硬い表情のまま敬礼した。いつもならば真面目で頼もしくも感じる顔なのだが、今日はその真面目さが胸中をあわだたせる。
さきほど、三つだといわれた報告だが、ここ数か月をさかのぼってみると、同じ人物によって解決されたであろう事件が数十の単位で存在した。
秘書官には、さらに年単位で調査するように言ってある。もしかすると、まだまだ同じような件が出てくるかもしれない。
角と尻尾、と言われると、シドはフェリスの話を思いださざるをえない。
魔族でありながら、娘を救った少年。ただの親ならば礼でも言うのかもしれないが、
――暴れるだけの魔族よりも厄介だ。何を考えている?
シドにとっては、複雑で、うっとうしい存在である。
オウヴェラント家は、国王より軍を賜り、誰よりも先に魔族を討つべき家柄である。そんな家の者が、魔族に借りを作るなどと。さらには、領民が救われるなど恥でしかない。
「巡回の兵たちは事件に気づかなかったのか?」
「……はい。どの件に関しましても、急ぎ向かっても全て解決された後だった、と」
「後、か」
領地には、治安を守るために、いくつかの部隊を巡回として派遣している。それでも先手を打たれるとは、どういう仕掛けだろうか。
――予言でもしているのか?
王都には、凶事を占う者がいるというが、魔族にも同じ存在があるというのだろうか。しかし、
――予言できたとして、何故、我が領地を守る?
シドは、先ほど渡された報告書を読む。
内容は、川に宿る精霊の暴走という話だった。理由は不明。現場では、精霊のほこらに何かあったと予想したが、ほこらは全く無事であったと書かれている。
他の報告書には、魔獣の撃退、山火事の消化、岩場の崩落除去、などと様々な案件が並んでいた。
――まるで、我ら人族を守るかのようではないか。
どの件についても、起きれば大惨事になるような話ばかりだ。そのことごとくが、解決されている。
――魔族に、何の関係がある? 助けて何の利益があるというのか……?
シドの思う魔族感とは、大きくはずれている。善行をしたがる魔族などいるはずがない。
「……このことは、外に漏らすな。いいな?」
「心得ております!」
シドの言う、外、とは別の貴族のことである。領地が魔族に守られるなど、決して他の貴族に知られてはならない。
「それから……」
「はっ!」
「……我が家の警護にあたる兵にも、徹底しておけ。娘に知られると、困る」
「は……? あ、いえっ、了解いたしました!」
もう手遅れかもしれないが、念のために伝えておく。
きびきびと動く兵士長が部屋から出るのを見送って、シドは胸の思いを吐き出すような、長いため息を吐いた。
もし、フェリスがこの魔族の存在を知ると、また面倒なことになる。
――自分を助けた魔族が、さらに他の人々を助け回っているなどと知ったら……。
魔族は敵であると常に言い聞かせてはいるものの、フェリスの今の価値観は揺らいでいる。間違った認識を与えるわけにはいかない。
シドもまた、人の親なのである。娘のことは心配するし、誤った方向へ進んでほしくはない。
――正体が分かったならば、魔族領に入ってでも仕留めねばならないかもしれないな。
不穏分子は、すぐに消すに限る。
兵士たちの訓練を窓から見下ろしながら、シドは眉をひそめた。




