ワシ、妖精娘に出会う・後編
妖精族は成長すると、それなりに大きくなる設定です。
目を開けると、きちんと自分の部屋にいた。
魔法は無事に解けたらしい。昼寝したというのに、妙に疲れた。
「ふわぁ~」
枕の横では、声の主があくびをしていた。まだかなり眠そうだ。
シャルロッテは、目をこすりながら、こちらに焦点を合わせた。
「おはよぉ~、エヴァルト~」
「ん? ああ、おはようさん、シャルロッテ」
「ん~、まだねていたいかも~」
「寝るのは構わんが、ワシの部屋ではなく、別のところで寝てくれんかのう……」
というか、なぜシャルロッテはエヴァルトの枕もとで寝ていたのか。
初対面のはずだ。シャルロッテについては、全く記憶にない。
「なんでワシの部屋におるんじゃ」
疲れつつ、呆れつつ聞いてみる。
「ん~とね~。おかあさまが、おばさまにあいにきたの~。それで、わたしもいっしょについてきたの~」
「母の知り合いか」
「でね~、おかあさまが、ごあいさつにいきなさいって~。それで~、おへやにきたんだけど~」
「ふむ」
「おひるねしてたからね~、おこしちゃいけないとおもって~」
「そうか」
「いっしょにおひるねしたの~」
「なんでじゃ!?」
最後の部分だけ、論理が飛躍していた。
挨拶に来たのはいい。ありがたい。だが、なぜそこで一緒に寝ようと思うのか。相手が寝ていたなら、そっと部屋を出ていけばいいだろうに。
――独特の間を持つ子じゃのう……。
「えへへ~、エヴァルトって、なんだかおじいさまみたい~」
「どこがじゃ?」
「そのしゃべりかた~」
ふんわり甘々な声で言われ、耳がくすぐったくなる。つい素を出してしまったが、母の知り合いというなら、きちんと言葉を選ぶべきか。
ゴホン、と咳ばらいをしてから、エヴァルトは改めて名乗った。
「ワシ……、じゃなかった。僕はエヴァルト。はじめまして、シャルロッテ」
「はじめまして~」
シャルロッテがぺこりとお辞儀をするので、エヴァルトも礼を返す。
寝乱れが服を整えると、シャルロッテはふよふよと飛びあがった。そしてエヴァルトの肩に乗り、頬に寄りかかってきた。
――なんでこうなる? 無防備じゃなあ。
反対側の頬を掻いて、恥ずかしさとむずがゆさに耐えた。
「エヴァルトって、いいかおりがする~」
「そうなのか?」
「うん。おひさまのかおり~」
そうなのか、と言われてみても、自分の体の匂いには気づかない。
シャルロッテは寄りかかったまま動きそうになかった。なので、エヴァルトは諦めて部屋を出た。
応接間に行くと、確かに母と、見慣れぬ女性がいた。人族の子供くらいの大きさながら、大人びた笑みをたたえ、母と談笑していた。
「母さん、お客さんが来てるって聞いたんだけど……」
あら、と二人の視線がエヴァルトとシャルロッテに向けられた。
「えぇ、いらしているわよ。こちらは、お母さんのお友達で、クラーラさん」
「はじめまして、エヴァルト君。クラーラ=ハルフォーフです。よろしくね」
「あっ、はい。エヴァルトです。よろしくお願いします」
クラーラの背には、妖精族の特徴的な、輝く羽があった。間違いなく、シャルロッテの母親だ。
「さっき、うちの子がご挨拶に行ったと思うのだけれど……」
「あ、シャルロッテですか? それならここに」
自分の肩を指さすと、クラーラは驚いたように、口に手を当てた。
「シャルロッテったら、殿方の肩で眠るなんて……」
「えっ、また寝てるんですか?」
寄りかかられているので振り向けないが、妙に大人しいと思ったらまた寝ているらしい。
「さっき、昼寝してたら横にいたんです」
「まあ、この子ったら……。ごめんなさいね、お邪魔じゃなかった?」
「えぇっと。魔法をかけられましたけど、特には、なにも」
ふぅ、とクラーラがため息を吐いた。
「この子ったら、よく寝ぼけて魔法を使ってしまうの。本当にごめんなさいね」
「い、いえ、大丈夫です。驚きましたけど、それくらいで……」
「殿方と一緒にお昼寝なんて。後で叱っておかなきゃ」
シャルロッテの母は、かなりしっかりとした人物であるようだ。少し安心した。
「あら、でもクラーラも昔は……」
「ろ、ローゼ、それは言わなくていいわよ」
「ふふっ」
安心が少し揺らいだ。
「シャルロッテ、そろそろ起きなさい」
――この親にして、この子ありなのかのう。
誤魔化すあたり、妖精族の母も、似たような性格だったらしい。
肩で、もぞもぞと動く気配がある。シャルロッテが、やっと起きたようだ。
「ふあ~。おはようございます~」
「おはようではありません。早速、エヴァルト君に迷惑をかけて……」
「え~、めいわく~? なんのこと~?」
「また魔法を使ったのでしょう? そればかりか、エヴァルト君と一緒にお昼寝なんて」
「ん~? だって~、エヴァルトって、とってもいいかおりがするから~」
また、寄りかかられた。シャルロッテの髪が、頬をくすぐる。
――妖精族は陽気な種族だというが、こんなに人懐っこいのか。
「エヴァルト君はベッドじゃないのよ? こちらに来なさい」
「は~い」
ぱたぱたと羽を揺らしながら、シャルロッテがクラーラの肩に乗る。しかし、何故か瞳はエヴァルトに向けられており、
「ね~、おかあさま~。エヴァルトと、もっとおはなししたい~」
「今日は、もうダメです。そろそろ帰る支度もしなくちゃいけないのよ?」
「え~?」
不服そうに、羽と脚を揺らした。
どうやら、エヴァルトは気に入られたらしい。喜んでいいのかどうかは分からないが。
妖精族は陽気で、しかし気ままなところもある。この興味は、一時的なものだと思うのだが。
「今日はありがとうね、ローゼ。久しぶりに話せて楽しかったわ」
「私もよ。またいつでもいらしてね? シャルロッテさんも」
「わ~い、ありがとう、おばさま~」
すぐに機嫌を戻したシャルロッテ。やはり、妖精族の様子はすぐに変わる。
それじゃあ、と帰り支度を始める妖精族の親子を、エヴァルトも見送った。
「またね~、エヴァルト~」
「あ、ああ、うん。また」
そう言って、去るのかと思っていたら、シャルロッテはまたエヴァルトの肩に乗った。
え、と呆気に取られた直後、頬に柔らかい感触がくる。
「まあ」
「あら」
――……え?
母二人が驚き、さらに、
「えへ~、妖精族のキス~」
「え? ええ?」
「なんだかね? 妖精族のキスには、こううんをもたらすこうかがあるんだって~。エヴァルトにも、いいことがあるといいね~」
それじゃあね~、と耳元でささやかれて、エヴァルトは立ち尽くした。
「ど、どうしましょう、ローゼ? この子ったら……」
「落ち着いて、クラーラ。エヴァルトはまだ八歳だから、今のは単なる親愛の証で……」
「で、でも……」
「だ、大丈夫よ。後で、ちゃんとエヴァルトには言って聞かせるわ」
何故か慌てふためく母親二人。エヴァルトも、どうしたらいいのか分からない。
妖精族の親子は、急ぎ帰っていった。遠目には、なにやらシャルロッテが叱られているようだが、
「エヴァルト」
「え、なに、母さん」
いつもよりさらに真面目な顔で、母がエヴァルトの両肩を掴む。視線を合わせ、鼻先五センチの距離に詰め寄られた。
「今のは、そう、友情よ。友情の証。だから、気にしてはダメよ」
「え? え? なに?」
「いいわね?」
「あ、はい」
押し切られる形で、エヴァルトはうなずいた。その場では理解したように見せた。
後日、妖精族について調べると、このような説明書きがあった。
「妖精族は見初めた者に、祝福のキスをする。それは愛情表現であり、一生を誓う儀式でもあり……。って、なんじゃとぉ!?」
本を読みながら、のけぞった。
――あの娘っ子は知っててやったのか!?
母が何度も言い聞かせるわけだ。
エヴァルトはひっくり返り、キスをされた頬に手を当てた。
――ワシ、そういうの初めてなんじゃけど!?
ふわふわな笑みを思いだして、顔を熱くした。
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