相手を想う故の嘘
ニーベラルド様が出かけられた。
恋人を連れて。
その姿をセイラ様は笑顔で見送った。
ずっとずっと、ニーベラルド様の背中が木々の向こうに消えてしまってからも、ずっと。
そんなセイラ様に、私は一度だけ訊いてしまった。
「いいのですか?」と。
セイラ様は、静かに「いいのです」と言った。
「わたくしの役目は、一緒に散歩に行くことではありません」
気丈に答える姿に、なにも言えなくなった。
馬鹿なことを訊いたと後悔した。
それ以来、黙って傍にいることすらできずに、用事を求めてうろついてしまう。
本当は、セイラ様の傍にいた方がいいのだろうが――
ため息ついた瞬間、顔に水滴が落ちてきた。
「――っ、雨か!」
間を置かずぱらぱらと降り出した雨から逃れるため、慌てて庇の下に潜り込む。
とりあえずやっていただけの庭掃除が中断されるのはかまわないのだが――ニーベラルド様は大丈夫だろうか。
雨具を用意した覚えはない。御自身でもしていないだろう。
うまく雨宿りができていればいいのだが……。
主人の身を案じながら空を見上げていたら、ありがたいことにすぐに雨足が弱まっていった。
降り始めの雨粒は大きかったが、さほど激しく降ったわけではない。冷える時期でもないし、もう空も明るくなってきた。きっと、大丈夫だろう。
心配を終え、掃除の続きを、と庇から出て気づいた。
――――虹。
掃除道具を放り出して屋敷に飛び込んだ。
「セイラ様っ、セイラ様っ!」
あのときほど見事ではない。小さな、途中で切れているような虹だ。
だが、それでも、もしかしたら喜んでくれるかもしれないと、かすかな希望にすがってセイラ様のもとへ走った。
「どうかなさいましたか?」
「にじ、虹が……虹が出ておりますっ」
息を切らせて話すなど、執事にあるまじき行為だ。しかし、今はそれどころではない。
「虹……?」
セイラ様が窓辺に立つ。
どくどくと、私の心臓が鳴っていた。
「――まぁ、本当」
平坦な声だった。
願いは、またしても届かなかった。
セイラ様はそれ以上なにも言わない。
ただ静かに、虹のある方角を見つめているようだった。
また気を遣わせてしまったか……。
申し訳なく思いながら、隣に立った。
私に付き合って、見たくもないものを見る必要はない。謝って、紅茶でもいれよう。
そう思って、横を見て――息を、呑んだ。
セイラ様が、泣いていた。
音もなく涙が頬を伝っていく。
顎から落ちた雫が床に広がっていく。
私はそっとセイラ様から視線を外し、空にかかっている虹を見ているふりをした。
虹が消えてしまっても、そのままじっと空を見上げていた。




