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七話『勇者、俺』~持つべきものは~


 俺の姿を見た太った門番が何かを言った。しかし俺は無視する。無視して風を切り、指先を全部開いて腕を振って全速力で港の方へと向かう。


 途中、何度も石畳の微妙な段差につまずきそうになるも、俺は転ばない。何年この道を走ってきたと思っているんだ。生まれてからずっとだぜ。石の上にも何年だよ全く。


 港に近付くに連れて下り坂になるから、俺の足は悲鳴を上げる。だけど、もう止まらないし止まれない。結局、俺は一度も止まることのないまま、ジョウの親父さんが持つ工房までやってきた。


 海からすぐ近くの磯臭い工房。鉄を扱うくせに潮風が当たるこんなところに工房を持つなんてどうかしている、なんて外から来た人間は言うらしいが、ここに住む人間はそんなことを気にしない。


 なぜなら、この街にいればどこにいても海の影響は少なからず受けるからだ。それ以上の多大なる海の恩恵を受けているんだから、それくらいはなんてことない。


 俺は扉を開け、工房の中を見渡す。暑苦しくて、汗臭くて、磯臭い、いつもの工房の臭い。奥でジョウが机に座って何やら作業をしている。


 親父さんの姿は見当たらない。これは好都合。ジョウは俺を一瞥してなんだお前か、と視線を落としたあと、驚いた顔で俺を見返す。作業の手も止める。


「モリマロ。お前、騎士試験に行ったんじゃなかったのか?」

「ああ。今、その真っ最中だ」

「だったらどうしてこんなところにいるんだ?」

「まあ色々事情があってな。お前の力が必要なんだ」


 俺は適当にそのへんの椅子を引っ張り、腰を下ろす。


 ふう。一気に走ってきたせいでちょっと疲れた。ここで母ちゃんなら俺の疲労に気付いてミルクの一杯でも持ってきてくれるんだろうが、こいつにそんな気遣いが出来るはずもなく、ぽかんと口を半分開いたまま俺の顔をじっと見つめている。


 あの金髪碧眼イケメン騎士を見たあとだからか、ジョウが妙に不細工に見える。


 ジョウは我に返ったのか、顔を振った。


「それで、俺の力が必要って、何をすればいいんだ? 悪いが、俺はお前と違って腕っぷしには自信がないぜ」

「大丈夫だ。そんなんじゃない。実はな、鍵が必要なんだ」

「鍵?」

「ああ、鍵だ。お前の親父さん、グシウムのほとんどの鍵を作ってんだろ。だったら、王室関係の鍵も作っているんじゃないかって思ってさ」

「作ってるけど……。おいおい、さすがの俺でも宮殿の鍵は渡せないぜ。どうせお前、宮殿に入ったついでに何か盗んでやろうって魂胆だろ」


 おいおい待ってくれよ親友。その綺麗でもなんでもない瞳に、俺は一体どう映っているんだよ。俺は溜息を吐き、嘆きながら首を振る。


 ポイントは、肩と視線をしっかりと下げること。ここで俺が落ち込んでいる様子を見せれば、ジョウも同情して鍵を渡してくれるだろう。


「参ったな。悲しいよ。お前には俺がそんな風に映っていたのか」

「映っていたも何も、お前はそういう奴だろ」


 俺は顔を上げてジョウを見る。ジョウは一切の曇りのない眼差しで俺を見返している。そっか。俺、そんな奴だったな、そういえば。


 俺は、ぱんと手を鳴らす。


「まあ、冗談はこのくらいにして、グシウムから出た東塔に門があるだろ? その鍵はあるか?」

「東塔の門……、ああ、父さんが気に入ってたウォード錠のやつ。多分、父さんのことだから内緒でスペアを作っていると思う」


 ビンゴ。記憶力がいい俺は、昔、ジョウから聞いた話を覚えていた。


 ジョウの親父は、どんな鍵でも必ずスペアを作ると。それは、二つ作れないとその作品は偶然の産物に過ぎない、などという意味不明な理由だったが、その職人特有のよくわからんこだわりが、やがて息子の親友を救うことになるなんて、きっとあの気難しい髭もじゃ親父にも想像つかなかっただろう。


 俺は椅子から立ち上がると、ジョウの肩を掴む。


「それが必要だ」 

「いや、駄目だって。お前、絶対何か悪いことに使うもん」

「違う。俺じゃなくて、大臣からの頼みなんだ」

「え? 大臣から?」


 俺は笑いを堪えそうになるのを、口の中のお肉を噛んで我慢する。こいつは本当に馬鹿だ。俺がちょっと真顔で言うと、すぐに信じる。


 昔からこうだった。何度も何度も何度も何度も俺に騙されて、その度に滅茶苦茶怒るくせに、キッシュを食って寝たらすぐに忘れる。


 ああ、俺の愛しい親友よ。馬鹿でありがとう。そしていつか困った時は言ってくれ。いい占い師を紹介するから。


 俺は椅子に戻ると、「ああ」と真剣な表情を作る。


「考えてもみろよ。今は試験中なんだぜ? 俺だけが自由に行動出来るはずがないだろ。まあ簡単に説明すると、試験は東塔で行われることになったんだが、門番が大事な門の鍵を失くしちまったんだ。それだと塔に入れない。俺達は試験を受けられない。大臣は俺達に試験を受けさせられない。ああ、これは困った。ここまでは大丈夫か?」


 ジョウは頷く。真っすぐいい目だ。きっといい職人になる。俺は淡々と続ける。


「そこで、俺は困り果てた大臣に提案した。『知り合いにその鍵を作った者がいるのでなんとか出来ないか訊いてきましょうか』と。

しかし大臣は首を左右に振る。『いくら作った者でも鍵を失くしてしまってはどうにも出来ない』と。 しかし、俺はそこで進言した。『いえ、その者は優秀なので、きっと何とかしてくれるはずです』と。 そこでようやく大臣は顔を上げる。『それは真か?』 

俺は胸に手を当てた。『神に誓って』。

大臣の目に光が宿る。『では、頼んでもよいか』

俺は指を組んだ。『勿論。ですが、不躾ながら一つお願いがあります』

大臣は眉をぴくりと動かす。『なんだ、言ってみろ』

俺は懇願した。『もしその者の力で門を開けることが出来れば、ぜひともその者の名前を陛下のお耳に入れていただけないでしょうか』

大臣は頷く。『うむ。図ろう』

俺は深く頭を下げた。『寛大なる御心、感謝申し上げます』……」


 しまった。少しやり過ぎたか。しかし、俺をじっと見つめていたジョウは突然立ち上がると、「待ってろ」と言い残し、奥の方へと急いで向かった。その背中から溢れる使命感が俺には見える。俺は足をブラブラと揺らしながら、ジョウが帰ってくるのを待つ。


 そして帰ってきたジョウの顔とその手にぶらさげられた鍵を見て、俺は思わず立ち上がった。


「あったのか?」

「ああ。金庫の中に入ってた。多分、これだと思う」


 ジョウの指の間には、何とも複雑な構造と荘厳な装飾が施された鍵が握られていた。俺はゆっくりと手を伸ばす。真剣な表情は崩さない。


「しかと受け取った」

「頼んだぞ。親父と一緒に俺の名前も添えておいてくれよ」


 俺は「勿論」と鍵を握り締め、工房を出た。ジョウはわざわざ外まで俺を見送り、全身で手を振ってくれた。


 ありがとう、ジョウ。ありがとう、親父さん。俺が騎士になった暁には別に何もしてやれないけど、俺のかっこいい鎧姿、見せにくるからね。待っててね。


 俺は小さくガッツポーズし、ダッシュした。


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