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六十四話『勇者、僕』~復讐~

 ハイルが二つの剣を交差させ、銀の魔物の攻撃を止めていた。


 ハイルは言った。


「これもチュボの強さだ」


 ハイルは銀の魔物の爪を弾くと、右手の剣を銀の魔物の開いた胸元へとめがけて突き刺す。銀の魔物は寸前でそれをかわすも、刃先が脇腹を掠めて勢いよく血が流れた。


 チュボと同じ色の血。魔物の足元が、赤紫に染まる。


「チュボの怒りは、僕が受け継ぐ」


 その言葉を聞いたチュボは、ハイルに向かって短い声のようなものをかけると、その場から下がった。フィルはハイルから離れると、チュボの肩に止まった。


「お疲れ、チュボ」


 マキュリウスがチュボを労うと、チュボは尻尾を短く動かした。ドーマンはゆっくりとチュボへと近付くと、雪がついたチュボの身体に手を当てて「冷たいのお」と顔をしかめた。すると、チュボの身体についていた雪が溶けてゆく。ドーマンは、チュボの身体を温めていた。


 そう、これこそがハイルの言う通り、あの銀の魔物にはなくて、チュボにある強さだった。


 ハイルは銀の魔物相手に容赦しなかった。二つの剣を華麗に扱い、小さな切り傷を増やしていく。お世辞にも力があるとは言えないハイルの最大の長所は、そのスピードだった。


 一度で大きなダメージを与えることは出来ないが、確実に一撃を当てていく。大きく間合いを取らずとも魔物の攻撃を避けられるスピードと目を、彼は潜在的に持っていた。


 直線の速度では、人間は魔物には勝てない。しかし、左右への細かい動きや、攻撃直後の回避行動など、それは誰が見てもハイルの方が素早く、銀の魔物より一枚も二枚も上手だった。


 ハイルが銀の魔物を倒すのに、そう時間はかからなかった。


 苛立つ銀の魔物の一撃が雑になってきたその時、魔物に完全なる隙が出来、ハイルは確実に仕留める機会を得た。


 勝った。


 誰もがそう思った次の瞬間、ハイルは意外な行動に出た。脇腹にその剣を突き刺すことも出来たのに、彼はそうしなかった。


 ハイルは、銀の魔物の右の手首から先を斬り落としたのだ。

 

 痛みに悲鳴を上げる銀の魔物。息を呑んで見守る仲間達。


 だが、それは後から考えれば、意外でも何でもなかった。


 それこそが、彼の本懐だったのだ。


 ハイルは痛みにもだえる魔物に冷たい視線を向けながら、魔物の肩を蹴り、仰向きに転ばせた。そしてそのまま落ちる力を利用し、左の足首を切断する。


 魔物はさらに大きな悲鳴を上げながら、何とか立ち上がって逃げようとする。その足元には夥しい量の血と、落とされた手と足。


 ハイルはその血を踏みながら、一切の表情のない顔で魔物を追いかけた。彼の目に映っているもの。それは、あの時の記憶だけだった。


 銀の魔物は呻き声を上げながら振り返ると、追いかけてくるハイルを見て、絶望の表情を浮かべた。


「来るなっ、化け物」


 魔物の心の声は、確かにそう言っていた。


 だが、ハイルはその足を緩めない。


 その時だった。


「もう、止めて」


 ハイルの足が止まった。


 ハイルの前をフィルが遮っていた。それは、チュボと出会った時と同じであった。


「どいてよ、フィル」


 フィルは何も言い返さず、ハイルの鼻を抱きしめ、そっとその先にキスをした。


 ハイルの目が見開かれた。


 フィルはハイルの額に、その小さな額をつけた。


「……私の大好きなハイルが、ハイルじゃなくなっちゃうよ」


 その言葉に、ハイルの身体から力が抜け、二本の剣が雪の上へと落ちた。


 そう、彼はそこで逃げていればよかった。


 そうすれば、もしかしたら命くらいは助かったかもしれない。


 背中を向けていたはずの銀の魔物は、ハイルが剣を落としたのを一瞥するや否や、即座に身体を反転させ、そして片足ながらも猛スピードでハイルに向かって突進した。


 爪を光らせ、その顔には勝ち誇ったような笑み。


 だが、彼はそこに到達することが出来なかった。


 あと数歩、前に進めば、彼はハイルの心臓を穿つことが出来ただろう。


 しかし、チュボにハイルがいたように、ハイルにはチュボがいた。


 銀の魔物の動きに瞬時に反応したチュボは、銀の魔物の殺意がハイルに届く前に、その命を絶った。


 銀の魔物の首はだらりと垂れ、そしてそのまま、彼の身体は雪へと埋もれた。ハイルはそっと、チュボの肩に手を置いた。


「ありがとう、チュボ」

「『いいえ。こちらこそありがとうございます、ハイル』」


 彼らは確かに、そこで心の会話を交わしていた。


 しかし、神は彼らに勝利の余韻を与えなかった。


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