六十一話『勇者、僕』~魔法と魔物~
テュクスで一泊し、充分な食糧と装備品を持ってハイル達一行は雪山へと向かった。勿論、それは銀の魔物を探すため。そして、そのまま雪山を越えた先にある、パラメという町を目指すという新たな目的もあった。
馬で雪山を越えることは出来ないので、彼らは馬をテュクスへと預けた。当然、預けたということはいつか迎えに来るということ。馬もまた、彼らの立派な仲間の一人だった。
道中、マキュリウスはテュクスでのあの出来事について訊ねた。
「あれが、魔法ですか?」
「ああ。そうだ。火の魔法だ」
「火の魔法?」
マキュリウスは首を傾げた。
マキュリウスは魔法という存在自体、風の噂で聞いたくらいでほとんど知らなかった。
というのも、グシウムや大きな都市部では魔法を魔法として認識しているが、地方では、例えば超能力であったり、神の力であったり、はたまた呪いであったりと、一種の超常現象としてしか捉えられておらず、それらが魔法として地方にまで広まるのは、暫く経ってからのことだった。
だが、グシウムにいたハイルは当然、魔法を知っていた。
「火の魔法使い、グシウムにも一人いたって聞いた」
「ほお。火の魔法を使える奴がいたのか。まあ、不思議なことではない。同じ才能が世に二つないとは限らぬからな。それに、日常で触れる機会の多い、火、水、氷、土、風、などは、人間がその才に気付く機会も増えることから、必然的に扱える人間の数も増える」
淡々と説明するドーマンを、マキュリウスは止めた。
「ちょっと待って。結局、魔法って一体何なんだい? 石を熱くするのが魔法?」
ドーマンは立ち止まると、近くに落ちていた木の枝を拾い、それに魔法で火をつけた。木の枝は燃え上がると、やがて真っ黒になった。
「……火打ち石を使わずに」
驚くマキュリウスに、ドーマンは鼻を鳴らした。
「これが魔法だ。この世界には、大きな謎がいくつかある。空の上、海の下がどうなっておるのか。我々人類はどうやって生まれたのか。そしてなぜ生まれてきたのか。……他にもこの世界には多くの謎が存在するが、その中でもここ最近になって注目されておる謎が、『魔』のつく二つの謎。魔物と魔法だ」
ドーマンは炭になった木の枝を踏み、そして捻じった。真っ黒な木の枝は粉々になり、土と混ざり合った。
「魔物はたった百年ほど前に、突然、この世に姿を現した。何の前触れもなく、唐突にだ。それから百年が経った今でも魔物は未知なる存在であり、ある者達は神の使者だと言い、また、ある者達は昆虫による急激な進化だと主張した。だが、そこへの問いかけは愚問である。我々は人類の存在意義すら答えられぬのだからな。魔物自身も、魔物がどんな存在であるかはわかっておらんだろう」
ドーマンがチュボを横目で見ると、チュボはフィルからドーマンの言葉を聞いて頷いた。
ドーマンは続ける。
「一方、魔法の歴史はとても古い。最早、人間がいつその存在に気付いたのかが定かではないほど、魔法そのものは太古から存在したと言われている。だが、魔物といい魔法といい、その絶対数が少ないため、ほとんど研究がされず、未だに未解明な存在であるのだ」
「ということは、ドーマンさんも、どうして火がつくのかわからないってこと?」
「言ってしまえばな。しかし、魔法については、積もった情報からわかってきた部分もある。大きく言えば三つ。誰にでも魔法の才はあるということと、その魔法にはそれ相応の制限がかかること、そして、鍛えることが出来るということ」
「なら、自分にも魔法の才能があるということかい?」
マキュリウスが自らを指差してそう言うと、ドーマンは頷いた。そして、マキュリウスに別の木の枝を渡した。
「確証はないが、才能は誰にでもあるとされている。要はそこに気付くかどうかだ。この枝に、火をつけるイメージを持ってみなさい」
マキュリウスはじっと木の枝を見つめ、ぐっと顔に力を入れた。しかし、木の枝は全く燃える気配を見せず、マキュリウスは肩を下げて息を吐いた。
「駄目だよ。燃える気がしない」
ドーマンは高々と笑い声を響かせた。
「お主には、火の才能がなかったということだ。しかし、お主は今、生まれて初めて、ものに火をつけるイメージを持ったのではないか?」
「そりゃそうだよ。普通はこんな意味のないことしないって。だって、常識的に考えてつくはずがないもの」
ドーマンはマキュリウスの鼻先に指を向けた。
「そう。それが魔法なのだ。人間の中にある常識を超える力こそ、魔法の力。故に、魔法の才に気付く者はほとんどいない。偶然でも起こらない限り、そこに気付くことは出来んだろうからな。その上、奇跡的にその才に気付くことが出来たとしても、それを使いこなせる者となるとさらに数は限られる」
ドーマンは目をかっと開くと、マキュリウスの指先にある木の枝に向かって念じ始めた。マキュリウスはそれを見て、慌てて木の枝を離した。
「危ないじゃないか。今、燃やそうとしただろ」
ドーマンはマキュリウスの言葉を無視し、落ちた木の枝に向かって念じ続ける。しかし、木の枝は一向に燃える気配がない。
ドーマンは、そっと目を閉じ、視線をマキュリウスに戻した。
「これが魔法の制限だ。余は、『触れたものの温度を上げることが出来る』という魔法を使える。だがそれは、逆に言えばそのものに触れなければいけないという制限がかかっておる」
「だから、テュクスで石に触っていたんだね。あれも、温度を上げていたのか」
マキュリウスの言葉に、ドーマンは頷いた。
「そうだ。あの地域の石は特殊な石で、普通の石なら溶けてしまう温度でも、溶けずに熱を内部に溜め込めることが出来るという性質を持つ。ちなみに、余の持っているこの杖もその石で出来ておる」
ドーマンは細長い杖をマキュリウスに手渡した。マキュリウスは手に取ると、コンコンと手の甲で叩き、「本当だ」と呟いた。
ドーマンが歩き出し、移動が再開される。
「このように、各々の魔法の制限を理解し、ようやく魔法が使えるようになる。しかし、戦闘で使えるかどうかとなると、それはまた別の話だ。なぜなら、始めは魔法の力は微々たるもの。余も、最初は水をぬるま湯にするのが精一杯であった」
ドーマンが最初、水をぬるま湯にするのにかかった時間が八時間。そこから、沸騰させるまでにかかった年月は三年。岩を溶かしてマグマにすることが出来るようになったのは、三十年後のことだった。
しかし、そこからは本人もどれだけ温度を上げられるかわからなくなって止めた。理由は単純で、そこまで温度を上げる意味がなかったからだ。
相手が人間であろうと魔物であろうと、手で触れて燃えるようになった時点で、戦闘における魔法は完成したのだ。
「でも、その魔法は不便」
ハイルが呟いた言葉に、マキュリウスは反応した。
「どうして? 触ると相手を倒せるんだろ?」
「触れるのなら、魔法を使わなくても殺せる」
ハイルの言葉に、ドーマンは深く頷いた。
「その通り。魔法というのは、実はそこまで万能なものではない。持っていれば使うことは出来るが、それは剣や槍と同じで、使いこなせなければ無用の長物となる。さらに、強力な魔法ほど制限が強くなるとも言われておる。魔法一つでこの世界のバランスが崩れることのないよう、上手く出来ておるのだ」
そう、それこそ魔法が万能でない証拠だった。
太古から存在するにも関わらず、未だ誰一人として魔法で名を馳せた者はいない。それどころか、魔法そのもの自体が、地方においては浸透すらしていない。
つまり、魔法は確かに未知なる存在ではあるものの、取り立てて脅威な存在というわけではなかった。
魔法とは、所詮そういうものだった。
そのため、魔法が使えないからといって、その者の価値が下がるわけでもなければ、使えるからといって特別凄いわけでもない。
むしろ、天賦の才をいくつも与えられているマキュリウスが魔法の才能を持たないことを鑑みるに、魔法の才はない方がいいのかもしれない。




