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六十話『勇者、僕』~魔法使いの力~

 全てを聞き終えたドーマンは、しばらくじっと動かなかった。マキュリウスはドーマンの前で手を振った。


「あの、生きてますよね?」

「無礼な。生きておるわ」


 ドーマンは口許だけを動かしてそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。

「……銀の奴は余との戦いの最中で、分が悪いと見たのか、身を引いてそのまま北に逃げていった。おそらく、雪山に向かったんだろう」

「雪山? まだそこに?」


 ハイルの焦るような問いかけに、ドーマンは「わからん」と冷たく返した。


「だが、あいつは寒さを好む種類の魔物だ。雪山を縄張りにしていても、おかしくはないだろうな」


 ハイルは唾を飲み込むと、きっと目に力を入れ、歩き出した。


「行こう。雪山に」

「こら、ちょっと待たんかい」


 ドーマンがハイルを止めた。


「雪山を舐め過ぎだ。そんな装備で越えられるほど、山というものは甘くはない。一度テュクスに戻って、装備を整えなさい。余もついていく」

「ドーマンさん、手伝ってくれるの?」


 マキュリウスが驚くと、ドーマンは首を傾け、肩を叩いた。


「まあ、最近少し暇だったからな。それに、もしその魔王とやらが存在して、人類にとってそやつが脅威になるならば、会いにいかねばならん」

「世界を救うためですね?」

「いや、違う」


 ドーマンは即答した。


「余が生きるためだ。他の人間の命なんてどうだってよいが、余は死にたくないからの。もしその魔王とやらが、余のことを殺さないと約束出来るのなら、あとは別に人類を滅亡させようが全く以て構わん。それを確認するために、余は魔王に会いに行く」

「あなた自身のためということですか?」


 ドーマンはマキュリウスを睨むように上目で見た。


「悪いか? 利害の一致だと思うがな。その小娘が魔物と話せるのなら、余は魔王と対話をするためにお主らについていく。お主らは、余の協力を得られる。それに、もし魔王の返答次第では、余は迷わず魔王を消し去ることになるだろう。これらのどこに不満がある? お主達にも不都合はないはずだ」

「協力を得られるって、介護になる気しかしないんだけどな」


 そのマキュリウスの小言はドーマンに聞こえなかったのか、それとも流したのか、彼は全く反応しなかった。


「とにかく、お主らはテュクスの者に頼まれて余を呼びに来たのであろう。それならば、どちらにせよテュクスには顔を出さねばなるまい」


 それに反論の意を示す者は、当然いなかった。





 ドーマンを見た住民は、まさか本当に連れてこられると思っていなかったのか、ひどく驚いた表情を浮かべた。住民がテュクスの現状をもう一度ドーマンへと説明すると、ドーマンはぴしゃりと言った。


「無理だな」


 面食らった住民に、ドーマンは杖を指す。


「確かに余は、魔法が使える。だが、魔法はそこまで万能なものではない。あくまで人間に備わっている才能の一つに過ぎん。どれだけ身体を鍛えても空を飛べないように、魔法にも限りというものが存在する」

「じゃあ、俺達は……」


 ドーマンは呆れた息を吐いた。


「それが傲慢なのだ。結局、お主達はまた金を積んで外の者に頼もうとしておる。ミダスの馬鹿のやり方が、お主達住民にも染み付いておるのだ。このままでは、この都市はこれから先も永劫、遅れた都市のままであろう」

「しかし、俺達にはどうすることも出来ないんです」


 泣き縋るようにドーマンのマントを掴んだ住民の手を、ドーマンは冷たく掃った。


「今の若い奴は脳みそが膿んでおるのか? 違うだろう。だったら、学べばよい。外の者を呼んで技術を学ぶか、お主らが外へと足を運んで学べばよい。学ぶことを止めた時点で、その人間は死んだも同然。その証拠に、この都市を見よ。まるで生気を感じられないではないか」


 吹き抜ける風もどこか虚しく、空も暗い。彼らは気付いていなかったものの、その時、テュクスは確かに死んだ都市であった。ただ、僅かに残っていた蓄えが、それらを隠していただけだった。


 ドーマンはその細い人差し指の先で、自身の側頭部を叩いた。


「人間最大の財産は、金や銀でもなく、ここにあるのじゃ」


 そのドーマンの言葉が住民の侘しい心に強く響いたのか、住民の目の色が変わった。それを見たドーマンは、僅かに口許を緩めた。


「余らはこれから雪山へと向かう。それらの食糧と装備品を用意するんだ。その代わり、ほんの少しだが、お主らにきっかけを与えてやろう」


 ドーマンはそう言うと、住民に大きな石をいくつか持ってくるように指示を出した。その住民は他の住民達を呼び、言われた通り、何とか持ち運びが出来る大きさの石をドーマンの元へと運んだ。


 ドーマンはその中からいくつかの石を選ぶと、それらの石を今度は水が張ってある全ての桶のすぐ傍に置くよう、指示を出した。


 住民達はその指示の意図がわからないままも、素直に従った。ハイル達は、じっとその作業の様子を眺めていた。


 やがて、全ての石がドーマンの指示通りに配置されると、ドーマンはその一つの前に立ち、石にそっと手を触れた。


 全員が沈黙した。


 しばらくは何も起きなかった。しかし、次第に、異常な変化が見え始めた。


 黒い石が微かにオレンジとなり、やがて真っ赤に光りだした。


 石の周囲が、ゆらゆらと揺れ動く。


 真っ赤になった石は、やがてゆっくりと黒い色へと戻っていった。ドーマンはそこで手を離すと、杖の先で石を転がし、張られた水の中へと入れた。


 一瞬、その熱さに水が悲鳴を上げるも、すぐに静かになり、やがて水の表面に気泡が見え、湯気が出始めた。


 大きなざわめきの声。


「手を入れてみなさい」


 ドーマンがそう言うと、住民達はおそるおそる水の中に手を入れた。すると、一様に驚嘆の声を上げた。なんと、その水はたった一つの石により、湯へと変わっていたのだ。


 ドーマンはその後、他の石も全て同じようにして水の中へと放り込んでいき、やがて都市にあった全ての温泉が、復活を遂げた。


「これでしばらくはまた温泉で客が呼べるだろう。これを上手く利用して技術を学べば、この都市もまた復興を遂げることが出来るかもしれん。だが、それは全てお主達次第だ」


 住民達は、まるで神を崇めるかのように、腰を低くしてドーマンの言葉に大きく頷いた。その目には、希望の光が宿っていた。


 その後、テュクスが復興を遂げたかどうかは、現時点ではまだわからない。しかし、結果を知ることの出来るあなたはきっと、笑みを浮かべながらこれを読んでいるのだろう。


 そう、物語はそうして繋がっているのだ。


 いや、繋がっていて欲しい、という願望なのかもしれない。


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