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六話『勇者、俺』~とんがり発見~


 塔に着いたものの、試験は行われていなかった。それどころか人がいる様子もない。俺は塔へと近付き、上を見上げる。滅茶苦茶高い。少なくとも、町で一番高い教会の倍はある。


 一番上に登りたい。一番上にいって、少しでもあの空に近付きたい。そして、グシウムを見下ろしてある種の優越感に浸りたい。俺が神だと、そう叫んで遠くの山に木霊させたい。


 よし、となればとりあえず上がろう。そう思って入り口へと向かうと、鉄格子の門の前で蹲っている門番の姿が見えた。


 腹を押さえている。変なキノコでも食ったのだろうか。本当は無視して進みたいところだが、見る限り門には鍵がかかっているので、この人に開けて貰わないと入れなさそうだ。


「大丈夫っすか?」


 門番は顔を上げる。苦しいのか、その顔には苦悶の表情が浮かんでいる。息もかなり荒く、肩が激しく上下している。


「あの、苦しそうなところ悪いんすけど、ここ、開けて貰えないっすかね? ほら、聞いているでしょ。試験の話」


 門番は何とか身体を起こすと、「魔物が」と腕を上げた。その指先は、塔のさらに東を差している。


「魔物が、鍵を奪って東の森に行ってしまった」

「魔物? 何言ってんすか?」

「だから、魔物が……」


 俺はしばらく考える。ああ、そういうことか。俺の犀利な頭脳はすぐに理解した。


 この門番は、あろうことかこの糞悪いタイミングで魔物に襲われて鍵を奪われ、参加者達はその鍵を手に入れるために東の森へと向かったということか。道理で、やけに静かだったわけだ。


「でも、あんた仮にもここの門番でしょ? 魔物くらい、やっつけましょうよ」

「違う。中型の魔物だ」

「中型? マジっすか? そんなのがこの辺りにいんの?」


 それなら話が変わってくる。


 魔物は主に三種類に分けられる。小型、中型、大型。それは端的にはその身体の大きさを表しているが、強さ、賢さ、悪さ、それらの程度も含めた上での分類でもある。


 探せばその辺りにいるのが小型の魔物。小型の魔物の大きさは大きめの犬くらい。学校で本物を見たことがあるし実践演習で戦ったこともあるが、あれはただの雑魚だ。素手だとちょっとてこずるが、剣があれば瞬殺出来る。たまに強い野良犬にやられている小型の魔物もいるらしいから、まあその程度ってことだ。


しかし、中型からはそうはいかない。なんでも、大人の人間程度の大きさがある中型は騎士でも一対一なら倒すのは厳しいらしく、その存在自体も珍しい。


 大型にもなると、世界のどこかで一国を築くほどの頭脳と強さがあるなんて噂すらあるくらいだが、それ故、その存在自体が空想上のものではないかとも疑われている。というか、空想上の存在だ。


 俺は小型の魔物なら、素手でも勝てる。でも、それは一匹の話だ。複数にもなると素手じゃどうなるかはわからない上、さらに中型になんて到底勝てるとは思えない。


 これは困った。盾どころか、そもそも塔に入れないなんて。


 なら、森から鍵を持って帰ってきた奴を後ろから倒すか。いや、そいつが鍵を持っている時、それはそいつが中型の魔物を倒したということだ。そんな奴、不意を打っても勝てるかどうかわからない。


 俺は門番を見る。相変わらず苦しそうだが、血が出ているわけでもないし、死にそうではない。


「手を貸しましょうか?」と声をかけるも、門番は自力で立ち上がり、首を左右に振って歩き出す。「何とか一人で帰れる」。そうか、まあそれなら一人で帰ってくれたまえ。グシウムまではすぐだし、門まで行けばあの太い門番達が何とかしてくれるだろう。


 俺は塔から出て、とりあえず塔の周りをぐるりと回る。どこか他に、入れそうなところはないか。しかし見た感じ、よじ登ったり壊したり出来そうなところはない。


 その時、俺は近くに生えていた木の裏に、人の影を見つけた。その人影は俺の気配を察知すると、「ひっ」と短い声を出し、逃げ出した。


 だが、俺は見逃さなかった。そいつの靴の先が、とんがっていたことを。


 俺は自由の大地を蹴り、そいつを追いかける。そいつはガチャガチャと、騎士でもないくせに大きな音を立てながら、不細工な走り方で逃げる。


 何を着込んでいるんだ全く。俺はすぐに追いつきそいつの背中を思い切り蹴ると、そいつは前のめりに倒れ込んだ。


 そのまま俺は馬乗りになり、そいつのとんがり靴を脱がす。俺の服についた足跡と照合。冤罪はいけない。はい、有罪。死刑。


 俺はそいつの身体を裏返す。そしてその顔を見て、俺はあっと思わず声が出た。どこかで見たことがある。ああ、そうだ。学校にいる奴。俺より少し年上の奴。


 そう言えば昔、絡んできたのを返り討ちにしたっけな。弱過ぎて名前すら覚えてないけど。


「お前、学校の奴だな。どうしてお前が試験に出てるんだよ。学校からの推薦者は俺だけのはずだろ」

「か、金を払えば参加出来るんだよ」


 ああ、そういうことか。この装備を見るに、多分こいつは金持ちだ。貴族の出ってところだろう。とんがりは青ざめた目に涙を溜めながら、「違うんだっ」と突然喚き出す。


「俺は蹴ったんじゃなくて、躓いただけだっ。別に悪意があったわけじゃない。だから許せ。そしてほら、同じ学校の仲間だろ。協力し合おうじゃないか」


 俺は思い切り息を吸い、拳を振り上げる。綺麗な空気が身体の中に染み渡っていくのがわかる。そして、俺は息を吐き切るまで絶え間なくとんがりの顔を殴った。


 計、十五、六発は入っただろうか。痛い。俺の手は殴ったことにより猛烈な痛みを感じている。だが、後悔はしていない。罰を与える人間は痛みを伴わなければならない。それは神の教えだ。どの神の教えかは知らないけど。


 顔の形がすっかり変わってしまったとんがりが、「……どうして」と声を漏らした。気を失っていないとは、なかなかタフな野郎だ。俺は立ち上がると、どこで買ったかわからん鎧に、俺の大きな足を乗せる。


「まだ俺は蹴った話なんて一言もしてないんだよ。お前に心当たりがあるから、真っ先にそんな言葉が出るんだ馬鹿。それに、お前はここで鍵を持って帰ってきた奴を背後から襲うつもりだったんだろ。そんな奴と協力なんてするかよ。この卑怯者が。恥を知れ、恥を」


 俺はとんがりの身体の上でぐりぐりと靴を捻じると、粘ついた唾を吐いてその場をあとにした。


 とんがりが俺の背中に向かって「パパに言いつけてやるからなっ」なんて小物お決まりのフレーズを叫ぶと、山は虚しくもきちんとそれを返した。よかったな。偉大な自然は、カスみたいなお前の相手でもきちんとしてくれるそうだ。


 とんがりをボコると、俺は空虚感に襲われた。さっきまで漲っていたやる気が、どこかへと成りを潜めてしまったようだ。


 ああ、やっぱり駄目だ。暴力はエネルギーを使い過ぎる。いつだって、暴力は俺から大事な何かを奪い去っていく。それが何かがわからないところが、暴力の不親切なところだ。人間、わからないことが一番不安なんだ。


 もういいか。


 俺は赤くなった手をポケットに突っ込み、グシウムへと戻ることにした。


 俺には中型は倒せないし、ということは中型を倒して鍵を持っている人間も倒せない。まだまだ実力不足だったというわけだ。


 もっと鍛えて、強くなってから出直そう。こんな機会、もうあるかどうかはわからないけど、きっとまた、どこかでチャンスは巡ってくるはずだ。最悪、あの太った門番二人を倒して勝手にグシウムを出ればいい。


 そういえば、あの負傷した門番はどうしただろうか。もしまだいるなら、肩くらい貸してやってもいい。しかし、鍵を取られるなんてなんて間抜けなんだろう。


 魔物は確かに人間から何かを奪ったり盗んだりすることがあるらしいが、敢えて鍵を盗んだその魔物も間抜けだ。塔の鍵なんて盗んだところで、魔物には何のメリットもありゃしないだろうに。


 鍵。鍵?


 俺は立ち止まった。俺の中でただの輪っかと成り下がっていた錆び付く思考の歯車達が、荘厳な音を立てて動き出す。


 そう、今、その天才的なひらめきを以て、俺は勝利への活路を見出したのだ。


 そうか。わざわざ森に魔物を倒しに行かなくとも、要はこの門を開けることが出来ればいいんじゃないか。先入観に囚われていて、全くその発想に至らなかった。


 俺にはあいつがいるじゃん。


 俺は雄叫びを上げながら、窮屈な街に向かって走り出した。


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