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五十九話『勇者、僕』~魔法使い~


「絶対、ややこしいことが待っているよ」


 浅瀬の川を渡りながら、馬の上でマキュリウスが嘆いた。ハイルの肩に乗っているフィルは、「どうして?」と小首を傾げた。


「だって、困っているなら、自分達で行くはずだよ。それを人に任せるということは、大方、道中が険しいか、その魔法使いに何かがあるかのどちらかだ。それに、そもそも本当にその人が魔法使いかどうかすら怪しい」


 マキュリウスの予想は当たることになる。正確には、『どちらか』ではなく、『どちらも』だった。一本目の川を渡った彼らは、二本目の川沿いを上っている途中、突然、川の中から現れた小型の魔物に襲われた。魔物は陸に上がって攻撃を仕掛けると、ハイル達が反撃する前に、川の中へと戻ってしまう。


 彼らが初めて出会う、水に住む魔物だった。


「水の中で生きる魔物もいるんだね」


 マキュリウスが驚くも、ハイルは冷静だった。


「海にもたくさん魔物がいるって師匠が言ってた。泳げる以外は、陸と一緒だって」


 ハイルは二つの剣を構えてチュボを一瞥した。


「……倒していいの?」


 フィルがチュボを見ると、チュボは頷いた。


「『言葉が届かないから仕方ないって』」


 ハイルは目を細めると、勢いよく飛び出してきた魔物を、真っ二つに切り裂いた。その奥に隠れて襲撃してきた魔物は、チュボが捕まえて地面へと押さえつけた。チュボは腕を振り上げるも、そこから前に進めない。やがてチュボは何かを決心したように目を閉じると、勢いよく腕を振り下ろした。


 しかし、ハイルがその腕を掴んで止めた。


「これは僕の役目だ」


 ハイルはそう言うと、小型の魔物に向かって剣を振り下ろした。魔物は声を上げることもなく、動かなくなった。


「ハイル……」


 フィルが歩き出したハイルの背中をじっと見つめた。ハイルは振り返ると、チュボを見据えた。


「出来るだけ殺生はしないようにする。だけど、そこにこだわりは持たない。その甘さはいつか必ず、僕達を傷付けるから」


 チュボはじっとハイルを見返した。


「『わかりました。私も覚悟の上です』って」


 ハイルは僅かに頬を緩めると、剣についた血を拭い、再び歩き出した。




 そこからも魔物の強襲は続いたものの、所詮は小型、彼らの敵ではなかった。やがてしばらく歩くと、彼らはその異様な光景に立ち尽くした。


「あれ、どうなっているの?」


 フィルのその言葉が、全員の疑問を代弁していた。広い川の中央から、大きな岩が僅かに顔を出していて、そこに一軒の家が建っていた。真っ赤な屋根の、どこにでもあるような家。屋根には煙突があり、そこからは灰色の煙が出ている。


「わからない。でも、多分あれだろうね」


 川は歩いて渡れるような広さでも、深さでもない。馬でも無理だ。だが、そこには確かに家があり、人の住む気配がある。彼らはしばらく、その非現実的な光景に言葉を失った。


 動いたのは、マキュリウスだった。マキュリウスは馬から降り、河岸に落ちていた丸くて薄い石を拾うと、水面に沿わせるように下手から石を投げた。石が水面をスキップする度に、小型の魔物が反応して飛び跳ねる。


 やがて川に静寂が戻ると、マキュリウスは肩を竦めた。


「これだけ魔物がいれば泳ぐのは無理だね。距離もあるし」


 陸で戦う分には所詮小型ではあるが、水の中となると話は変わってくる。さすがに、泳いで渡るわけにはいかなかった。


「いかだ舟か、もしくはそれの代わりになるものがどこかにないかな?」


 マキュリウスが周囲を探すも、川辺に落ちているのは木片くらいで、それも人が乗れるような大きさではなかった。マキュリウスが「困ったな」とこめかみを掻くと、チュボが川へと足を踏み入れた。フィルがチュボの言葉を聞く。


「『私、一人ならば背中に乗せて連れていくことが出来ます』だってさ」

「チュボ、泳げるの?」

「『潜水は苦手ですが、泳ぐだけならばそれなりには。それに、私に乗っていれば襲われないと思います』」


 魔物は原則、同族を襲わない。それは相手が水の魔物であっても同じだった。マキュリウスはハイルと顔を見合わせた。


「どうする?」

「……僕が行く」

「そう。まあ、どっちかはこの子を見ていないと駄目だもんね」


 マキュリウスは、馬の首をそっと撫でた。早速、ハイルはチュボの背中に掴まり、フィルはハイルの頭の上に掴まる。チュボは二人が背中に乗ったことを確認すると、ゆっくりと家に向かって泳ぎ出した。チュボの読み通り、川の魔物はチュボ達を襲わなかった。


 チュボが岩の家の目と鼻の先まで泳いだその時、家の扉がゆっくりと開いた。チュボは動きを止め、ハイルは警戒して剣を構える。


 家の中から出てきたのは、腰の曲がった老人だった。老人はマントを羽織り、手にはとても細くて黒い杖を持っていた。


 老人はしばらくチュボ達を見つめ、そのあとにマキュリウスへと視線を移し、またチュボへと戻した。しかし、老人は特に反応を見せずに、おそらく意味がないであろう扉の施錠をして、チュボの方へと向かった。


 老人は岩の端に立つと、杖を掲げて川を真っ二つに割るでもなく、水面の上を滑るでもなく、マントと杖をハイルへと渡し、裸になり、泳いで川を渡り始めた。


 その様子を、ハイル達は口を開けて、ただただ見つめていた。何よりも不思議だったのが、魔物が一切、老人を襲おうとしなかったことだ。


 老人は泳いでマキュリウスの待つ河岸に辿り着くと、ハイルに向かって人差し指で来いと合図を出した。チュボが泳いで戻り、ハイルは老人にマントと杖を渡した。


 老人はマキュリウスの帽子を取ってそれで身体を拭くと、深い息を吐いてマントを羽織った。


「余に一体何の用だ?」


 低く嗄れた声。その窪んだ目がハイル達を見上げた。マキュリウスが事の顛末を説明すると、老人は

「はあ」と呆れたような声を出した。


「そんなこと、余には出来ん」

 

マキュリウスはそれ見ろ、といった顔でハイルを見た。ハイルはマキュリウスを見ずに、老人をじっと見下ろす。


「魔法使いじゃないの?」

「違う。……とは言い切れんな。遠い昔に、大魔道師なんて大層な名称をつけられておったこともあるにはある。無論、余が自らそれを名乗ったことはない。余が名乗ったことがあるのは、その名であるドーマンだけだ」


 老人、ドーマンは杖を何度か地面に突くと、片目を大きく開いてチュボを見た。


「本来ならばお主らに構う必要もないが、少し面白いのを連れておるな。……どうやって手懐けた?」

「手懐けてなんていないよ。ある目的があって、一緒に旅をしているだけさ」


 マキュリウスの言葉を聞いているのかいないのか、ドーマンは舐めるようにチュボを凝視した。


「お主、銀の奴と関係があるのか?」


 その言葉に、場の雰囲気が一変した。そして、ドーマンはその変化を感じ取り、にやりと笑った。


「そうか。関係があるのか。それは少し興味深いな」

「銀の魔物を知ってるの?」


 ハイルの問いかけに、ドーマンは「ああ」と何やら楽しそうな顔で、僅かに生えている髭を指先で撫でた。


「余に挑んできたからな」

「いつ?」

「さあ、もう時間の概念などほとんどないからわからんが、さて、あれから冬を三回ほど越えたかな。とにかく、あれは久方ぶりに楽しかった」

「ドーマンさん、その魔物と戦ったの?」


 マキュリウスの驚きを、ドーマンは杖を軽く振って一蹴する。


「余が戦うのがそんなに変か。こう見えても余はな、かつてはラウス帝国直属の騎士だったのだ。もう、何十年も前のことだがな」

「騎士だったの? 意外だね。で、その魔物は、」


 すると、マキュリウスの話を遮り、ハイルが前に出てドーマンに詰め寄った。


「その魔物はどうしたの?」


 ドーマンはハイルの異変を感じ取ったのか、一瞬、とても深い目でハイルを見返した。しかし、ドーマンは「まあ待て」とハイルの肩に手を置くと、そのまま近くにあった大きな岩へと腰掛けた。


「お主ら、見たところただの旅人ではなさそうだな。ほれ、全てを話してみなさい。気分が乗れば、手伝ってやらんでもないぞ」

「手伝ってって、おじいさんに手伝って貰うなんて……」

「マキュリウス」


 ハイルがマキュリウスの言葉を止めた。


「話そう。この人、多分だけど、只者じゃない」


 当然、聡明で美しいマキュリウスにはそれがわかっていた。だが、彼はハイルがそれに気付くことが出来るかを試したのだ。


 今後、旅を続ける上で、人を見る目というものは必ず重要になってくる。彼は旅の中で、ハイルを成長させようとしていた。彼こそが、ハイルの真の師匠であったとも言えるだろう。


 ハイルは「フィル」と彼女を呼んだ。彼女はひょっこりとハイルの胸元から顔を出し、そこでようやく、ドーマンは驚いた表情を浮かべた。


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