五十四話『勇者、僕』~妖精~
王に命じられた旅の目的は二つ。選ばれた者にしか抜くことの出来ない勇者の剣を探すこと。そして、その剣を以てして魔王を倒すこと。
だが、彼の本懐は違った。
彼の目的は言うまでもなく、銀の体毛を持つ、あの憎き魔物を殺すこと。両親の、村の敵を取ることだった。
魔物の寿命は、小型で十年、中型で二十年から三十年と言われている。彼の故郷が襲われたのがその時点から十年前になるので、まだその銀の魔物が生きている可能性は充分にあった。
彼は情報を求めるべく、近くの町や村を虱潰しに訪れることにした。しかし、彼は地図が読めなかった。
そのため、彼はとりあえず、魔物の動きが活発化しているという情報を元に、東へと向かうことにした。
東の塔を抜け、彼は森に入った。森を抜けた先に町があるためだが、彼はその森である光景を目にした。
一人のとんがり靴を履いた男が、大樹によじ上り、幹に開いた穴の中に手を突っ込んでいた。
彼は興味がなかったので、そのまま通り過ぎようとした。その時だった。
『助けて』
彼は女の子の声を聞いた。彼は立ち止まって周囲を見渡すも、その男以外に人は誰もいない。空耳かと思い歩き出すと、『助けてください』との声が再び聞こえた。
彼はここで気が付いた。それは外ではなく内側で聞こえる声。彼の意識に呼びかけている声だった。
彼は立ち止まり、男に訊ねた。
「……何をしてるの?」
とんがり靴の男は彼を見下ろすと、中指を立てる。
「妖精が中にいるんだ。捕まえて売り飛ばす。ってかお前誰だよ。俺が先に見つけたんだからな。どっか行ってろ、ガキ」
「妖精?」
「何だよ、その懐疑的な目は。嘘じゃねえよ。本当に見つけたんだよ。ってかお前やっぱり誰だよ。ぶっ飛ばすぞ、ガキ」
とんがり靴の男は、狭い穴にこれ以上手を入れるのは無理だと判断したのか、そのとんがり靴を脱ぎ、その先で穴を広げ始めた。彼は男に言った。
「小型の魔物、向こうからたくさん来てる」
「ほ、本当かっ? もっと早く言えよ、馬鹿。あいつら木を登るんだよ、ちくしょう」
とんがり靴の男は木から下りて大樹の根元に唾を吐くと、一目散に逃げていった。少年はその背中が見えなくなったのを確認すると、大樹に上った。そして穴の中を覗き込み、声をかけた。
「助けに来たよ」
しばらくの沈黙。しかし返事がないので彼が下りようとすると、「待ってください」と、穴の中から小さな声が聞こえた。
「……あなたは、私の声が聞こえたのですか?」
「助けてって」
すると穴の中から、ほんの小さな、掌に乗るほどの大きさの女の子が出てきた。見た目は人間そのもので、淡いピンク色の髪の毛を耳の上で二つに括り、肩に垂らしている。
大きな目に、小さく高い鼻。透き通った白い肌。人間との違いは、三つの尻尾が揺れていることと背中に羽が生えていること、そしてとても小さいこと。
彼は驚いたが、そっと手を差し出すと、その小さな少女は掌の上に乗り、彼を見上げた。
「ありがとう。助けにきてくれて」
彼女は小首を傾げて、無邪気に微笑んだ。彼は「……どういたしまして」とぶっきらぼうに答えた。
それが、彼と彼女の出会いだった。
彼女は不思議な存在だった。自分の名前を含め、自らの存在というものを考えたことがなかった。だが、それは彼には興味のないことだった。
人間だって、もし一人、森の中に生まれれば自らを定義することは難しい。だから、彼女が自身のことを知らないのは当然だ。彼はそう考えた。そして、彼女もそこに深い意味を求めなかった。
彼女は後に『妖精』と認識されるようになるが、それが正しいのかどうかは、未だ謎のままである。
ただ一つ言えるのは、彼女が彼の初めての仲間であり、これからの彼を支える重要なパートナーとなるということだけだ。
彼は彼女を連れて森を抜け、とある町に着いた。
厳重な警備に守られた町だった。
とても狭い町だが、ところどころに傭兵が置かれ、住民達は一定の監視下に置かれながら生活していた。彼も、王の手紙を持っていなければ入ることは許されなかっただろう。
その町は、ある一人の男が支配していた。彼は元盗賊で、二年前にこの町へとやってきては、その圧倒的な悪のカリスマ性を以て、あっという間に町の実権を掌握した。
つまり、その町は悪が支配する町だった。
だが、その男は切れ者だった。闇雲に暴力で支配するのではなく、厳格な規則を定めて住民達を統治した。
互いが互いを見張り合い、密告し合うシステムを構築し、密告した者にはそれ相応の対価を支払った。
疑心暗鬼になった住民が誰も家から出てこない中、彼は唯一開いていた宿屋へと向かった。宿屋には酒場が併設されており、髭を蓄えた主人が彼を迎えた。
彼が主人へ勇者の剣について訊ねると、主人は、二年ほど前にグシウムからやってきた少年が同じ質問をしたという話を彼に聞かせた。
さらに、その少年が町を襲った魔物を倒し、主人の命を救ってくれたという話も彼は聞いた。しかし、銀の魔物については全く知らない様子だった。
それ以上の収穫は見込めそうにない。彼はそこで一泊し、無償で情報をくれ、なぜか宿代もまけてくれたその主人に礼を言った。
主人はほんの少し名残惜しそうな顔で、彼を見送った。
「こんな町だから、またおいでよなんて簡単には言えないけど、もしあの子に会ったら、ぜひ一緒に訪ねてきて欲しい。……束縛の町、アロニアに」




