五十三話『勇者、僕』~彼の過去~
時は××四三年。ラウス帝国端に位置する小さな村に生まれた彼は、農業を営む両親のもとに生まれた。
彼は生まれつき白い髪を持ち、両親だけでなく村人達までもが、彼のことを天から授かった子だと、とても大事にした。
糊口を凌いでなんとか生活するような質素な暮らしではあるものの、彼は幸せだった。
愛情を注いでくれる両親。気のいい村人達。彼は後に、その村で送った生活に戻るのが夢であると語ったほど、彼はその暮らしに満足していた。
しかし、その悪夢の時は訪れる。
一匹の中型の魔物が、その村を襲ったのだ。
その魔物の特徴は、今考えても、少し他とは違っていた。通常、雑食性である魔物は、食糧として人を襲うものの、人間のように娯楽で生き物を殺すことはない。
しかし、その魔物は違った。銀色の体毛を靡かせながら、その魔物は人間をまるで人形で遊ぶかのように次々と殺していったのだ。
さらに、その魔物が決定的に他と異なっていたのは、そこに『喜の感情』を持っていたことだ。魔物はその間、不気味な笑い声のようなものを発しながら、口許の触手を大きくうねらせ、踊るように人を殺した。
力を合わせて何とか一匹の小型の魔物を狩るほどの力しかなかった村人達は、あっという間に中型に殺されてしまい、残ったのは白髪の彼と、その両親だけとなった。
魔物は彼らを追い詰めると、やはり他の魔物には考えられないような行動を取った。
魔物は彼には手を出さず、彼の目の前で、両親を嬲り殺したのだ。それも、一度で死なないように、じわりじわりと、苦しみを与えながら。
そして動かなくなった両親を人形のように放り捨てると、魔物は目を三日月のように細めながら、最後の獲物である彼に近付いた。
彼は恐怖と怒りと悔しさのあまり、その瞬間を鮮明に記憶へと刻むことになる。それが後に彼を苦しめることになり、また、大きな力となるのだが、それをこの時の彼が知る由もなかった。
魔物は村人達の臓物がこびり付いた爪に、彼の小さな顎を乗せると、そのまま彼の首を掴み、片方の腕を振り上げた。
彼は目を閉じなかった。魔物の姿形を脳へと刻み、いつか必ず、あの世でも構わないから、復讐するために。
しかしその時、運命が彼に味方する。
ラウス帝国、王室騎士がやってきたのだ。
ラウス帝国、首都グシウムに宮殿を構える王は、魔物狩りを趣味としていた。その日、逃げる小型を追いかけていた王一行は、偶然この村へと辿り着き、そしてその凄惨な状況を目の当たりにし、その瞬間に立ち会った。
その時、狩りに同行していた騎士は二人。名前は不明であるが、青い髪を後ろで一括りにした青年と、齢による白髪と立派な髭を蓄えた年長者だった。
彼ら二人は、一瞬の躊躇いもなく、銀の魔物へと斬りかかった。不意をつかれた魔物は背中に一太刀を浴びながらも、すぐさま反撃に乗り出す。
そうして、騎士二人と銀の魔物の戦いが始まり、その間に、彼はその場から離れた。その後、その騎士二人と魔物の戦いは、魔物の逃亡によって幕を閉じた。
その騎士達はそれまで個人で何体もの中型を退治してきた相当なる手練であったにも関わらず、その魔物を倒すことは出来なかった。
村唯一の生き残りとなり、一人で生きていける年齢でもなく、ましてや深い心の傷を負った彼を置いていくわけにはいかず、王は彼をグシウムへと連れて帰ることにした。
ここからしばらく、少年の記憶は途切れることとなる。
彼が目を覚ましたのは、グシウム内にあった孤児院だった。
教会が、身寄りのない子供達を預かり、大きくなるまで育てる施設。決して豊かとは言えないものの、王室、そしてグシウムの住民達の寄付によって、子供達は食べるには困らない生活を送っていた。
彼はその孤児院で暮らすことになった。
目の前で両親を魔物に殺された彼の心の傷はとても深く、彼は孤児院でも心を閉ざしたままだった。しかし、孤児院にいた者達は、彼の心には無理に触れようとしなかった。
彼らは閉じた心を開くことの難しさを知っていた。なぜなら、そこは孤児院であったから。心に傷を負った子供達が集まる場所だから。
そこから、彼は長い長い時間をかけて、ようやく傷に蓋をすることが出来るようになった。それは周囲の人達が温かく見守った結果であり、彼自身の心の強さでもあった。
しかし、その孤児院には、十四歳になると出なければならないという決まりがあった。それは寄付金で運営している以上仕方のないことであり、彼も新しく入ってくる子供達のためにも、そこに疑問や不満を抱くことはなかった。
彼は孤児院を出ると、グシウムの有名な鍵職人の下に弟子として入った。
彼は結局、そこで一年間、見習いとして働くことになるのだが、その一年間は彼にとって極めて有意義であり、そして人として成長出来た一年だった。
師匠は職人気質な人で、多くを語らなかったが、その背中を以て、彼に技術と、一つの道を歩む上での心構えを教えた。そして兄弟子は人との触れ合い方や、大人の社会で生きる要領を彼に教えた。
彼らは、彼の素性を探ることをせず、一人の人間として、弟子として、彼と向き合った。それは彼に大きな影響を与え、それはすなわち、世界に大きな影響を与えることになったことだろう。
勿論、彼らはそんなことなど全く知らない。
そして一年が経った頃、彼は王に呼ばれた。
そこで彼は、魔王を倒す旅に出るよう命じられた。
お前には勇者の素質がある。そう言われて。
実は、王室はその二年前に一人、商人の息子を同じ理由で旅に出し、その一年後に、名家の娘を騎士の護衛をつけて旅に出している。
しかし、王がその者達を信用していなかったのか、もしくは勇者の素質を持つ人間が複数存在したのかはわからないが、王は新たに彼を次の勇者候補に選んだのだ。
彼は迷った。ようやく、自らの居場所を見つけられそうになっていた矢先に、グシウムを出ろと言われたのだ。彼は平穏を望んでいた。世界がどうなろうが、彼にとってはどうでもよかった。
また、彼の師匠、そして兄弟子が、勇猛果敢に王室へと抗議した。本来、一市民が王に意見をするなど、許されることではない。
だが、王室は彼らに対して何かしらの罰を与えることもなく、彼らの言葉に真摯に耳を傾けた。それでも、彼らの抗議が身を結ぶことはなかった。
なぜなら、少年、彼自身が旅に出ることを決めたからだ。
決め手は大臣のある一言だった。
『復讐したくはないのか?』
その言葉は、少年が傷に被せていた蓋を剥がし、醜い傷を露見させた。それは憎しみ、怒り、悲しみ。錯綜する負の感情の塊だった。
彼は、あの日、あの瞬間の記憶を呼び起こした。そして、決意した。
両親の、村の、敵を討つと。
彼はそれから一年、王室の騎士達による戦闘訓練を受け、二つの剣を腰に下げ、グシウムを旅立った。
そこから、彼の憎しみの旅、運命の旅が始まった。




