五話『勇者、俺』~太った門番たち~
俺が何度も挑んで何度も返り討ちにされた太った門番二人にメダルを見せると、門番達は俺の顔を見て薄っすらと笑みを浮かべた。
「なんだ、お前も試験受けているのか。お前なんて、受からんよ」
俺は無視して門を潜る。うっせえボケ。今はお前達と遊んでいる暇はねえんだよ。
背中の方から、「つまらんな」と溜息が聞こえてきた。仕方がないから、この試験が終わったら久々に遊んでやるか。不意を打てば一人くらい、そろそろ倒せそうな気もするし。
俺は門を潜って、思わず立ち止まった。
よくよく考えれば、俺、初めてグシウムの外に出たんじゃないか? 原則、十八歳になるまでは門の外には出られない。それが今、俺は若干十六歳にして、確かにこうして町の外に出ている。
城壁を挟み、距離にすれば僅か数メートル。たったそれだけの差なのに、この感動はなんだろうか。手を繋ぐ前にキスをしてしまったような、いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。俺は今、一気に数段、成長の階段を飛び越えたのだ。
教会の屋根の上から、町の外の景色を見たことがある。緑が広がる景色。海に面しているこの町は視界一杯に煌めく青を収めることは出来ても、靡く緑で満たすことは出来ない。
俺は今、緑を手に入れた。俺は今、自由を手に入れた。湧き上がる感動。とりあえず、両手を広げて叫んでみた。
「俺は今、自由を手に入れたんだっ」
遠くの山に俺の逞しい声が木霊する。偉大なる海は俺の叫びを波の中に飲み込むばかりで、返してはくれない。俺は何だか嬉しくなって、大声で笑う。すると、山も笑う。楽しい。これなら一人でも寂しくない。俺はそこからまた叫び合い、歌を歌い合い、しばらくして飽きた。もういい。充分だ。
駄目だ。つい舞い上がって、こんなところで時間をロスしてしまった。今から急いで間に合うのか。いや、待てよ。俺はここであることに気付いた。単純かつ、とても重大なことに。
これ、ここで待っていればいいんじゃないのか?
塔から勇者の盾を持ってきた奴は、ここを通らないとグシウムには入れないはずだ。だったら、待ち伏せして、後ろからそいつをこっそりと倒してしまえばいいのでは。
さすがは俺。天才だ。馬鹿みたいに塔に向かったところで、どうせ互いに潰し合いになる。それで消耗し切った奴を、俺がドーンと後ろからやっつける。
俺は引き返して暇を潰すことにした。太った門番ともっと太った門番。仕事中のくせに、二人してワッフルなんて食ってやがる。太った方の門番が俺に気付く。
「何だお前。諦めたのか?」
「諦めてねえよ。ここを使うことにしたんだよ、ここを」
俺が頭をトントンと指で叩くと、もっと太った方の門番が白い目で俺を見る。
「あ、お前。帰ってきた奴を襲うつもりだろ。きたねえ」
「きたなくねえよ。二人で一つの門を守っているお前らの方がきたねえよ」
「なんだお前、俺達に何度も張り倒されたこと、根に持っているのか?」
「持ってねえよ」「持ってるだろ」「持ってねえよ」「いや、持ってるだろ」
太った門番が、俺にワッフルを手渡す。
「まあまあ、これでも食って落ち着けって。どっちでもいいよ、そんなの」
「ありがとう。確かにな。どっちでもいいよな、そんなの」
ワッフルを口に入れると、甘みがふわっと口の中に広がり、全ての怒りがどこかへ飛んでいってしまった。最強の武器。平和界最強の武器は、実はワッフルなのかもしれない。
「なあ、お前ら」
「なんだよ」
「お前らってさ、毎日ここに突っ立ってて楽しいか?」
太った奴らが、太った顔を見合わせる。先に口を開いたのは、もっと太った方。
「楽しいかどうかって訊かれたら、別に楽しかねえよ」
「ああ、楽しくはないな」
「だったら、どうしてお前らは毎日ここに馬鹿面で突っ立っていられるんだ? 他にやりたいことはないのか? 嫌になったりしないのか?」
「なんだお前、悩んでいるのか?」
「悩んでねえよ」「悩んでんだろ」「悩んでねえよ」「いや、悩んでるだろ」
「悩んでるよっ」
太った門番が、俺にもう一つ、ワッフルをくれる。
「素直は得をしなきゃいけないんだ。素直になるのは簡単なことじゃないからな」
「ありがとう。ここでサボってワッフル食ってることは、黙っててやるよ」
「ああ、そうしてくれると助かる。この仕事、辞めたくないからな」
「なんなんだよ。楽しくないのに、辞めたくないのかよ」
太った門番は指先を舐めると、「うーん」と太った声を出す。
「多分、仕事は楽しいかどうかで量るものじゃない。大事なのは誇れるかどうかだ」
「誇れるかどうか?」
「ああ。楽しいかって訊かれると、そりゃ騎士達は全員首を横に振るだろうよ」
「結構きついんだぜ、騎士って。その上、いざとなったら命まで賭けなきゃなんねえし」
もっと太った門番はそう言って鼻を膨らませる。俺は思わず目を伏せた。
そうか。俺は何も考えていなかった。騎士になれば、恰好良い剣を持つことが出来て、それで魔物をぶッ倒して、お金貰えて、他の国へ行けて、色んな地域の女とあんなことやこんなことが出来るもんだとばかり思っていたけど、そっか、命を賭けるのか。
言葉に詰まった俺を見て、もっと太った門番が笑う。
「なんだお前、試験の最中に騎士が嫌になったのか?」
「うるせえ。今、考えんだよ。待ってろ」
俺は考える。どうなんだ。俺は自由を手に入れるために命を賭けることを、高いと思ってしまったのか。いや、違う。そもそも、命なんて自分の思い通りにポンポン売れるもんじゃない。
人間なんて、いつ死ぬかわからないんだ。近所のおっさんなんて、海で釣った青く光る魚を食べただけで死んじまった。別に自由を手に入れたわけでもないのに。
俺は顔を上げた。
「やっぱ、俺、騎士になるわ。この国は窮屈だ。こんな城壁に囲まれて、まあ半分は海だけどさ。でもルールが厳しすぎるだろ。外で小便したら駄目、口笛を吹いたら駄目、歩きながらものを食ったら駄目。学校なんてもっと酷い。服はこう着ろ、髪の長さはこう、歩き方まで言われるんだ。そんなの、俺はうんざりだ」
「そうか。うんざりか」
「ああ、うんざりだ。俺は自由が欲しい」
門番二人は互いに顔を見合わすと、二人して太い息を吐いた。
「お前は一度、騎士になれよ」
「言われなくてもなるって言ってんだろ」
「いや、違うな。お前は一度、世界を見てこい。そしたら、俺達がここで門番やってる理由がわかるだろうよ。そして、辞めたくない理由もな」
しんみりとした表情。なんだよ、もっと太った門番のくせに。太った門番も、その言葉を噛みしめるように頷いてやがる。
「俺達は、外の世界からこの国へ来たんだ。……自由を求めてな」
太い門番は呟くようにそう言うと、大きく背伸びをして槍を手に持った。そして、門の外を指差す。
「それはそうと、戻ってこないな。試験、東塔から盾を持ち帰ってくるんだろ?」
「そうだよ。だからなんだよ」
「だったら、もうとっくに戻ってきてもおかしくない時間だが」
俺は太った門番を見た。太った門番も俺を見た。
「どういうことだよ、それ」
「知らんよ。もしかしたら、東塔で何かあるのかもな。実は塔に着くまでが一次試験で、そこから二次試験があるとか」
「ふざけんなよ。そんなの、俺、聞いてねえよ」
俺は即座に走り出す。それはまずい。でも、確かに静か過ぎる。ちょっと叫ぶだけで山から声が返ってくるのに、今も俺の息と鳥の鳴き声以外は何も聞こえない。
まさか、塔の下で筆記試験なんてやってるんじゃないだろうな。くそったれ。もっとちゃんと説明しておけよ。
第一、武器や防具の装備が自由って俺は知らなかったぞ。広場にいた中で丸腰は俺だけだった。道理で、やたらと視線を感じたわけだ。
周りは思っただろうな。こいつ、それだけ腕に自信があるのかって。まあ、腕に自信はあるんだけどよ。
あ、そうだ。忘れてた。俺は急ブレーキをかけて、そして振り返る。
「おい、門番」
門番二人は目を丸くして振り返る。
「ありがとな、色々」
そういうと、門番二人は軽く手を上げた。礼は言っておかないとな。今度ぶッ倒す時に、遠慮しちまう可能性がある。
俺はすっきりし、塔に向かって走りだす。ウサギがこっちを見て鼻の下を伸ばしている。なんて美味そうなんだ。母ちゃんのウサギ料理は絶品なんだよな。
そうだ、母ちゃんで思い出した。俺は服についた足跡を見る。俺にはやるべきことがあった。優雅にワッフルなんて食ってる場合じゃなかった。
待ってろ勇者の盾。待ってろとんがり。待ってろ自由。




