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四十九話『勇者、わたくし』~ペロー家の兵士たち~

 ラハット達の噂は既に何らかの形で街の中に広まっているらしく、ラハット達が通るだけで、白い視線が集まり、ざわめきが起こった。


 この状態では、とてもではないが落ち着いて荷物を探している余裕はない。荷物を諦めたラハット達はテュクスから出るために門へと向かった。


 門に着くと、カイが上を見上げる。


「梯子の上に滑車があった。おそらく、二つ同時に回せば門が開くはずだ」


 ラハットは頷き、城門の内側に備え付けられている梯子に向かう。しかしその時、ガラガラという音と共に、突然門が開き始めた。まだ、カイもラハットも、梯子を上ってすらいないのに。


 一体、どうして。


 ラハットが固まっていると、柱の陰から、急に大勢の兵士達が飛び出してきた。一瞬にして広がる緊張感。完全に油断していたラハットは、少し構えるのが遅れた。


 今、ここで襲って来るのか。


「くそっ」


 カイの焦った声が、事態の重さを物語っている。これは非常にまずい。ラハットは兵士達の隊形から、突破口を考える。どこか、穴はないか。


「ちょ、ちょっと待ってくださいっ」


 その甲高い声は、一人の兵士から発せられていた。ラハットは兵士の言葉が理解出来ず、固まった。


「戦いに来たのではないのです。えっと、俺達、その、仲間に入れて欲しくて」


 他の兵士達も、真剣な表情でその兵士の言葉に頷いている。そんな中、一人の兵士が前へと出た。その手には、ラハット達の荷物がぶらさげられている。


「これ、お預かりしていたものです。俺達、もうミダス様、いや、ミダスの下にいることに耐えられないんです。もう、あんなことには」

「ミダスが何をしていたか、知っていたのか?」


 カイの問いかけに、その兵士は小さく首を振った。


「直接は知りませんでした。ミダスに、地下へは絶対に入るなと強く禁じられていましたので。しかし、俺達だって馬鹿じゃありません。命令される内容や、テュクスに出入りする者達から、大体何をしているのかくらい予想がつきます。それで、今日、混乱に乗じて見てしまったんです。あの地下を」


 兵士の顔から、血の気が引いていく。


「俺達は、あれに手を貸していたなんて。これまでやってきたことを思い返すだけで、心の底から震えてしまいます。一体、どれだけの人間を……」


 兵士は青ざめた顔を上げ、ガイを見る。


「俺達はあんなことをするために、兵士になったんじゃありません。人の命を守るために、兵士になったのです。陛下の手紙の内容、聞きました。そのお嬢様を護衛し、魔王を倒す旅に出ていると」


 兵士が、前に出る。


「俺にも、守らせてくださいっ」

「俺もお願いします」

「僕も守りますっ」


 次々と兵士達が前に出て頭を下げる。カイは困った顔でラハットを見た。ラハットは苦笑し、小さく頷いた。


 カイは溜息を吐くと、後頭部を掻きながら、「わかったわかった」と投げやりに手を掃う。


「勝手にしなよ。ただし、あんたらの食糧や宿泊費は、あんたらで何とかしてくれよ」


 兵士達は目を開くと、手を上げて喜んだ。よく見ると、中には橋で税金を徴収していた顔の丸い兵士や、門を入ったあとに荷物を預けた華奢な兵士、そして赤と青の花柄の服を着たペロー家の使用人までいる。


 みんな、不満を持ちながら生活のために仕方がなくミダスに仕えていたのだろう。以前に見た時とは、まるで顔付きが違っている。


 カイは喜ぶ兵士達を呆れた目で見ながら、後頭部を掻く。


「……うーん。でもいいのかね、これは。軽く二十人は増えたぞ。こんなにも大勢で移動していたら、目立ちまくりだ」

「まあ、数が多いと出来ることも増えるでしょうし」


 カイは何とも煮え切らないような様子ながらも、諦めたようだ。一方、ルインは目を輝かして喜んでいる。たくさんいた方が楽しい。そんなところだろう。


 しかし、人見知りのルダはこの状況が芳しくないようで、ラハットの元に来ると、泣きそうな顔でラハットとカイを見上げた。


 カイが「諦めろ」と言うと、ルダはラハットの服の端を掴んで、何かを訴えるように揺らした。しかし、残念ながら、ラハットには苦笑を向けるしか出来なかった。


「じゃあ、早速次の目的地へと出発しましょう。なんだか、楽しくなってきましたわ」


 ルインが拳を軽く突き上げると、兵士達は「おーっ」と勢いよく腕を空に向けて伸ばす。


 こうして、ラハット達は仲間を大勢増やし、都市テュクスを出発した。





「それで、次はどちらに向かうのですか?」


 兵士の問いかけに、カイは地図を広げる。


「この、パラメという町に行きたい。だが、この時期、砂漠は荒れていて越えるのが難しいらしく、ここから先の川を渡って行こうと思ってテュクスに来たんだ」


 地図を覗き込んだ兵士は、困ったような顔を見せた。


「それは難しいかもしれませんね。川を渡ってパラメまで行くには、人と馬が引くいかだ船に何度か乗らなければなりません。しかし、川はペロー家の領地内にあるので、関所があり、税金が取られます」

「金の心配なら不要だ。俺達はオルデルス家の人間だぜ。お前ら全員が船に乗るくらいの金なら、出してやるよ」

「いえ、そうではなく、川を渡るにはミダスの統治下にある関所を通らなければならないと言う意味です。ミダスはすぐさま、四人の特徴と見つけ次第に拘束する旨を、各関所に伝えています」


 カイは顎に手を当てて考える。


「まあ、通所の警備なんてどうせしれているだろうから、強行突破してもいいが、ルイン様がそのやり方は絶対に許さないだろうからな。……うん、それは確かに困った。ミダスめ。大人しくしていればいいものを、余計なことをしてくれる」


 すると、兵士は地図の中のある部分を指差した。


「では、提案なのですが、ここを抜けるというのはどうでしょうか?」

「だから、そこは砂漠だろ。俺達だけならいいけど、ルイン様の身を考えてくれ。万が一のことがあってはならないんだ」

「ええ。わかっています。実はここは、砂漠なのですが、湿地帯なのです」

「砂漠なのに湿地帯、ですか?」


 ラハットは一歩下がったところで聞いていたが、つい気になって二人の間に入り込んで地図を覗いた。兵士が「ええ」と説明する。


「ここからずっと北に行くと、山脈に囲まれた高原があります。その高原を源として川が流れ、その川が時間をかけてこの砂漠にある地溝までやってきて、大きな内陸デルタを形成するのです。今の時期は夏季で水も少ないので、渡り易くなっていると思います」


 そういえば、そんな話を行商人がグシウムの街中で吹聴していたと聞いたことがある。


 砂漠でライオンが泳いでいて驚いた、などと言って回り、住民達にはホラ話だと思われていたようだが、その行商は本当のことを言っていたのか。


「でも、大きなデルタだったら、歩いて渡れない川なんかがあるんじゃないのか? ちなみに、ルイン様は泳げないからな」


 兵士は少し胸を張り、後ろに向かって腕を伸ばした。


「それは大丈夫です。俺達は何度も渡っているので」


 後ろには、兵士と使用人の計二十二名。そして馬が二頭。馬の上では、ルインが揺れている。確かにこれだけいれば、川も渡れるだろう。


 兵士は続ける。


「砂漠はペロー家の領地からは外れるので、関所もありませんし、追手の心配もありません。勾配の激しい砂漠を渡るよりも、平坦で流れの少ない湿地帯を渡る方が安全だと思います。いかがでしょうか?」

「いいよ、それで。あんたらが頼りにならないと思ったら、即刻見捨てるだけの話だから」


 カイにぴしゃりと言われたにも関わらず、兵士達はなぜか意気込み、盛り上がっている。確かに、これはこれで楽しいのかもしれないな、とラハットは隣にいるルダを見た。


 ルダはラハットを見返すと、拗ねるようにほんの少し頬を膨らませた。


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