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四十八話『勇者、わたくし』~魔法とは~

 後ろをついてきていたルダが、「リオさんですね」と口を挟む。


「そんなっ、リオが? 有り得ませんわ」


 ルインが驚き、否定する。どうやら、オルデルス家に『リオ』という名前の人がいて、その人をカイとルダは疑っているようだ。名前からするに、女性だろうか。


 出口のドアを開けると、そこには窓のある廊下が広がっていた。てっきり地下だと思っていたが、あの壁を氷で上ったため、一階へと上がっていたようだ。


 広々とした廊下には、大勢の逃げる人の姿があった。あそこにいた観客達だろう。身なりからしても、ただの庶民ではなさそうだ。やはり、貴族や金持ちが集まっていたのだ。


 カイはその光景を見て、満足そうに頷く。


「好都合だな。この混乱に乗じてさっさと抜けてしまおう」

「荷物はどうしますか?」

「一応、時間があれば探す。なければこの際仕方がない。兵士と戦うとなると、面倒なことになる」


 確かに、人間を相手にするのは魔物とは勝手が違う。ラハットは「わかりました」と頷き、廊下を小走りで進むカイに続いた。


 ルインは先程の会話が気になるのか、カイの元に近付き、カイの袖を引く。


「ねえ、カイ。どうしてリオを疑うのですか?」

「あいつしか考えられないからさ」

「リオはとても優しい人です。わたくしにも、本当によくしてくださいました」

「それは、仕事だからだよ。あいつはそういう奴だ」


 ルインはそこで黙り込んでしまった。唇を噛んで俯くルインの肩に、ルダが優しく手を添える。こういうのを見ると、どうしてこの二人が護衛に選ばれたかがわかった気がする。


 人混みを掻き分けながら、ラハットはカイに並んだ。


「リオさんとは、どういう方なのですか?」

「俺たちと同じ、オルデルク家の第一使用人だ。しかしあいつには忠誠心や情などは一切なく、一貫して、あるものに基づいて動く」

「あるもの?」

「金だよ、金」


 ラハットは「……金」と呟いた。


「正義だとか、悪だとか、あの女にはそんなことどうだっていいんだ。より金が手に入る道を選ぶ。その潔さは見上げたもんだぜ。おそらく、ペロー家にオルデルス家の報酬を上回る金を積まれて雇われたんだろう。あの女なら、大いに有り得る話だ」

「でも、ルイン様は有り得ないと」

「仕事はきちんとする。だから、ルイン様の面倒もよく見ていたし、他の仕事も手を抜かずにこなす。一見すると、よく働く真面目な奴にしか見えないからな」


 請負人みたいなものか、とラハットは解釈した。ラハット達に気付いた観客達が、悲鳴を上げながら道を開ける。早く外へと出たいラハット達にとっては有り難いことだった。


「しかし、どうしてペロー家はそのリオという人を雇ったのでしょうか?」

「さあな。あいつの魔法に関係しているのかもな」

「その方はどんな魔法を?」

「知らないさ。見たことがない」


 カイは肩を竦めてみせる。


「知らないって、元々、同じオルデルス家の使用人なのにですか?」

「ああ。ペアで動かない限りはいちいち言わないよ。それはどうしてですか? って訊かれると思うから先に答えると、メリットがないから。それに、もしかしたら、互いに戦う時が来るかもしれない。そうなったら、相手の魔法を知っていると大きなアドバンテージになるし、知られるとその逆になる」


 オルデルス家の使用人とは、そういうものなのか。ラハットが勝手に想像していた、和気藹藹としたものとは少し違うようだ。


 カイとルダの仲と比較して考えてしまっているが、どうやら一概にそうとも限らないらしい。


「それにしても、ルダさんの魔法、凄かったですね」


 ラハットがそう言って振り返ると、ルダは照れ臭そうに耳を赤くし、身体に纏っている布を今さら掴んで引き上げた。しかし、カイは「そうか?」と苦い表情を浮かべる。


「まあ、確かに強力ではあるが、使用条件に制限が有り過ぎる」

「使用条件なんて存在するのですか?」


 カイは驚いた顔でラハットを見返す。


「当たり前でしょ。そんなボンスカボンスカ発動出来るのなら、もっと早くにやっていたって。ラハットちゃんは、魔法についてはどれくらい知ってる?」

「ほとんど知りません」

「まあそうだろうね。戦闘で武器になるレベルの魔法を使える人間なんて、そうそういないから」

「では、魔法とは何ですか?」

「さあ。知らないよ、そんなの」


 カイは真顔でそう答えた。さすがのラハットも、少しむっとなる。


「じゃあ訊かないでくださいよ」


 カイは薄っすらと笑みを浮かべながら、ラハットの肩に手を置く。


「まあまあ、そう怒らないでよ。……魔法とは何か、という問いかけはあまりに難しい。人間とは何か、騎士とは何か、と訊かれてもなかなか答えられないでしょ。細かい質問になら、答えられる部分もある。とはいっても、魔法はほとんどが未解明なんだけど」

「なら、わかっていることは何ですか?」


 カイは「うーん」と人差し指を宙に浮かべながら、首を傾げる。


「大きなものだと、使える魔法は人によって決まっていることと、さっきも言ったように使用制限があることかな」

「人によって決まっているとは?」

「有り体に言ってしまえば、才能だよ」

「才能がなければ?」

「使えないよ。例えば、グシウムの学校で魔法の授業なんてやってるでしょ。木の枝を置いて念を送って燃やそうとしたり、容器に水を張ろうとしたり。だけどあれ、なんの意味もないから。魚のいない水溜まりに、釣り糸を垂らしているのと同じ」


 ラハットも従騎士の頃に何十時間とその訓練をしたことがあったので、それを聞いて眩暈がしそうになった。ということは、あの時間は何の意味もない無駄な時間だったのか。


「じゃあ、才能がない人間に魔法は使えないということですか?」

「うーん。それも少し違う。まだ完全に解明はされていないけど、通説では、誰にも何かしらの魔法の才能はあって、それにほとんどの人間が気付けていないだけと言われている。でも、それに気付けるかどうかは、正直、運だね」

「……運、ですか」


 カイは頷く。


「だって、例えばルダの能力は、『血液を凍らせる』なんだけど、その能力に気付くには、血液に対して、『凍れ』というイメージを持たなければならない。そんなのに気付くなんて、奇跡と思わない?」


 ラハットは振り返り、ルダを見る。ルダは小首を傾げて、照れ臭そうに頬を赤らめながら苦笑する。確かに、どういう状況でそれに気付いたのかは気になる。


「まあ、逆に言えば、気付きさえすれば、誰にでも魔法が使える可能性はあるってことだけど、魔法に限らず、才能ってのは隠れるのが上手いからね。そういう意味では、学校でやってみるってのも全くの無意味ってわけでもないのかも。現に確か、グシウムにも学校でやってみて、魔法が使えるようになった子、いたよね?」

「これまで二人いたと聞きました」


 一人は五年ほど前、男の子が水の魔法を使ったという。空の壺に、数滴、水を滴らせることが出来たらしい。


 もう一人は旅に出た彼についていった、街一番の美少女と言われていた女の子。彼女は近くのものに火をつけることが出来た。二人はどちらとも、学校の魔法の授業でその才能に気付いた。


「もしかしたら、その子達、オルデルス家が狙っているかもよ」


 カイは小さな笑みを浮かべてみせた。あながち冗談ではないのかもしれないな、とラハットは上手く笑い返せなかった。


 そういっている間に、屋敷の出口が見えた。吹き抜けになっている大広間にいる観客達は、走ってくるラハット達を見て道を開ける。


 まるで魔物だな、とラハットは苦笑しながら、開かれた道を遠慮なく走り抜けた。


 その時、カイの足がぴたりと止まった。見ると、ルダとルインが一点を見て固まり、カイはそこにいた、ある人を睨みつけている。


 ルダがポツリと呟いた。


「……リオさん」


 三人の視線の先には、腕を組みながら壁に寄りかかる一人の女性がいた。


 カールした赤色の長髪に、ツンと高い鼻。妙な艶やかさと聡明さを同時に醸し出し、薄っすらと笑みを浮かべながら、カイを見返している。


「御三方、お久しぶりね。あらやだ、怖い顔。ふふふ」

「お前、こんなとこで何をしている?」

「何って、仕事よ」

「何の仕事だ?」


 リオは髪を耳へと掻ける仕草をすると、人差し指で唇をなぞる。


「それは教えたら、情報料をくれるの?」

「ふざけるなよ」


 カイの重い声。そして歯軋りの音。リオは、じわりと口角を上げる。


「ふふふ。冗談よ。本当は教える義理はないけど、もうペロー家もあとがなさそうだし、特別に教えてあげるわ。私の仕事は、魔物を生け捕って売り渡すこと。あと、今日はあなた達の情報も売ったわ。ね、簡単でしょ?」


 魔物の生け捕り。ラハットは思わず感心してしまった。魔物を狩る上で、生け捕りが最も難しいとされている。


 商品価値で考えると、なるべく魔物の身体が綺麗な状態である方が高く売れるため、狩りの際、ハンターは出来るだけ魔物の身体を傷付けないように狩ることを心がける。


 しかし、いくら小型相手でも魔物との対峙は命懸けになるため、そう簡単にはいかない。ましてや、生きたまま捕らえるなんて、騎士の中でも可能なのはロビンとあと数人、名前が思い浮かぶかどうかといった具合だ。


 それを、このリオは簡単と言ってのけるのか。


 ラハットは、カイ、ルダを含め、オルデルス家の『兵力』に、ある種の脅威を感じた。それはおそらく、王室に仕える者として。


「お前が売った魔物を使って、どんなことが行われているか知っているのか?」

「勿論。あなた達の奮闘、楽しませて貰ったわよ。ルダ、あなた随分と上達したじゃない。昔はもっと小さな氷しか作れなかったのに」


 ルダはどう反応していいのかわからないのか、カイを一瞥してから、うろたえた様子でリオから視線を逸らした。代わりに、ルインが半歩、前に出る。


「リオ。あなた、どうしてこのような真似を?」

「ルイン様。やめておきな」

「でも……」


 カイが腕を広げてルインを止める。その様子を、リオはまるで美味しいものでも見るような目で、恍惚と眺める。


「ルイン様、世の中にはたくさんの天秤があるのよ。正義、平和、権力、名声……、これまでの世界は、人間社会が未熟だったから、人間達の欲求の矛先が限られていた。だけどこれからは違う。人間は多種多様な思想と価値観を持ち、その下で生きるようになるの。私はそれがお金だった。だから私は、よりお金が貰える道を選ぶ。ただそれだけのことよ」


 リオは懐から金貨を取り出すと、それを指の間で弄んだ。ルインは何か言いたげな表情を浮かべたが、ルダがルインを見つめて首を左右に振り、ルインはぐっと堪えた。


 カイがリオに訊ねる。


「お前はそこまで金を手に入れて、どうしたいんだ?」

「幸せになりたい。……ただそれだけよ」


 リオは端的に答えると、壁から背中を離し、橋に向かって歩き出す。しかし、数歩進むと振り返り、ラハットを指差した。


「一つ気になることがあったのを思い出したわ。……あなた、魔物を殺さずに、魔中を突いていったわね。あれは一体どうして? 殺した方が楽なのに」


 ラハットは突然訊ねられて内心たじろぐも、じっとリオを見返した。


「彼らは利用されていただけですから。殺さずにいられるのなら、そうするのは当然だと思います」

「そう。つまらない答えね」


 リオはそう言うと、ルインに向かって小さく手を振って去って行った。その背中に、カイは舌打ちを投げつける。


「相変わらず、何を考えているのかわからん、気味の悪い女だ。……さあ、さっさと出てしまおう。追手が来ると厄介だ」


 カイはそう言って、向かって右側、男湯の道へと走り出した。ルダは少し躊躇ったが、決心するように頷くと、ルインの手を引いてカイのあとをついていく。


 ラハットは心に靄を抱えたまま、三人のあとを追った。

 

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