四十一話『勇者、わたくし』~温泉都市デュクス~
都市テュクスは高い城壁に囲まれていた。城壁には所々に見張り穴が空き、塔の上には兵士の姿も確認出来る。ラハットはグシウムを思い出した。
グシウムが城壁を構えるようになったのは、魔物が出るずっと以前のこと。まだ人間が人間同士で争っていた時に、外敵に対する防衛対策として構えられた。
戦争がなくなり、お役御免となるかと思われた城郭だったが、相手が人間から魔物に変わると、飛べなかった魔物に対する防衛機能はより絶大なる効果を発揮し、それまで城郭を構えていなかった地方の都市までもが、魔物対策として城郭を構えるようになった。
城郭こそ、対魔物における絶対で完全なる防御対策である。
それはもはや世界の常識であり、現に城郭を築いた都市では、開門時の不注意などの例外を除けば魔物の侵入を許したという報告は一件もなかった。
しかし、そんな不落神話も、ついに崩れることになる。
サンアントにおける飛行性魔物の出現。
それはグシウムに大きな震撼と不安を与えたが、果たしてこの都市テュクスにはその情報が届いているのだろうか。
「ここを通るには入門税がかかる」
硬い声でそう言う門番にカイが王の書状を見せ、橋の兵士とほとんど同じ遣り取りをする。結局、税を払うことなく、ラハット達は都市テュクスへと入った。
足を踏み入れた瞬間、ラハットは思わず顔をしかめた。
「何だか鼻を刺すような臭いがしますね」
「ほら、見てみなよ。あれが原因だ」
カイが指差した先には、噴水のような建造物があり、その中に男達が裸で入っている。それを見たルダは恥ずかしそうに顔を伏せ、ルインは興味深そうにまじまじと街の様相を見渡している。
ラハットも、広がる街の景色に思わず視線を奪われた。どこか、他の都市や街とは異なる文化が入っている。
建造物の形は妙に丸みを帯びていて、住民達の服装も多種多様な柄があって派手だ。それに、やはり街を裸同然の人間達が往来している光景は衝撃だった。
「ペロー家は他国の文化を取り入れるので有名なんだ」
カイは目の上に手を翳し、遠くまで見渡す。
「とにかくペロー家は娯楽に目がない。潤沢な資産はほとんど文化や娯楽に注ぎ込み、世界中の芸術、文化、遊びに手を出すんだ」
「では、あの噴水での水浴びも他地域の文化なのですか?」
ルインの問いかけに、カイは小さく首を振る。
「いや、よく見てみな。湯気が出ているだろう。あれは温泉さ」
「温泉? お風呂ということですか?」
「ああ、そうだ。テュクスには温泉が湧いていて、都市そのものが温泉街になっていると聞いたことがあったけど、まさか本当だったとは。とにかく、ペロー家というのはある意味では貴族の中でも特別な一家なんだ」
「特別とは?」
ラハットがそう訊くと、カイは小袋から金貨を取り出した。
「……これだよ。ペロー家が持つ鉱山からは金が出るんだ。そして、テュクスにはこの国では珍しく温泉が湧いている。ペロー家は元々貴族ではあったが、さらにそこから資源に恵まれ、今のような大きな一門を築くまでになったんだ」
「つまり、運がよかっただけと言うことですわね」
ルインの率直な意見に、カイは「まあ、そうかな」とたじろぎながら肯定した。金と温泉が出るならば、それはルインの言う通りだろう。
特に、カカの村を経てここにきたラハットはそれを痛感した。小型の魔物を取り合う彼らと、掘るだけで金が湧いてくるペロー家。
何とも言えない感情が、ラハットの心の奥に込み上げては、虚しく下がっていく。
その時、一人の兵士がこちらに近付いてきた。鎧には無駄に荘厳な装飾が施されているものの、身体付きはとても戦えるものではないほどに華奢だ。
「都市テュクスへようこそ。まずは観光税を支払っていただきます。そして、身体検査をして、荷物を預からせていただきます。その際、検査税と荷物税の方が荷物の重さによってかかります。それらが済んでからは自由に街の中を散策していただいて構いませんが、その時の身の安全を守るための保護税も支払っていただきます。あと、万が一病気や事故等で亡くなられた場合には死亡税がかかりますので、その際はお仲間の方に支払っていただくことになります」
ラハットはカイと顔を見合わせた。ラハットは苦笑し、カイは大きく溜息を吐く。カイが気だるそうに王の書状を見せると、三度目の遣り取りが繰り広げられる。
それにしても、地方には領主が独自に徴収する税が多くあるとは聞いていたものの、ここは多すぎるのではないか。
潤沢な資源の恩恵を預かっているであろう住民達なら払えるのかもしれないが、立ち寄った旅人にとってはたまったものではないだろう。まるで、金持ち以外は来なくてもいいと示唆しているみたいだ。
ラハットは頭を振った。根拠もなしにそういった穿った見方をするのはよくない。
ルインを見ると、ルインは早く街の中に入りたいのか、輝かしい眼差しでそわそわと街を眺望している。その様子はまさに無垢な子供を連想させられた。
やがて、カイと門番の遣り取りが終わると、門番は「では」と街の中を指差した。
「本日、月曜日は向かって西側が男性浴場、東側が女性浴場になります。中央部分で一部混浴もございますが、そうですね……、男性はいいですが、女性のお二方はまだ幼いようですので、遠慮なさった方が宜しいかと思います。えへへ」
兵士はどこか下衆な目でルインとルダを見た。ルインは顔を上げ、早速カイに向かって訊ねる。
「どうして私達は遠慮した方がいいのですか?」
カイはなぜかラハットに目を配らせる。ラハットは自身を指差したあと、慌てて頭の中でルインの問いかけに対する答えを探す。
「えっとですね、その……、混浴は女性の肌にはあまりよくないからです」
「肌によくないのですか? 具体的には?」
「人によっては、真っ赤に腫れあがってしまうと聞いたことがあります。それも、若い女性は特に危険なようです」
ルインは「それは恐ろしいですわ」と顔を青くし、ラハットはほっと胸を撫で下ろした。カイは肩を震わせて笑っている。
門番は愛想笑いを見せると、「では」と踵を返した。しかし、「あっ」と何かを思い出した様子で、顔だけ振り返る。
「湯気が出ているからと言って、住居地へと行ってはいけませんよ。公衆浴場はあくまでこの通りです。この通りから離れる時は、きちんと服を着てくださいね」
「はいよ。あ、ちょい待ち。当主への挨拶はしなくていいのかい? ミダス様、だっけ」
「その時は、こちらからお迎えにあがると思いますので」
門番はそう言うと、厚い門の外側へと消えていった。完全に門が閉まったのを見たカイが、長い息を吐く。
「面倒臭い街だな」
「申し訳ありません。規則ですので」
いつの間にか傍にいた二人の男女に、ラハットは思わず「わっ」と声を出して驚いた。男性は青の花柄のチュニック、女性は赤の花柄のチュニックを身に纏っている。
チュニックは腰の部分で締められ、その長さはくるぶしほど。グシウムの市民によく見る、スタンダートな恰好だが、やはり柄が派手だ。
「では、身体検査のあと、荷物をお預かりしたいと思いますのでこちらへ。その際、検査税と荷物税の方がかかりますので……」
カイは頭を垂れ、皺苦茶になった王の書状を懐から取り出した。




