四十話『勇者、わたくし』~黒い噂~
旅を続けていると、道中で出会った商人から、砂漠を越えた先にあるパラメという町で勇者の剣について知っている人がいたという話を聞いた。
ラハット達一行としては早速砂漠を越えたいところだったが、その砂漠は越えるのが厳しいらしく、よほどの命知らずか無知な人間以外は越えようとしないらしい。
ルインの身の安全を考えても、危険な道程は避けたい。すると、少し北に行けば、遠回りにはなるが砂漠を通らずともパラメに向かうことが出来るとのことだったので、ラハット達は迷わずにその進路を選んだ。
何でも、その商人が言うには、小さな川がいくつか通っていて、いかだ舟でその川を越えれば、パラメに行くことが出来るらしい。しかし、商人はラハット達に、厭らしい笑みを浮かべてこう忠告した。
「有り金が全てなくなるかもしれませんよ」
ルインが「御心配なく」と即答して商人は少し不快な表情を浮かべていたが、その言葉がラハットには少し引っかかっていた。
多少の金を積んででも、もっとあの商人から情報を聞き出しておくべきだったかと後悔したが、それはあとの祭りだ。
やがて乾燥地帯を抜け、平原が続く地域へと出た。グシウムの周辺と似た地形だが、こちらの方が随分と寒い。
出てくる小型の魔物の種類も変わり、毛が深くなり、中には小型にも関わらずそれなりに強い魔物がいたりして驚かされた。
川を渡るのならば、町に行って船渡しを商いとしている人物、もしくはそれに繋がる人物を探さなければならない。
そうなると、小さな町や村ではなく、ある程度の大きさの都市に行きたい。そこで、ラハット達は地図にあった、川の近くにある大都市、テュクスへと向かうことになった。
やがてテュクス近辺へと着いたラハット達がある橋を渡ろうとした時、橋の陰から兵士のような恰好をした男が出て来て、ラハット達へと近付いてきた。
太っているわけではないが、妙に丸い顔。輪郭も、目も、鼻も、全てがやけに丸い。
「ここからはペロー家の領地となる。免税証は持っているか?」
「それは持っていないが、こんなものならある」
カイは一歩前へと出ると、王の書状を兵士へと見せた。
始めは訝しい目でそれを読んでいた兵士も、次第にそれが本物と理解し始めたのか、顔が強張っていく。そして読み終えると、一歩下がり、揃えた指を額に当てて敬礼した。
「失礼しました。どうぞお通りください。ここから真っすぐ行くと、大都市テュクスに着きます。テュクスに御着きになられた際には、ぜひペロー家当主、ミダス様へとお会いになってください」
カイは「はいよー」と適当に生返事を返し、歩き出す。しかし、兵士が見えないところまで行くと、真剣な声色で「ルイン様」とルインの名前を呼んだ。
「ルイン様には、この旅ではオルデルス家の者であることを伏せるようにお願いしてるけど、今回は特に気を付けて」
「それはどうしてですか?」
「ペロー家はオルデルス家にひけをとらない財力と権力を持つ名家だ。しかし、王室と密接な関係にあるオルデルス家に対して、ペロー家はあくまで数多いる諸侯の一つに過ぎない。ま、簡単に言うと、ペロー家はオルデルス家を妬んでいるってこと」
「妬んでいる? どうしてですか?」
ルインの純粋な疑問。カイは「うーん」とルインにどう説明するか悩んだあと、ようやく口を開く。
「この国において、オルデルス家が持つ領土と権力、そして握っている商売特権は膨大なものだからだよ。多くの貴族にとって、自分達よりも力のある者は邪魔な存在になる。だからペロー家にとって、オルデルス家は出来れば潰れて欲しい一門ってわけ」
「しかし、それとわたくしがオルデルス家の者であることを隠すことは、どう関係があるのですか?」
カイはゆっくりと鼻から息を吸い、隣のルダは苦笑した。ラハットはカイに労いの視線を送る。しかし、さすがのカイはルインの質問攻めには慣れているようで、真面目な顔でじっとルインを見つめた。
「ルイン様の身の安全のためです。それ以上は、帰ってから父上に訊いてください」
ルインは「わかりました」と殊勝に引いた。普段、飄々としているカイが、こうして真剣な表情で真剣な言葉遣いで話すと、かなりの効き目がある。
カイはそういう駆け引きがとても上手い。カイは女垂らしの才能を持っているのではないかと、ラハットは密かに思っている。
少し歩くと、ラハットはカイの隣に並び、顔を近付けた。
「本当の理由はなんですか?」
ラハットが小声でそう訊ねると、カイは顎を引いた。
「ペロー家には、昔からある黒い噂が流れている」
「……黒い噂、ですか?」
「ああ。魔物が出てから、国同士の争いがなくなり、それと同時に貴族間の争いもほとんどなくなったと言われている。しかし、それはあくまで表面上の話。時折、水面下で不審な事件が起きたりする」
ラハットは目を細める。
「不審な事件とは?」
「商船が不自然に沈没したり、ある貴族の子息が事故死したり、突然屋敷が燃えたり……。そしてそれらは全て、ペロー家と因縁のある相手だったりする」
「それはつまり、ペロー家が裏で糸を引いているということですか?」
カイの眉間に、深い皺が刻まれる。
「証拠はないさ。あくまで噂だから。だが、このご時世にそんな噂が回っていること自体、おかしなことなんだ。旦那様も、ペロー家ならばそういった愚劣で狡猾なことをしていても不思議ではないとおっしゃっていたからね。多分、黒だよ」
カイはそう言うと、前を歩くルインの小さな後頭部をぼんやりと見つめた。
「ま、用心するに越したことはないってことさ。さすがに俺達は王の遣いだし、王の書状にもルイン様が
オルデルス家の者であることは一切書かれていないから、心配はないと思うけど」
カイの言葉には、そうであって欲しいという希望が込められているのがラハットにはわかった。ラハットも、出来れば何も起こって欲しくはない。特に、人間が相手になる争いごとは避けたい。
冷たい風が、ラハットの耳を少し齧っては過ぎていった。




