三十九話『勇者、わたくし』~物語の主人公~
カカの村を出てから、ラハット達は何匹かの小型の魔物に襲われた。その度にラハットは剣を抜き、魔物を斬った。
勿論、最たる理由はルインを守るため。だが、カイとラハットの実力があれば、剣を使わずにいなして逃げることも出来ただろう。しかし、そうせずにわざわざ倒したのは、これから先、その小型に襲われて負傷する人間がいるかもしれないからだ。
人間を襲う習性がついてしまっている魔物は、やはり倒しておかなければいけない。ラハットは自分でそう判断した。
立ち寄った村で借りた空き家で、ラハットはカイとテーブルを挟んで村人から貰った葡萄酒を開けていた。
やはり王の権限は地方の村でも通用するらしく、王の遣いと知った途端、余所余所しかった村人達は世話を焼いてくれた。
葡萄酒で饒舌になったカイは、「そういえば」と視線を天井に上げた。
「この間のカカの村での魔物との戦いでさ、ラハットちゃんが剣を抜いてから突っ込んだ時、魔物が尻尾で足元を攻撃してきたでしょ。あの時、ラハットちゃんは跳んでかわしたけど、あれはよくなかったね」
「やはり、そうでしたか」
カイは大きく手を広げて「そうとも」と頷く。
「あれは中型の魔物がよくやる攻撃パターンの一つだ。中型は、自分達の優位性をよく理解している」
「優位性?」
「ああ。尻尾だよ」
カイは人差し指を立てて指先を振る。
「力の差は勿論あるが、中型とやり合おうなんて人間はそもそもの戦闘能力が高い場合が多いし、武器や防具でその差は埋められる。だが、尻尾の有無はどうしようもない。特に実力が均衡している場合においては、その尻尾があるかないかの差は顕著に表れてくる。さらに言えば、人間は尻尾による攻撃を予想し辛い」
「持っていないから、ですね?」
「そう。手足による攻撃パターンは直感で判断出来る。体勢、タイミングなどを自分自身に当て嵌められるからね。だけど、俺達には尻尾がないから、それがどれくらいの速度で、どんな間合いで、どう動くのかが予想出来ない。俺だって、慣れていない頃は何度も尻尾の攻撃に肝を冷やされたよ」
カイは額に手を当て、小さく首を左右に振った。ラハットはじっとカイを見る。やがてラハットの視線に気付いたカイが、眉をひそめる。
「おいおい、そんな綺麗な目で見つめないでくれよ」
「……カイさんは、これまでどれくらい中型と戦ってきたのですか?」
「さあ。具体的な数は一々覚えていないな」
ということは、それ相応の数は戦ってきたということだろう。あの戦闘スキルからして、相当な場数を踏んでいるのは間違いない。「凄いですね」とラハットが感服すると、カイは「まあね」とウインクした。
カイはグラスを手に、椅子深くに身体を沈める。
「オルデルス家で正式な使用人と認められる試練の一つに、中型の魔物を一人で二十匹倒さなければいけないというものがある。だから、オルデルス家の使用人は、俺以外も全員、あれくらいなら難なくこなすさ」
二十匹。その数に、ラハットは一瞬言葉を失った。
「……ということは、ルダさんもですか?」
ラハットはベッドでルインと添い寝するルダを見た。名前を呼ばれたことに反応したのか、寝返りを打つも、起きた様子はない。カイは「ああ」とその姿を微笑ましい目で見ながら、葡萄酒をそっと口に含んだ。
「勿論、彼女もだよ。とは言っても、ルダが戦うことは滅多にないけどね」
「滅多にない?」
「ああ。彼女は戦うことが好きではないし、得意でもない。彼女が外套を脱ぐ時は、よほどの事態が起きている時だけ。すなわち、この旅ではルイン様の身に何かがあった時だけさ。まあ、もしかしたら俺達の危機的状況でも動いてくれるかもしれないけど」
カイはそう言って笑った。中型との戦闘の時、ルダは一歩引いたところで、じっと戦闘を見守っていた。どうして参加しないのかラハットは不思議に思っていたが、それが彼女の本能の選択なのだろう。
ルインを守るため。それが彼女の戦う理由。
カイは空になったグラスをそっとテーブルの上に置くと、再び身体を沈め、胸の上で指を組んだ。目が深くなっている。眠気に襲われているのかもしれない。
虚ろな目で、カイはラハットを見つめた。
「ラハットちゃんは、この旅の主人公は誰だと思う?」
「それは勿論、ルイン様です」
「そう。ルイン様が主人公だ。そして、俺達の役割は?」
「彼女を守ること」
カイは目をそっと閉じ、小さく首を横に振る。
「表面上はそうなっているが、正確には違う。答えは、彼女を勇者にすること、だ」
「……勇者にすること」
ラハットがそう呟くと、カイは薄っすらと片目を開けてラハットを見た。
「そう。ルイン様は戦えない。だから、ルイン様が魔王と戦っても勝てない。そんな彼女が魔王を倒すには、俺達が魔王よりもずっと強くなければいけないんだ」
カイは再び目を閉じると、深く息を吸った。
「ある意味では、この物語の主人公は俺達でもある」
その言葉は、自分を押し殺すことの多いラハットの胸にじんわりと染み込んだ。
それは、慢心ではない。それくらいの心づもりでいろ。カイがそういう意味で言ったのかはわからないが、ラハットはそう受け取った。
カイの鼾が聞こえてきた。ラハットは苦笑し、毛布をそっとカイの身体へとかけ、残りの葡萄酒をゆっくりと口へと運んだ。




