三十六話『勇者、わたくし』~ラハットの秘密~
ラハットがそれに気付いたのは、初めて王の狩りに帯同した時だった。王の狩りは、騎士が獲物を弱らせてから、王が弓や剣を使って止めを刺す。
演習でトップの成績を収め、新人ながら狩りへの同行を命じられたラハットは、その名誉に恥じぬよう、確固たる気概を持って初めての狩りへと臨んでいた。
出会ったのは一体の小型の魔物だった。魔物はラハット達の姿を見るや否や、分が悪いと見たのか、一目散に逃げ出した。ラハットは即座に得意の馬術で魔物を追い込み、そして剣を振り上げた。
しかし、そこからどうしてか、剣を振り下ろすことが出来なかった。
その時、ラハットは何が起こったのかわからなかった。
それから、何度も狩りに同行するも、ラハットは魔物に剣を振り下ろすことが出来なかった。その身体を切り裂くことはイメージしているのに、直前になると身体が硬直して動かなくなる。時には魔物の反撃に遭い、怪我を負うこともあった。
それでも、ラハットは魔物を斬ることが出来なかった。
やがて、ラハットが狩りに同行を命じられることもなくなり、ラハットは宮殿や騎士達の中で、『魔物が斬れない騎士』として認識されるようになった。それでも、人の良い仲間達はラハットのことを責めずに、本来ラハットが為すべき役割を埋めてくれた。
だが、その優しさは却ってラハットを卑屈にさせた。今のこの世界において騎士が戦う相手は魔物だ。その魔物を倒せない騎士は騎士にあらず。その現実から目を背けるため、ラハットは次第に神へと依存するようになった。
自分はそのことを恥じている。
申し訳ないと思っている。
自我を殺して人のために我が身を捧げます。
だから神様、どうかこんな私を許してください。
ラハットはそう神に祈りを捧げることにより、自身の存在意義を何とか肯定しようとしていた。魔物は斬れないけれども、人のために尽くしている。
それが自分の正義であり、騎士道だ。
神を介して自分にそう言い聞かせ、何とか自身を肯定して心を保っていた。
だが、それもそろそろ限界だった。
ラハットは騎士を辞めようと思い始めていた。騎士でなくなれば、魔物を斬る必要はなくなる。守る側でなく、守られる側になれば、きっと楽になれる。仲間達にも、これ以上迷惑をかけないで済む。
今は平和な世の中だ。他に生きる道なんて、いくらでもある。
そんな時だった。ラハットが彼を見たのは。
天然パーマに目付きの悪い顔。その可愛い悪名は宮殿にも届くほどであったが、不思議と彼を嫌って憎むものはいなかった。
門番兵二人などは、度々彼に迷惑をかけられていたはずなのに、酒が入るといつもあの少年の話をしては呵々大笑していたくらいだ。
そして、あの試験が開かれた。
彼に勇者の素質があることを、王がどのような方法で見抜いたかはわからない。だが、実は始めからあの試験は彼が通過するように仕組まれていた。
どういう形にすれば、あの少年がどんな行動を取るか。それを踏まえて綿密に練られた試験の上で、彼は見事、王の掌で踊った。
だが、ラハットには一つ疑問があった。それは、どうして彼が試験を受けようと思ったのか。
上の者の命令で無理矢理参加させられたのなら、まだ理解も出来る。しかし、彼はそうではなかった。彼は騎士になるという明確な意志の下、試験に臨んでいた。
ラハットは彼の旅立ちの時、訊かずにはいられなかった。
「キミはどうして、騎士になりたいんだい?」
ラハットが辞めようとしている騎士に、どうしてそこまでしてなりたいのか。最後にその理由が気になった。そして彼は即答した。
『そんなの決まっているじゃないっすか。恰好良いからですよ。俺は、守られる人より、守る人になりたいんです。騎士なんて、なりたくてなれるもんじゃないですし。グシウムでは騎士は男の憧れですから』
その言葉は、真っすぐとラハットの耳に入り、心に入り、そして記憶に深く刻み込まれた。そして、騎士を辞めようとしていたラハットに迷いを与えた。
それから、ラハットは魔物が斬れない騎士のまま、毎日を消化していた。何がしたいのか、どうすればいいのか、全くわからないものの、自分に出来ることを我武者羅にこなした。
騎士であることを辞めてはいけない。それだけを信念に、とにかく毎日を迷いながらも、一生懸命に生きていた。
そんな折の、ルインの護衛の話。
それはラハットにとって願ってもない話だった。魔物と戦わざるを得ない道を選べば、何かを変えられる可能性がある。
しかし、それは最後の手段でもあった。
もし、その場面が来た時、剣を振ることが出来なければ、自分はもう騎士ではなくなる。
ラハットに、人を守る資格はなくなるのだ。




