三十四話『勇者、わたくし』~戦闘開始~
カイが戻ってきたのは、まだ日が顔を覗かせていない明朝だった。それでも、その結果が気になるラハットとホムは、ホムの父親にばれないよう、納屋の前で早くからカイを待っていた。
姿を見せたカイの表情からは結果が窺えない。息を呑む二人に、カイはふっと息を漏らした。
「まあ、俺の中では成功ってところかな。協定は結べないが、魔物討伐の協力なら惜しまないそうだ」
「どうして協定が結べないのですかっ?」
つい言い寄る形になったラハットを、カイは「まあまあ」と落ち着いて宥める。
「筋は通っているよ。ナギ族の意思が統一されていない協定を受け入れることは出来ないとさ。流石に言い返せなかったよ。事実だから」
確かに、ナギ族は若い衆と年配組との間で、意見が真っ二つに分かれている。今回のナミ族への打診も、半ば無理矢理ホムが説得したようなもので、昨日の夜の集会は大荒れに荒れたとも聞いている。
しかし、ホムは安堵した様子で胸に手を当てた。
「でも、魔物退治は協力してくれるのですよね?」
「ああ。ナミ族の状況はほとんどこっちと変わらない。明日はどうなるかもわからない生活を送っている。だから、ナギ族との分割であっても、戦果は喉から手が出るほど欲しいみたいだ。それに、ナギ族の中にも、ホムと同じような考えを持っている若い衆が少なからずいる」
「本当ですか?」
「ああ。だから、もし協力して魔物討伐に成功すれば、それを足がかりにして協定の締結を目指すといい」
ホムは下唇を内側に巻き込んで涙ぐむと、カイに深く頭を下げた。カイはホムの頭を上げさせる。
「それで、魔物討伐だが、ナミ族は早速、今日の昼を指定してきた。日が一番高く昇る時に、始めたいって」
「そんなに早くですか?」
ラハットの問いかけに、カイは肩を竦める。
「当然でしょ。呑気に待つ理由もないし。それに、それほど向こうも切羽詰まっているってことだよ」
そうか。確かにそうだ。ラハットはホムのやせ細った身体に現実を思い出す。彼らは今、生きるか死ぬかといった毎日を送っている。ラハットは平和ボケしている自分の感覚を強く恥じ、そして反省した。
カイはホムの肩に手を置く。
「人数は多くて十人。経験値が豊富で、感情的でない奴を選抜してきて欲しい」
「もっと連れていけますよ」
意気込むホムに、カイは小さく首を振る。
「戦闘ってのは数が多ければ勝てるわけではないよ。それに、村にもある程度の戦力は残しておかないと。万が一のこともあるし」
ホムは「わかりました」と表情を引き締めた。カイはホムの肩から手を離し、納屋から出る。
「じゃあ、昼前にはここを出るよ。早めに行って、ナミ族が連れて来た兵士と連携の確認をしてから、狩りを始める。準備はしっかりしておいて」
カイとホムは互いに顔を合わせ、小さく頷き合った。
「……というわけだから、しっかりと仲間の動きを見て、回避を最優先事項としてバックアップに務める。そうすれば、時間はかかっても確実に倒せるはず。決して、欲はかかないこと」
朽骨の谷より少し手前の地点で、カイを中心とした最終確認が行われていた。ナミ族とナギ族の選抜された兵士、各十人ずつが、緊張した面持ちでカイの話を真剣に聞いている。
ラハットにはわからないが、きっとこうしてナギ族とナミ族が顔を合わせていること自体、本来ならば有り得ないことなのだろう。両者の間に漂う何とも言えぬ雰囲気から、それが如実に伝わってきた。
その両者の間には、ラハット、ルダ、ルインが収まっていた。ラハットとしては、ルインを村に置いてきたかったところだが、目を離すわけにはいかない上、カイがどうしても連れて行くと言い張ったので、仕方がなくルインを連れてきた。
ラハットはこの緊迫した状況にルインが耐えられるかと心配していたが、それは杞憂だった。ルインはまるで自分も兵士の一人であるかのように、毅然とした態度でカイの話に大きく頷いている。
「じゃあ、赤い方をナギ族とナミ族。青い方は俺とルダで片付ける。ラハットちゃんは、ルイン様の傍についていて」
全員が一様に頷いた。そして、カイは立ち上がり、「じゃあ行くよ」と朽骨の谷へと向かって進みだした。
ラハットは谷を覗き込んだ。確かに独立した区画がぽっこりと出来ている。谷はかなり深くなっていて、下りるのはなんとか一人でも可能だろうが、上るとなると一人ではかなりの身体能力がないと厳しいかもしれない。
谷底は薄っすらと白く染まり、その端の方では赤と青の魔物が固まっているのが見えた。大きさからして、間違いなく中型。休んでいるのだろうか。
それにしても、本当に魔物が二体で共存している。これにはラハットも驚いた。
群れをなす小型もいるくらいだから二体でいる中型がいてもおかしくはないが、それでも中型の魔物に共存意識があることは、魔物の新たな一面の発見であることには間違いない。
カイは手を上げ、先陣を切ってゆっくりと谷底へと下りていく。それにナギ族が続き、間にルダを挟んでナミ族が殿につく。
ラハットは谷を下りず、谷の上でルインの護衛につく。後ろから見ると、ナギ族とナミ族は服装がほとんど変わらない上、武器も同じ。どちらかを一瞬で判別するのはなかなかに難しい。
全員が谷底へと下りると、カイは人差し指を唇の前に当て、ルダを先頭に呼んだ。
作戦はこうだ。赤と青の魔物のうち、赤の魔物をカイとルダが引き離し、二人で倒す。そして青の魔物にはナギ族、ナミ族の兵士たちで挑む。
兵士たちは二手に分かれ、片方は魔物の意識を誘い、ひたすら攻撃を回避する。そしてその間に、もう片方の兵士たちが後方から矢を放つ。
するとその時、兵士の一人が持っていた槍を落とし、その音に魔物達が反応した。眠っていたのか、魔物二体はゆったりとした動作で起き上がると、はっきりとカイ達を視界に捉えた。
魔物が臨戦態勢となり、カイは苦い表情を浮かべる。
それもそうだろう。あわよくば、後ろから二体まとめて攻撃することも出来たはずだ。
しかし、過ぎたことは仕方がない。カイとルダは兵士達から離れ、赤い魔物に焦点を合わせる。
「決して油断をしちゃ駄目だよ。中型との戦闘においては、一瞬の隙が命取りになるから」
「わかりました」
ホムが手を上げると、他の兵士達は間隔を開けて、魔物を囲むような隊形を組む。隣のルインが、ごくりと音を立てて唾を飲んだ。
ここに来る前、ルインに戦闘を見せてもいいのかと訊ねたラハットに、カイは言った。
『見せてもいいかじゃなく、見せなければいけないんだ』
ラハット達はただ旅をしているわけではない。最終的な目標は、このルインが勇者の剣で魔王を倒すことだ。ラハットはそれを聞いた時、己の覚悟の浅さを強く恥じ、猛省した。
ラハットはルインの目を見る。
「しっかりと見ておいてください。これが戦闘です」
ラハットの言葉に、ルインは不安気な表情を浮かべた。しかしそれは、ラハット自身にも言い聞かせた言葉だ。これからは、ラハットにも戦うべき時が必ずやってくる。
その時は、剣を振らなければならない。宮殿の端で振っていた時とは違い、本当の意味で剣を振らなければならないのだ。
ラハットはルインの手を引き、少し離れた場所へと移動する。
互いに睨み合い、膠着状態が続く。
誰か一人が一歩でも動けば、その瞬間から戦闘は始まる。そんな極度の緊張感。赤茶色の砂を纏った風が、耳を震わせる。
「みなさん、怪我をしないでくださいっ」
そのルインの呼号が、狼煙となった。




