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三十二話『勇者、わたくし』~ナギ族とナミ族~

 ラハットは息を呑み、思わずカイの顔を見た。カイも驚いた様子で、目を開いている。中型の魔物が二匹。

 ラハット自身、そんな状況は初めて聞いた。そもそもの絶対数が多くない中型は、一匹でも珍しい。それが二匹同時となると、羽がある魔物に続く、新たな中型の特性が何かわかるかもしれない。


 カイは崩していた姿勢をしゃんと正すと、珍しく真剣な表情でホムに向かった。


「中型を倒したことは?」

「一度だけあります」

「その時の状況は?」

「こちらは手練れが十一人で、魔物が休んでいたところを急襲しました。結果は、四人の犠牲者を出し、半日をかけてなんとか倒すことが出来ました」


 カイは苦い表情を浮かべる。


「さすがに中型は強かったわけだ」

「はい。予想以上でした。そのため、ナミ族もナギ族も、朽骨の谷の中型の存在は認識していても、手を出せないでいるのです。下手をすれば、全滅という可能性も充分に有り得ますから。それだけは避けなければならない」


 それもそうだろう。ラハット達のように最新の武器、防具で臨む騎士でも、中型を相手にするとそれ相応のリスクがある。一対一で戦って勝てる騎士など、果たして世界に何人いるのか、といった具合だ。


 それなのに、家の中にあったナギ族の武器は粗末な槍と弓矢だけ。むしろ、あんな武器でよく中型を倒したと、ラハットは感心さえした。


「で、それを倒すってことか?」

「はい。二匹倒して、そのうちの一匹をナミ族に渡すことを、交渉の条件にしたいと思っています」

「なるほど。交渉の糸口としては悪くないだろうな。しかし、一匹でそれだけ苦戦していたのに、二匹なんて倒せるあてがあるのかい?」


 カイの率直な言葉に、ホムは冷や汗を浮かべながら答える。


「わかりません。しかし、犠牲はあれど一匹は倒すことが出来たんです。若い衆全員が本気で向かえば、なんとかなるかもしれません。……例え、刺し違えてでも」


 ホムの言葉からは覚悟が感じられた。その言葉には一縷の嘘もないだろう。


 しかし、何だろうかこの違和感は。


 ラハットがそれに気付いた隣で、カイはやはり柄にもなく真面目な表情でじっと天井を見上げている。ラハットがカイの視線の先を追うと、ぽっかりと穴が空いた屋根に、真っ青な空が顔を覗かせていた。


「……間違っているよ」


 ぽつりと、カイが呟くように言った。ホムは「え?」と短い疑問を漏らす。


「うん。やっぱり間違っている。気持ちはわからなくはないけど、ホムちゃんの覚悟は間違えているんだよ、やっぱり」

「……どういうことですか?」


 正面から否定されたホムは、少し険のこもった声でそう訊き返す。


「ホムちゃんが今、最も守りたいのはあの子供達だろ?」

「そうです」

「だったら、刺し違える、なんて言葉は出てこないはずなんだよ。あの子達には、母親がいない。その上、ホムちゃんまでもが命を落としたらどうなる?」

「それは……」


 ホムはカイに向けていた視線を逸らした。


「あの子達、両親を失うことになるよな。そんな犠牲の元に成り立つ人生って、俺が思うに結構辛いと思うんだけど」

「でも、他に方法がないんですっ」


 ホムは気色ばみ、カイへと身体を寄せた。


「あの子達を守らなければいけない。でも、村を、墓を見捨てることも出来ない。何かを守るためには、何かを捨てなければならない。それが俺や、あの子達の運命なのだとしたら、それを懸けるのは仕方のないことです」


 カイはポリポリと頬を掻き、「うーん」といつものカイに戻る。


「あのさ、俺の勝手な考えなんだけどさ、ナギ族だと十一人で挑んで、四人の犠牲者をだして、ようやく一匹の魔物でしょ。だったら、ナミ族と協力してやったら、少なくとも一匹は確実に仕留められるんじゃないの? そのあと戦利品を均等に分ければいいじゃん」

「それは無理です。その協力が出来るのなら、わざわざ中型を倒さずとも、停戦を結んで大きな町に子供を連れて出稼ぎに出ます」

「ああ、そっか。そうだよね。でもさ、一度くらい対話を試みてみたら? まず停戦を打診して、それが無理なら協力して中型を倒す話に持ち込んでいくとかさ」


 ホムは即座に「いえ」とその案を否定する。


「ナミ族は執拗なほどに疑り深い奴らなんです。何も持たずにこちらが出向いても、ナギ族というだけで矢の的にされるのがオチです。ですから、交渉材料として魔物を持っていこうと考えたのです。あいつらは、それくらいして、初めて聞く耳を持つ奴らなんです」

「ふーん。まあ、ホムちゃんはホムちゃんなりに考えた結果なのね」

「そうです。もう、俺達が命を懸ける他ないんです」


 カイはしばらく何かを考え込むように黙ると、「よし」と明るい声を出した。


「俺達がナミ族に交渉してあげるよ」


 カイの言葉にホムは固まった。カイは続ける。


「ナミ族だって、外部からの客をいきなり襲ったりはしないでしょ。俺達が間に入って、ナミ族の考えを聞いてくるよ。その上で色々判断してもいいんじゃない?」

「それは勿論、俺からすれば願ってもない話ですけど……でも、そんなの頼んでも、うちには支払う報酬がありません」 

「なーに。それくらい無償でやってあげるよ。ね、ラハットちゃん?」

「勿論です。私達に出来ることがあるなら、なんだって協力します」


 ラハットは笑顔でそう言った。ホムは目を潤わせると、カイの手を強く握り、次いでラハットの手を握り締める。そして、声を詰まらせながら、「ありがとうございます」と何度も祈るように言った。


 カイは立ち上がると、大きく背伸びをした。


「じゃあ決まりだ。目標はナミ族とナギ族の停戦協定の締結。それが無理でも、中型討伐の協力はなんとか取り付けたい。これでオッケー?」


 ホムが強く頷くのを見て、カイは視線をラハットに移す。


「……ナミ族には俺が一人で行ってくるよ」

「一人でですか?」

「ああ。ルイン様には護衛を二人はつけておきたい。ルダに交渉なんて無理だし、ラハットちゃんは交渉に向いているとは思えない。ルイン様を連れていくわけにもいかないから、そうなると俺が一人で行くしかないでしょ」

「大丈夫ですか?」


 ラハットが心配の目を向けると、カイは掃うように手を振った。


「何、大丈夫よ。俺がこういうの得意なの、知ってるでしょ? その代わりホムちゃん。俺は精一杯やってみるけど、無理な時は無理だから、過度な期待はしないでちょーだいね」


 ホムは「わかりました」と、それでもやはり期待の滲んだ顔で頷いた。


「じゃあ、ホムちゃん。ナミ族の集落の場所、詳しく教えてよ。ラハットちゃんは、ルダとルイン様に上手く伝えておいて。あと、ナギ族の人達にも説明しないといけないな」


 ラハットとホムも立ち上がり、カイに続いて納屋を出る。村に吹いていた赤い砂塵は随分と落ち着いていた。それでも、視界は随分と悪い。これを遠くまで見渡す日が、近いうちにやってくるのだろうか。


 ラハットに今出来るのは、やはり祈ることだけだった。



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