三十一話『勇者、わたくし』~ホム~
損壊し、風化しかけている納屋の中に、膝を抱えるホムの姿があった。ラハットとカイが瓦礫を掻き分けて近付くと、ホムはばつが悪そうな表情を浮かべたものの、追い返しはしなかった。
ラハットとカイはホムの傍にゆっくりと腰を下ろした。
ホムは力なく笑い、ラハット達を一瞥する。
「すみません。恥ずかしいところをお見せしてしまって」
「いえ、それぞれ色々と事情はあるでしょうから。……ホムさんは、争いを止めたいのですね」
ホムは膝に顔を埋めながら、間を空けて小さく頷いた。
「ええ。勿論、俺だって先祖を敬っていますし、墓を蔑ろにするつもりはありません。ナミ族には大勢の同胞が殺されました。決して許すつもりもありません。しかし、それよりも、俺には守らなければならないものがあるのです」
「お子様達、ですよね?」
「そうです。俺は何よりも、あの子達を守らなければならない。俺の子供だけじゃありません。このカカの村にはたくさんの子供がいます。それはナミ族も同じです。彼等は宝です。未来です。俺達は過去を守るために、そんな未来を見捨てようとしている。それが正しいと俺は思いません」
話しているうちに熱が入ってきたのか、青白かったホムの顔に血の気が戻り、その目に力が宿る。
「俺の妻はもういません。ナミ族の襲撃で死んでしまいました。しかし、復讐の炎に全身を包まれた俺の腕の中で、血を流して息絶えゆく妻は最期にこう言ったのです。『何よりも子供達を守って』と」
ラハットは、会ったことも見たこともないその妻の姿を、瞼の裏に思い浮かべる。死にゆく中、彼女はどんな景色を見たのだろう。何を感じたのだろう。
当然、それはラハットに答えが導きだせるものではない。しかし、彼女は言葉を残した。過去ではなく、未来を守って欲しいと。
それもまた、彼らが守るべき魂の叫びなのではないのか。
ホムは足を崩し、開いた掌をじっと見つめる。
「方法は必ずあるはずです。ナミ族にだって、苦しい現状を打破しなければならないと思っている人間が必ずいるはず。とことん話し合い、互いの妥協点を探り合えば、絶対に今のこの無駄な血を流し合う流れを断ち切ることが出来るはずです。……しかし、今の俺達にはその余裕がない」
「今日を生きるので精一杯だから。だよね」
カイの言葉に、ホムは苦い顔で頷いた。
「そうです。一匹の魔物を発見すると、その一匹を取り合うためにナミ族とナギ族は殺し合います。その魔物を持ち帰らないと、家族を食べさせられないから。互いにそんな状況下にあっては、話し合うなんて出来るはずがない。この悪循環を止めるのに必要なのは、皮肉にも金なんです」
だからホムは、魔物がまだ豊富で生活に余裕があったにも関わらず、利益の独占に目が眩んだ父親達のことを罵倒したのだろう。
おそらく、ホムにとっては妻の死がとても大きなものだった。もしかするとホムは、そこで父親達がナミ族との話し合いを選んでいれば妻は死ぬことがなかったと、本当はそこまで言いたいのかもしれない。
「じゃあ、金があればこの戦いを止められると?」
「ええ。きっと止められます」
カイは釈然としない様子で頭を掻く。
「どうかな。止まる保障はないわけだし」
「いえ、必ず止めてみせます。それこそ、命を懸けてでも」
カイはそれでも「うーん」とどこか納得のいかない様子で首を傾げる。
「俺、すぐに命を懸けちゃう人ってどうも信用ならないんだよ。……まあでもさ、もしホムちゃんが言う通りにしたいのなら、ナギ族だけじゃなくて、ナミ族にも金がないと駄目だよね? だってナギ族だけに余裕が出来たら、ナミ族はそれを奪いにくるわけでしょ」
「実は、俺に考えがあります」
意外なホムの言葉に、カイは「考え?」と驚く。ホムは「はい」と頷くと、落ちていた木の破片を手に取り、地面に地図を描き始めた。
「ここら一帯は渓谷になっていて、村から出ると高低差の激しい地形が続きます。その中に、『朽骨の谷』と呼ばれる場所があります。危険な場所で、昔から何人ものカカの村人が、そこで命を落としたと言われています」
「だから朽骨の谷、なのね」
「はい。ここらの谷は枯れ谷なので普段は川が流れていませんが、雨季になると谷底に水が入り、川になります。しかし、朽骨の谷は地形的に水が入らない構造になっていて、その部分だけはずっと乾いたままです。そのため、そこで死んだ者達の骨が流されず、地面が薄っすらと白く染まり、朽骨の谷と呼ばれるようになりました。とはいっても、それが本当に骨で白くなったかどうかはわかりませんが」
だが、そんな名称がつくほど、人が死んだというのは事実だろう。ホムはある部分を丸で囲むと、それにバツ印をつけた。
「その朽骨の谷に、魔物が二匹、住んでいるのです」
ラハットは驚く。
「魔物が二匹? 一緒に行動しているということですか?」
「はい。青と赤の体毛をした魔物です」
ラハットは顎に手を当てて考え込んだ。
魔物は家族という概念を持たない。稀に群れを為して行動する小型の魔物もいるが、それは極めて特殊な例であり、彼らは基本的には単独で行動する生き物である。
二匹が共にいるとなると、雄と雌が繁殖を目的としているか、もしくは縄張り争いで膠着状態にあるか。いずれにせよ、珍しいケースであることに間違いはない。
「でも、わかっているならさっさと狩っちゃえばいいじゃん。魔物を倒したら少しは食えるんでしょ?」
カイの問いかけに、ホムは目を伏せた。
「はい。そうなんですけど……、その魔物、どちらも中型なんです」




