三十話『勇者、わたくし』~カカの村~
招かれた茅葺屋根の家の中に入ると、そこには年配の女性と男性の二人、そして男女の幼児二人の計四人が団欒していた。そのうち、顔の輪郭を囲むように髭を蓄えた男性が、入室したラハット達に警戒心を露わにする。
「ホム、誰だこの人達は?」
「王様からの遣いだってさ。旅の途中でここに寄ったらしい」
「ほお、こんな辺鄙なところに。どこに向かうんだ?」
「さあ。まだ聞いてない。とりあえず、敵じゃなさそうだから村に入れたんだ」
この青年はホムと言うのか。ラハットはホムと男性の顔を見比べる。鼻がそっくりだ。
「みなさん、御家族ですか?」
「ああ。両親と俺の子供さ」
ホムの両親二人に子供二人。となると、いなければいけないはずの人物が一人いない。しかし、ラハットは訊ねなかった。そういう場合には、必ず何かしらの重い理由がある。無闇に首を突っ込むのはよくない。
ラハット達が腰を下ろすと、カイは早速口を開いた。
「勇者の剣っての、知らない? 俺たち、それを探してるんだけど」
「勇者の剣? 俺は聞いたことがないですね。父さん、母さん、知ってるか?」
両親は揃って首を横に振った。ホムは申し訳なさそうに苦笑する。
「すみません。知らないようです。折角だから、村の住民にも訊いてきましょう。何も出せませんが、どうぞおつくろぎください」
ホムはそう言うと、小走りで家から出て行った。風の音だけが響く家の中には、何とも言えない気まずさが流れる。
そんな中、ルインだけは物珍しそうな顔で、家の中をまじまじと見渡していた。
「わたくし、一つ、気になることがあります」
ルインの言葉に、両親がルインへと顔を向ける。
「どうしてここにお住まいになっているのですか? とても、住むに快適な場所とは思えません。このような土地では作物も育たないでしょう」
「ああ、それは……」
ホムの母親が苦笑し、父親が口を開く。
「墓があるんだ。ここから少し行ったところにな。それを守らねばならん」
「墓、ですか?」
ラハットの言葉に父親は頷く。
「ああ。先祖の墓だ。我々ナギ族は先祖の魂を受け継ぎ、未来へと繋ぐためにこの世に生を受けておる。だから、その魂の拠り所である墓を離れるわけにはいかんのだよ」
地方には、それぞれの伝統や文化を持つ民族達が住んでいると聞いたことがある。この人達はその一つだろう。
彼らにとって最も大事なものが、受け継がれる魂。それはきっと、ラハットの感覚で捉えられるものではない。
すると、ルインが前のめりになった。
「大変失礼だとは承知の上で、一つだけ申し上げたいことがございます」
子供達以外の全員がルインに視線を集めた。ルインは真っすぐと両親を見る。
「見たところ、皆さまとても貧しい生活をしておられます。ですがこのご時世、町で仕事を探せば、ある程度の生活は送れるのではないかと思うのです。大人の方々だけならばわたくしも何も言いません。色々と事情もおありでしょうから。しかし、小さなこの子達のことを考えると、子供達だけでも町へと住まわせるなど、何か方法を考えるというのは、如何でしょうか?」
ルインの言葉は静寂を呼んだ。カイが止めなかったということは、そういうことだ。勿論ラハットもカイもルダも、ルインの言っていることが正しいことはわかっている。
しかし、世の中、理屈で生きていない人達もたくさんいる。彼らには、彼らの中での優先順位があるのだ。
しかし、ラハットの予想とは裏腹に、両親の反応は意外なものだった。母親は力のない笑みを浮かべて頷き、父親は瞑目して溜息を吐いた。
「それは我々も重々理解しておる。若い者達の間でも、そういった意見は多数出ておるからな。しかし、それには親達も一緒に町へと出さねばならん。子供だけを受け入れて貰うツテも金も、我々にはないからな」
「親御さん達も町に行けばよいではないですか。お墓のお世話なら、少しの人間がいれば充分に務めを果たせると思います」
「それが出来んのだよ」
父親の声に怒りが籠った。一瞬、カイが腰を浮かせたものの、それがルインに対して向けられたものではないと悟ると、カイはそっと腰を下ろした。
「親を町に出すというのは、若い衆がいなくなるということ。それはすなわち、兵力が削がれるということ」
「兵力って、まさかこの村は戦争でもしているのかい?」
カイの問いかけに、父親は神妙に頷いた。
「ああ、しておる。かれこれ百年以上な」
カイは冗談のつもりで言ったらしく、驚いた様子で息を呑んだ。ラハットはホムのある言葉を思い出した。
「……その相手は、ナミ族ですか?」
「どうして知っておる?」
父親の鋭い目がラハットを射抜く。
「先程、ホムさんが村に入った私達に、ナミ族の手先がどうかを訊ねたので」
それを聞いた父親は、敵意が込められた目を閉じ、穏やかな瞳に戻る。そして、眉間に深い皺を寄せて虚空を見つめる。
「そうだ。我々ナギ族は、ナミ族と長きに渡って戦争をしておる。お主たちはここが村の全てだと思っているだろうが、それは違う。ここから馬を走らせてしばらくのところまで、村は続いておる」
「カカの村、ですね」
ラハットの持つ地図には、そう記されている。父親は「ああ」と頷く。
「ここはカカの村の最西端であり、見ての通り我々ナギ族の集落がある。中央部分に先祖の墓があり、最東部にはナミ族の集落がある。それら全てを含めて、カカの村なのだ。我々はずっと、村の中で戦争をしているのだ」
ラハットはようやく合点がいった。地図の中では、この辺り一帯がカカの村となっていたのだが、実際に見た居住地はかなり狭かった。
要は、村の中で民族紛争を起こし、互いが墓地を中心とした離れた場所に集落を構えたことで村が広がったのだろう。
おそらく、名前から察するに、このナミ族とナギ族は元々同じ民族だ。そして、何らかの理由で二つに分裂したものの、中央にある墓を守るという使命があるため、互いにここからは離れられない、といったところか。
父親の話を聞いたルインが、眉をひそめる。
「どうしてナギ族と戦争をされているのですか?」
「我々がナギ族だ」
「申し訳ございません。どうして、ナミ族と戦争をされているのですか?」
「簡単に説明出来ることではない。遥か昔から様々な理由が堆積され、今日に至っているのだ。そうだな……。言うなれば、我々の身体に流れる先祖の怨嗟が籠った血汐こそ、戦う理由と言えるだろう」
「何をおっしゃっているのか、よく、んんん」
寸前のところで、カイがルインの口を塞いだ。ラハットは胸を撫で下ろし、母親に身体を向ける。
「お母様は、どう思っていらっしゃるのですか?」
「私は……」
母親は何かを言おうとしたが、父親が母親を睥睨し、母親は言葉を飲み込んだ。そして、強い目をラハットに向ける。
「お墓を離れるわけにはいきません」
それが本心かどうかは、ラハットにはわからない。だが、この状況でそう言われてしまうと、ラハットにはそれ以上詰問する理由も権利もなかった。
その時、息を切らしたホムが帰ってきた。その顔を見ただけで、自然と結果はわかってしまう。それでも、ルインは嬉々として「どうでしたか?」とホムを見上げた。案の定、ホムは申し訳なさそうに顔を歪める。
「勇者の剣については誰も知りませんでした。お役に立てなくてすみません」
「そうですか。わざわざありがとうございました」
ラハットが礼を言うと、ホムは場に流れる重い雰囲気を察したのか、非難するような目で両親を見る。
「まさか、ナミ族とのこと、外の人に言ったのか?」
「申し訳ありません。わたくしが無理に訊ねたのです」
ルインが庇い、ホムは仕方がないといった様子で握った拳を解く。そして視線を落とすと、「そうですか」と小さく呟いた。
ホムはその場に腰を下ろすと、長い息を吐く。
「……ナミ族とは、遥か昔から因縁がありました。それこそ、何百年も前からです。しかしおよそ三十年前、血と餓えに疲弊仕切っていた両族の間に、ついに和解のムードが漂い始めたんです。このまま争っていては両者共に滅びてしまうと。カカの村そのものが存続出来ないと。しかし運悪く、ある出来事が両者の間にまた深い溝を作ってしまいました」
「ある事実、ですか?」
ホムは「はい」とラハットに視線を向ける。
「魔物が金になる、という事実です。戦闘に資財を注ぎ込んでいた両者にとって、最たる敵は餓えと貧困でした。それを解決するための和解の流れだったので、魔物が金になるとわかった瞬間、その流れは断ち切られました。そして始まったのが、新たな戦い。狩りの縄張り争いです」
それまではただの恐ろしい存在であった魔物に、素材としての利用価値が見出されたのは、確かにその頃だった。
頑丈な皮、強固な牙、燃料になる内蔵。食べられはしないものの、他のどんな生き物よりも、資源として使えることがわかったのだ。
ホムは遠い目を壁に向ける。
「ここからしばらく続く荒れ地には、小型の魔物が多く住んでいます。ナミ族とナギ族は、それを狩って金にするようになりました。しかし、互いに近い場所に住んでいるため、狩りの範囲も当然、被ってきます。そうなるとまた戦争です。そこで協力していれば何かが変わったかもしれないのに、愚かな者達は私利私欲に目が眩み、利権を奪い合ったのです」
ホムのその言葉に、父親の顔色が変わった。
「愚かな者達だと? それは俺達のことを言っているのか?」
父親は立ち上がり、ホムへと近付く。ホムも勢いよく立ち上がると、一歩も引かずに父親へと向かう。
「ああ、そうさ。当時、ナギ族の中には、ナミ族と協力して狩りをするという声も出ていたんだろ。それを拒んだのは父さんや爺さま達だ。『ナミ族を滅ぼせば全てが我々のものになる』と言ってな」
「それは、先祖を愚弄しているのか? お前、それがどういう意味かわかっていて言っているんだろうな?」
「覚悟の上さ。その時ならまだ引き返せたんだ。今みたいに小型の魔物すらほとんどいなくなって、生きていくのすら危うくなっていなければ、いくらでも道はあった。今は、今日を生きるのに精一杯で、他の道を模索する余裕もない。それはナミ族だって同じだろう。だからこうして、金も食糧もないのに、そのなけなしの財産と小さな縄張りを奪い合って戦っている。……その時が唯一のチャンスだったんだ。父さん達は、歴史から何も学べなかった愚か者だ」
「もういっぺん言ってみろ」
父親は気色ばみ、ホムはどこか馬鹿にするような眼差しで父親を見る。
「何度も言ってやるよ。あんたらは歴史から何も学べなかった愚か者で、俺達はその歴史に食い殺されるんだ。先祖が、神が、魂が、俺達の腹を満たしてくれるのか? 渇きを潤してくれるのか? 違うだろっ。見てみろよ。骨と皮になったこの情けない姿を。荒れ果てた村の姿を。こんなにまでなって、俺達は一体何を守っているんだよっ」
「信念だっ」
「だからそれが糞だって言ってんだよっ」
ホムが父親の胸倉を掴み、父親は顔を真っ赤にしてホムを睨みつける。
カイは呆れた様子で溜息を吐き、ルダは怯えて震えてしまっている。ラハットが何とかしようと立ち上がると、影がさっとラハットの隣を過ぎた。
乾いた音が、二回、狭い部屋に鳴り響いた。
ラハットは一瞬、ルインがやったのでは、と肝を冷やしたが、そうではなかった。母親がホムの頬を張ったのだ。
「やめなさい。お客様の前でみっともない」
母親はそう言って元の場所へと戻ると、ホムを見上げた。
「……御先祖様に、顔向けできませんよ」
そこでそれを言うのか。
ラハットはホムの顔を見ることが出来なかった。ホムは父親の胸倉を掴んでいた手を離すと、だらりと腕を下げて家を出ていった。それと同時に、子供達が大きな声で泣き始めた。




