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三話『勇者、俺』~悪魔の女レティ~


     3

 

 授業後、俺は教師に呼ばれ、お小言を頂戴した。修辞の時間に発表した、春の訪れと乳首毛のハーモニーを、下劣極まりないと一刀両断され、乃至は俺の人間性を疑うとまで言われた。


 この卵にパーツを書いたようなつるっとした顔の教師を割ってオムレツにしてやりたいところだが、そんなことをしたらすぐに学校を辞めさせられるし、それに多分、俺はこいつには勝てない。力では勝てるだろうが、こいつはくだらない水の魔法が使える。くだらないけど、人間、水には弱いのだ。


 もう、小一時間は口を動かし続けているんじゃないのか。俺はばれないように左足から右足へと体重を移動させ、この無駄で空虚な時間が終わるのを待つ。


 途中から、というよりも始めから話なんて聞いていないが、神、という単語が随所に出てくるのを聞くに、またいつものように、神に頼っているらしい。


 一度でいいから、神の言葉じゃなくて、お前の言葉で俺の心に訴えかけてみろよ。まあ、無理だろうけどな。だってお前自身、空っぽだから。黄身が入ってなさそうだから。


「……というわけで、お前には参加して貰うことにした」


 そこで言葉が途切れたので、俺はおっと顔を上げる。ようやく終わりましたか。俺は神妙な表情を作り、「反省します」と低い声色で言い、踵を返した。が、その足が自然と止まった。


 参加して貰う?


 おいおいおいおいちょっと待ってくれ、白身先生。俺は振り返り、その起伏のない顔をじっと見る。


「あの、参加って、何にですか?」

「何って、今、言ったばかりだろう」

「はい。聞きましたけど、もう一度教えてくれませんか? 確認のためです」

「王室の騎士試験だ」


 騎士試験。そうか、俺は騎士試験に参加するのか。へー。あの宮殿で行われているらしい騎士試験に。


 俺が? 商売人の息子であるこの俺が? 


 俺はしばらく真っ白になった思考に薔薇色が戻るまで固まり、理解した瞬間、もう一度固まった。


 俺が騎士試験? そんなこと有り得ない。俺では受かりそうにない、なんて話ではなく、そもそもそんなことがあるはずがないのだ。商人から、騎士なんて。


 俺があまりにも狼狽しているからか、白身先生は「落ち着け」と俺の肩を揺する。


「大丈夫だ。どうせ受かりはせん。だが、お前は一度、とことん壁にぶつかって自分を見つめ直すべきだ。受かるのは無理でも、受けるのは自由だからな。だから、参加してこい。それを、今回の反省として捉えよう。ということだ」

「いや、ちょっと待ってくださいよ。王直属の騎士試験なんて、騎士の中でも受けられる人が限られていますよね。俺なんか、門前払いっすよ」

「お前、本当に私の話を聞いておったのか? だから、今回は特例だと言っただろう。陛下が、やる気のある者にチャンスを与えてくださるのだ」

「誰でもいいんすか、それ? そんなことしたら、宮殿が人で溢れ返りますよ」

「やはり話を聞いておらなんだな。勿論、条件はある。数ある条件の中に、『この学校から教師陣が推薦する者一名』とあったため、お前を推薦したのだ」


 そういうことか。それなら有り得るかもしれない。この学校は、一人の騎士がボランティアで近所の子供達へと文字の読み書きを教えたのが始まりだったそうだ。


 その騎士は戦禍で足を失い、騎士を引退してそのボランティアを始めたのだが、人間同士の戦争がなくなると、次第にその騎士のボランティアは評判を呼び、やがて今の形の学校となった。


 だから、今でも学校の至るところにその騎士の肖像画が飾られ、教師、生徒、そして勿論俺も、その設立者である騎士には尊敬の念を抱いている。


 そしてこの学校の存在はグシウムの識字率を高め、それは教養の習得に繋がり、結果として国にとって大きな利益となったため、王室もその設立者である騎士の功績を讃え、今ではその騎士は国の英雄の一人として奉られている。


 だから、この学校に推薦枠が与えられたのも、全くおかしな話というわけではない。


 しかし。


「どうして俺なんすか? 優秀な奴なら、他にいくらでもいると思うんすけど」

「よくわかっておるじゃないか。確かにお前の言う通り、優秀という括りならばお前なんぞは死んでも推薦せん。しかし、おそらくこの試験は体力に重きが置かれるはずだ。だから体力が有り余っており、怪我をしても構わないお前に白羽の矢が立ったわけだ。何か文句はあるか?」

「ありませんっ。ご厚意、感謝致し申し上げます」


 俺は即答し、その場を飛び出した。選考理由には些か腑に落ちない部分はあるものの、こんなチャンスは二度とない。


 だって、騎士だぜ? 俺が騎士になれる可能性なんて、万に一つもなかったはずだ。これこそ、神様の送りものじゃないのか。


 ああ、神様。何だか最近、あなた様に対して不敬で邪な考えばかりしておりましたが、あれは全て嘘でございます。全て、悪魔の仕業、魔物の仕業でございます。俺は走りながら、これまでの分を取り戻すべく、早口で祈りまくった。


 走りながら廊下を曲がると、突然目の前が真っ暗になり、そのあと身体に何かがぶつかった。


 俺はびくともしなかったが、前で人が倒れている。この学校の制服である紫のコット。女子生徒。俺がおそるおそる覗き込むと、知った顔だった。


 幼馴染のレティ・ジェンキンス。


 俺は逃げるか逡巡したが、まあ女なので一応助けてやることにする。


 俺が手を伸ばすと、レティは頬を膨らませながらその手を取り、そして容赦なく俺の顔を前からチョキで突いた。


 俺は目をやられ、のたうち回る。だから迷ったんだ俺は。俺でも喧嘩の時に目は狙わない。昔からこの女には、常識というものが存在しない。


「馬鹿っ、目はやめろよ」

「どうして?」

「痛いし、下手をすれば見えなくなるだろ」

「知らないわよ、そんなの。だって、他の場所だとあたしの手が痛くなるじゃない。あんたの身体、馬鹿みたいに固いし。燃やさなかっただけ有り難いと思いなさい」


 俺は言葉を失った。目を突いておいて尚もこの強硬な態度。どうやって育ったら、こんな悪魔みたいな人間に育つのか、ぜひとも親の顔が見てみたい。


 いや、俺はよく見ているし知っている。レティのおばさんもおじさんも、常に温かい笑顔を浮かべていて、あまりにずっと笑顔でいるせいで、笑顔が標準装備されてしまったくらいに、いい人なのだ。あの両親からこんな野蛮に生まれ育ったこいつがおかしいのだ。


「それで、あんた、どうしてそんなに急いでたのよ?」

「どうしてって、そんな理由なんていちいち訊くなよ」

「いちいち隠さない。いいから話せよ」


 レティはそう言って、懐から小さな棒を出した。俺は慌てて「話します」と何度も連呼する。


 レティは生徒の中では珍しく、ほんのちょっとだけ魔法が使える。でも、魔法はそのほんのちょっとでも使える奴は限られていて、学校にいる生徒で魔法が使えるのはレティただ一人だ。


 魔法が使えるとは言っても、棒で差した相手を発火させる程度、しかもレティの歩幅で一歩以内の距離でないと使えないが、使われると燃えちゃう。燃えちゃうと、火傷しちゃう。最悪、死んじゃう。だから、俺はレティが怖い。

 

 俺が事の顛末を全て話すと、レティは「ふーん」と小さな顎に指を当てた。


「そっか。騎士なら女のあたしは無理ね。まあ、精々頑張りなさいよ。騎士になったら、結婚してあげるからさ」


 レティはそう言うと、そそくさと去っていった。何て自由な女なんだ。俺は呆然と、その揺れる栗色の髪を見つめる。そしてそこから、俺の苦悩が始まる。


 レティと結婚した時に同時に手にする、大きなメリットと大きなデメリットが、俺の中で壮絶な精神反応を見せる。あのグシウム一番の美貌とスタイルが手に入るのは全ての男達の夢ではあるが、それにはあの毒を混ぜたような性格がついてくる。


 何かを得れば、何かを失う。まるで存在そのものが、世の真理を表しているようだ。


 俺は馬鹿らしくなって考えるのを止めた。無意味だ。決まってもいないことであれこれと悩む時間があるのなら、まだ魔法の練習をしている方がマシだ。


 俺はもう一度、走り出す。そして神様への祈りを再開する。途中、壁に向かって指を差し、「バーン」と唱えてみるものの、「バーン」という自分の声が壁に反射して廊下に響くだけで、俺は恥ずかしくなる。


 なんなんだよバーンって。そもそも、どういう理屈で火がつくんだ。全く理解出来ん。だから魔法は嫌いなんだ。


 俺は学校を飛び出すと、我武者羅に走る。そう言えば、俺はどこに向かって走っているんだろうと思う。


 しまった。騎士試験の日程も、時間も、内容も何も聞いていない。大事なことをしっかりと伝えろよ、と俺は顔つるつる教師の無能さを嘆きながらも、足は止めない。


 今、俺は走らないといけない。この沸き上がるエネルギーを放出しなければ、音を立てて何かが爆発してしまいそうなのだ。何て楽しいんだ。刺激をくれ。俺にもっと刺激を。この縛られた世界から、俺を解き放ってくれ。


 しかし、そんな俺の足は止まった。孤児院の前を通過しようとした時だった。


 孤児院の広い庭では子供達が無邪気に遊んでいる。木にぶら下がったブランコを馬鹿みたいに無茶苦茶漕ぐ奴、意味もなく芝生の上で何度もでんぐり返しをしている奴、壮大に転んで泣きじゃくっている奴。そしてそれを宥める奴と、笑う奴。


 思わず交ざりたくなってくるほど、そこには無垢な笑顔が零れている。


 だが、その中で一人、輪に入らず、隅っこでじっと空を眺めている子供がいた。この中ではかなり大きい。おそらく俺より一つか二つ下くらい。木陰で、まるで自分はこの世界に存在しませんとでも言うように、存在感を消しているが、それがむしろ俺の目に留まった。


 真っ白な髪の毛に、白皙の肌。そしてかなりの美少年。ふと、美少年がこちらに視線を向けたので俺は慌てて目を逸らす。何をしているんだ俺は。片思い中の女子か。かぶりを振って、俺は再び走り出す。

 

 孤児院で、こいつらを幸せにしてやりたいなんて思わず足を止めてしまったなんて、俺らしくない。


 むしろ俺は孤児院が必死で集めた寄付金を盗んでそれを使って腹一杯飯を食ってそのゲップを孤児院の子供に向かって吐き出すくらい、クレイジーな人間だったはずだ。


 一体、何が俺をこんな平和ボケした腑抜けた人間にしてしまったのか。頭脳明晰な俺はその答えを即座に導き出す。


 そうだ。それはルールだ。規則だ。法だ。


 そんなのがあるせいで、俺はつまらない人間になってしまった。抗わなければ。戦わなければ。何と? それは明日考えよう。とりあえず、今は憧れの騎士になるために頑張るぜ。


 それにしても、あの美少年は不思議な奴だった。何か、他の奴とは違う、そんな感じがした。


 物憂げで悲しげで、それでいてどこか品を感じさせるあの暗く澄んだ雰囲気。あいつは一体、どうして孤児院にいるのだろうか。まあ、知りたくはないけど。


 だってどうせ、重い話になるんだもの。俺はそういうのは苦手だ。すぐに涙が出てきてしまう。しょっぱいしょっぱい涙が。止め処なく。


 俺は走るのを止める。さすがに、全力で走り続けているのでしんどくなってきた。それに、一旦学校に戻ってあの卵教師にもう一度試験について説明させなければ。


 せっかく手に入れたチャンスを、無駄にするわけにはいかない。試験はいつ、そしてどんな内容なのか。準備期間はどれくらいあるのか。最低でも一カ月は欲しい。


 内容は喧嘩だったらいいのに。何でもありの喧嘩なら負けない自信がある。魔法はなしで、一対一で。


 ふと、俺は建物の壁へと大量に貼られた紙の存在に気付く。そう言えば、走っている最中、常に視界に入っていたな。なんだと思って近付いて見てみると、なんとそれは試験に関しての通知だった。


 よかった。学校に戻らなくて済んだじゃんラッキーと思った次の瞬間、俺は固まった。


 試験は、明日の朝だった。


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