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二十七話『勇者、わたくし』~王様の命令~


 外が暗くなると、宮殿の中はまるで昼間とは別の建物のように、その雰囲気を淑やかなものに変える。


 ラハットは昼の宮殿も嫌いではないが、ことに夜の宮殿は一入趣深く、歩いているだけでどこか心が落ち着いて好きだった。


 シャンデリアのない廊下は程好い暗さで、心の弱さがよく見える。夜、ここを歩いている時は自身の穢れと向きあうことが出来る。それはラハットにとって、とても有意義な時間だった。


 玉座の間へと赴くと、王は既に鎮座し、その脇には大臣が控えていた。ラハットは「お呼びでしょうか」と胸に手を当てて跪く。王は「うむ」とラハットを見定めるようにじっと見つめた。


「そなたにやって貰いたいことがある」

「やって貰いたいこと、ですか?」


 王は大臣を見ると小さく頷いた。大臣は一歩前に出てラハットを見下ろす。


「ある人物の護衛を頼みたい」

「護衛、ですか?」

「ああ。……オルデルス家は知っておるな?」

「はい。勿論、存知上げております」


 このグシウムにおいて、オルデルス家の名を知らない者はいない。オルデルス家はこのグシウムにおける遠隔地貿易の中枢を担う貴族で、その財力は王室の半分にも上るとも言われている。


 オルデルス家は元々、グシウムで毛織物を売る名もない商人だった。だが、その確かな商才を以て着実に財を為すと、いつしかグシウムの貿易ギルドを束ねる大商人となった。


 やがてオルデルス家はグシウムの運営において無視することの出来ない存在となり、その富豪としての地位を確立していった。


 そんな時、隣国が攻めてくるという事態が起きた。当時、魔物という未知なる存在の出現に各国が混乱していた時期で、その期に乗じて戦争を仕掛ける国が多発していた。


 魔物への対策に兵と財を投じていた最中、他国からの攻撃にラウス帝国は大打撃を受け、国は突如として危機的状況に陥った。そこで王が頼ったのが、オルデルス家だった。


 オルデルス家は王に対して多大な戦費を支援し、それによって傾いていた戦況は立て直され、やがて戦争は勝利に終結した。


 その後、王はオルデルス家の貢献を高く評価し、当時のオルデルス家当主にオルデルス地方の領土と伯の爵位を与え、オルデルス家は商人から、王室が公的に認めた貴族となった。


 それからも王は西部にあるオルデルス家の領有権を認め続け、オルデルス家は子息、息女を王の下へと奉公へと出す。王室とオルデルス家はそうした密接した関係を百年近く保ったまま、今日に至っている。


 大臣は少し間を溜めたあと、その眉に力を入れた。


「オルデルス嬢の護衛をお主に任せたい」

「ルイン様、ですか?」

「ああ。知っておったのか」

「ええ、勿論です。しかし、護衛とは?」


 大臣はほんの少し苦い表情を浮かべたあと、わざとらしく真剣な眼差しを作ってラハットに向けた。


「オルデルス嬢に、勇者の素質が見られたのだ」


 勇者の素質。ラハットは唾を飲み込んだ。訊きたいことが山のように浮かんできたが、そのうち、最初に出てきたものがそのまま言葉となって出た。


「では、一年前に旅立った彼はどうなるのですか?」

「勿論、あの少年にも期待はしておる。しかし、勇者が一人とは限らん。そこで魔王について調べさせておったところ、東の大陸でとある古い書物が発見されたとの情報を掴んだ」

「古い書物……ですか」


 大臣は神妙に頷く。


「ああ。なんでも、かつての有名な呪術師が残したものだそうでな。その書物にはなんと未来の出来事が予知されておるのだ。これまでその予知が外れた試しはなく、その中には魔物の出現と魔王の存在、そしてそれを聖なる剣によって撃滅する勇者の出現までが認められておったそうだ。『良家に生まれ、翡翠色の瞳を持つ少女、菫色の長い髪をたゆたわせて魔王を討つであろう』とな」


 ラハットは眉をひそめる。


「でも、それが本当なら、黒髪の彼の旅は無駄ということになるのでは?」

「本当なら、な。無論、陛下もその書物に記されている予知を全て信じておられるわけではない。しかし、無視することも出来まい」

「要は、念のため、ということですか?」


 上目で大臣と王を見たラハットを、王は鋭利な眼差しで見返した。


「まあ、そういうことだ。わしは国の平和と正義のために、打てる手は全て打つ。それは一国の王として当然のことだとは思わんかね?」


 ラハットは目を開いた。王は国民のことを考えて動いている。一体、そこになんの疑念の余地があるのだろうか。


 ラハットが「当然であります」と淀みなく答えると、王は満足そうに顎髭を触った。


 だがもう一つ、ラハットには気になることがあった。


「しかし、そのことをオルデルス家には?」

「当然、伝えておる」


 大臣が言下に答えた。


「付き添い人をつけて今すぐにでも旅に向かわせるとの返事を受け取っている。しかし、全てをオルデルス家に一任するわけにはいかない。我々にも面子があるからな。故に、ラハット、お主を王室からの護衛として、その旅に同行させたいのだ。ぜひその正義と力を以て、オルデルス嬢を守ってやってはくれまいか?」

「かしこまりました。このラハット、命に代えても御息女をお守り致します」

「お主ならそう言ってくれると思っておった。では、頼んだぞ。出発は二日後の明朝になる。必要なものがあれば、遠慮なく申し上げるがよい」


 王はラハットにそう伝えると、大臣と目を合わせて頷き合った。ラハットは一礼し、玉座の間をあとにした。


 生温かい夜風が肌を撫でる。ラハットは月明かりに照らされる中庭へと出て、噴水の傍に腰を下ろした。少し、頭を落ち着かせたかった。


 魔王を討伐する勇者の存在。


 もしも魔物が人間を滅ぼす存在であるのなら、魔物を滅ぼすのも人間だ。だが、それが出来るのは神に選ばれし者、勇者のみと言われている。


 ならば、その勇者の命は何としてでも守らなければならない。勇者を守ることは、国を、世界を、そして未来を守ることなのだから。


 あの彼がグシウムを出ることになった時、ラハットは王に懇願するつもりだった。ぜひ自分も同行させて欲しいと。しかし、奇しくもタイミングが合わず、それは叶わなかった。


 だが、それは運命がこの時のことを見越していたからではないのか。


 人には運命がある。運命とは、生きる意味である。ルイン・オルデルスを守ることが、ラハットに与えられし役目であり、ラハットがこの世に生を受けた意味なのではないか。


 そのために剣を持つのではないのか。


 ラハットは空を見上げた。


 神の声が聞こえる。


『ラハットよ、正義を貫け』


 ラハットは立ち上がり、星に、神に手を伸ばした。


 ああ、神よ。偉大なる神よ。こんな自分などに天啓の導きを与えてくださり、ありがとうございます。ラハットは祈った。胸の前で手を組み、跪き、祈った。足りない。もっと祈りを。神に祈りを。


「おい、ラハット」


 ラハットの視界に、靴の先が見えた。ラハットは徐に顔を上げる。そこには、呆れた目でラハットを見下ろすロビンが立っていた。


「こんなところで何やってんだ?」

「神に祈っているのさ」


 ロビンはラハットに手を差し出す。ラハットが受け取ると、ロビンは力一杯引いて、ラハットの身体を起こした。そして、ラハットの服についた土を取り払う。


「神に祈るのは構わないが、聖堂でやれよ。召使いの女の子達が、中庭に不審者がいるって怖がっていたぞ」


 ラハットはロビンの顔をじっと見返し、そして反省した。


「そうか。それは申し訳ないことをした」

「はいはい。神への懺悔はもういいから、さっさと帰るぞ」


 ロビンは深い溜息を吐くと、踵を返して歩きだした。ラハットは小走りで、ロビンの隣に並んだ。



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