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二十六話『勇者、わたくし』~ラハットは祈る~


 ラハットは階段を上がると、見張り塔へと向かった。


 見張り塔の最上階にはその名の通り、外を見張っている背の高い衛兵がいる。騎士ではないが、志を共にする仲間だ。


 ラハットは全力で階段を駆け昇り、屋上へと出ると、兵士のルーカが、目を擦りながら振り返った。


「なんだ、ラハットか」

「やあルーカ。元気にやっているかい?」

「ああ、見ての通り元気さ。そしてとても暇だ」


 ルーカはラハットに身体を向けて大きな欠伸を見せる。どうやら、眠いようだ。よく見ると、目の下の隈も濃い。


「見張り役、私が替わろう」

「いいよ。騎士様にそんなことをして貰ったら罰が当たる」

「いや、以前、キミに忘れ物を兵舎まで届けて貰ったことがある。その恩義を返さずして、私は神の前で騎士を名乗ることなど出来ようものか」


 ラハットは半ば強引に、ルーカから見張りの仕事を引き受けた。ルーカは溜息を吐くと、諦めた様子でラハットの隣に並んだ。


「相変わらず、過剰な騎士道と神への忠誠心の下に生きているんだな。そこまで人のために生きなくても、神様は怒らないと思うが」

「過剰? 私は私の思う正義の下に生きているだけだ」

「それが過剰だって言っているんだよ」


 ルーカは嘆きの息を吐いた。ラハットは、先程気になった言葉を拾う。


「それより、ルーカ。キミはさっき、私のことを『騎士様』と揶揄したが、」

「あー、わかったわかった。悪かった。つい口から出ちまったんだよ」


 ルーカに謝られ、ラハットは次に用意していた言葉を飲み込む。


「……わかってくれるならいいんだ。私は何よりも、身分の差というものが嫌いだ。どんな人間であっても、職業や家系によって優劣が決まることはない。全員が等しく、一人の人間なのだから」

「じゃあ、王様もか?」


 ルーカは悪戯な笑みを浮かべるも、ラハットは強く頷いた。


「ああ、勿論。人間が社会という集団を構成して生きる以上、立場の優劣は仕方なく存在する。しかし、それが個々の優劣に繋がるかどうかは別問題だ。陛下と私、私とルーカ、ルーカと市民、みながそれぞれ同じ位置に立ち、同じ高さで空を見上げる。それこそが私達人間のあるべき形だと、私はそう思っている」

「よくわからんし、ちょっと気味が悪い」

「すまない。キミの教養のなさを考慮していなかったよ。もっと噛み砕こう。一匹のウサギがいたとしよう、」

「ラハット。今、流れるようにすげえ酷いこと言ったぞ」


 ラハットはルーカを見た。ルーカは苦い表情でラハットを見返した。ラハットは慌てて頭を下げる。


「本当か? すまない。傷ついたのなら謝るよ。そんなつもりはなかったんだ。キミの気が済むなら、私の頬をその大きな手でぶってくれ」

「いいから。落ち着けって」


 ルーカに宥められ、ラハットは気持ちを落ち着かせた。友人に嫌な思いをさせてしまうなど、あってはならないことだ。これも全て己の不徳の致すところ。ラハットは何も考えずに放った言葉で友人を傷つけた自分を恥じ、猛省した。そして神に誓った。


 この贖罪は正義を持って為す。


「まーた神に誓ってんのか?」


 ルーカは心底呆れた様子でラハットの横顔を見た。


「ああ、勿論だ。キミを傷付けてしまった。自らの過ちは神に報告しなければならない」

「きっと神、もう聞いていないと思うぞ」

「どうして?」

「あまりに多いからだよ。『またお前か』ってなってる、多分」


 ラハットは声を上げて笑った。ルーカはとても冗談が上手い。自分にはそんな冗談、どれだけ頭を捻っても出てこないだろう。


 そんな二人の前に、一羽の海鳥が止まった。海鳥は首を傾げながら、ラハット達をじっと見つめている。ラハットはその海鳥を見て、ある話を思い出した。


「それより聞いたかい? サンアントという町で出た魔物の話」


 その話題に、ルーカはうんざりといった様子で顔をしかめる。


「ああ。そのせいで見張りをサボれない。いい迷惑だよ」

「空を飛ぶ魔物がいたなんてね。これで城壁があるから安心、とは言っていられなくなった」

「でも、その魔物が出てから一年、どこにも目撃情報はないんだろ?」


 ラハットは隊を為して飛ぶ海鳥を見つめる。そう、目撃情報はサンアントの町のみ。それ以降、空を飛ぶ魔物の姿を見たという報告はない。それ故、今ではその情報の真偽を疑う声まで出ている。


「その魔物、羽を大きく負傷したんだって」

「聞いたさ。それも、王様の遣いの者がやったんだろ」


 ラハットは彼のくるくるとした愛嬌のある髪を思い出す。目付きが悪く、態度も宜しくはない。試験後には、とんがり靴を履いた少年が彼に暴行されたと訴えてきた。


 だが、ラハットは気付いていた。彼の奥にある見せかけではない優しさに。


「ああ。立派さ。彼はきっと、この世界を救う勇者になる」

「勇者ねえ……」


 ルーカはどこか懐疑的な様子で、長い首を指で掻く。


「彼を信じていないのかい?」

「彼って、あの盾を持ち帰ったふてぶてしい奴だろ? あんなのが、本当に飛ぶ魔物を追い払ったのかね。それも中型を」

「一人ではなかったと聞いたよ。きっと、旅路でいい仲間に出会ったんだろう。火の魔法を使える女の子もついていったらしいし」

「ふうん。まあ、別にどうでもいいんだけどな。俺は」


 ルーカはそう言うと、壁に背中を沿わせて座り込んだ。そして手を頭の後ろで組み、休む体勢を取る。


「見張り、本当に任せてもいいのか?」

「ああ。日が暮れる頃に陛下のところに行かなければならない。それまでは私に任せて休んでいてくれ」

「助かるよ。じゃあ、ちょっくら夢の世界にいってくるわ」

「いってらっしゃい」


 数秒後に、ルーカはもう鼾を掻いて眠っていた。ラハットはくすりと微笑み、外の世界に双眸を細める。


 魔物。


 人間の平和と安全を脅かす醜悪な存在。その多くが謎に包まれた未知なる存在。しかし、確かなのは、人間を襲い、喰らい、殺しているということ。多くの人間を苦しめ、悲しませ、怒らせているということ。


 ラハットの脳裏に、遺された者達の顔が流れていく。いや、流していく。


 そう。魔物は悪だ。だから斬らなければならない。ラハットは自分にそう言い聞かせる。


 ラハットは厚くなった掌を見つめ、ぐっと握り締めた。


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