二十二話『勇者、俺』~小さな温もり~
その後、マカロンを拾い、俺達は出口の階段下に着いた。一階の明かりと一緒に、おそらく見張り兵だろう、会話の声が微かに聞こえてくる。俺は気弱な兵士に訊ねる。
「何人いる?」
「二人です」
「武器は?」
「それと同じ槍です」
二人で武器が槍なら、不意を突けばなんとかなるだろう。俺はマカロンと目を合わせ、頷き合う。俺が左でマカロンが右。レティと子供に作戦を伝える。
「俺とマカロンであいつらを始末するから、合図をするまでここで待ってろ。レティは、こいつが何かしようとしたら容赦なく燃やせ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ」
「なんだよ?」
「その、……殺さないでやってください」
俺は気弱な兵士の胸倉を掴んだ。
「勝手だな。俺達のことは殺そうとしていたくせに」
「こ、殺そうとしたんじゃない。罰を与えようと……」
「静かにしろっ」
マカロンに注意され、俺は手を離した。兵士は額に汗を滲ませながら、俺の目をじっと見返している。
ああ、胸糞悪い。仲間を想う道徳があるのに、どうしてこんなになっても誰も何も言わないんだよ。行動しないんだよ。よくわからん。俺もこいつらと同じ環境で育ったらこうなっていたのか?
いや、俺は断言出来る。少なくとも俺なら、疑問に思って、それが正しいかくらいは自分の目で確かめようとしていたはずだ。要は、こいつらはこいつらの立場に甘えていたんだ。こいつらだって、本当は気付いているはずだ。
俺は兵士の言葉には何も返さず、合図と共にマカロンと階段を駆け上がった。二人のうちの一人の見張り兵は「交代だな」と言いながら俺達の姿を見て瞠目した。
その瞬間、俺はそいつを、マカロンはもう一人の喉に手を伸ばし、そのまま一気に気絶させる。マカロンに教えて貰った技。
一度も実戦で試したことはなかったが、どうやら上手くいったようだ。俺はレティ達を呼んで階段を上がらせる。倒れた見張り兵達を見た弱気な兵士は青ざめた表情を浮かべたが、「気絶だよ」とマカロンが教えると、心から安堵した顔を見せた。
馬鹿が。俺だって人なんて殺したくないんだよ。お前達は麻痺しちまったのかもしれないが、普通はそうなんだよ。普通はな。
「じゃあな。ロバートにまたいつか来るって伝えておいてくれ」
俺は兵士を残して走り出した。四方を囲まれている中庭に出ると袋の鼠になりかねない。廊下を走り、そのまま門へと向かう。門の前には高圧的な兵士がいた。
高圧的な兵士は驚いた様子を見せながらも、足を開いて構える。その足は諤々と震えている。人数の差に怖気づいているのか、それとも剣を抜くことに慄いているのか。
俺が兵士へと突っ込むと、兵士は叫び声を上げながら素手で殴りかかってきた。そうか、許可がないから剣を抜けないのか。
俺は屈んで避けると、そのまま兵士の腰に手を伸ばして剣を抜いてやった。そのまま剣を兵士の首筋へと沿わせると、兵士は手を上げた。
犯罪が起きない町の兵士は、予想通り滅茶苦茶弱かった。
俺達の荷物を持ってこさせ、門を開けさせ、橋を下ろさせて兵士を解放した。兵士は何も言わず、俺達の背中を睥睨しながら町の中へと戻っていった。
俺達はサンアントから離れると、そこからしばらく歩いて岩場を見つけ、そこでようやく腰を下ろした。俺は溜息と共に嘆きの声を漏らす。
「まったく。とんだ災難だった」
「そうだな。俺もまさかサンアントがあんな町だとは思わなかったよ」
「命の恩人を捕まえて牢に入れるなんて、考えられないわ」
「命の恩人? オイラに何があったか聞かせてくれよ」
俺達三人は『オイラ』に視線を向けた。オイラは澄んだ瞳を丸くして、俺達をじっと見返した。
「げっ。お前、女なのかよ?」
「女だよっ。どう見ても女だろうに」
まあ言われてみると、確かに顔の作りは女の子だ。ぼさぼさの髪と汚らしい恰好から、つい男だと思い込んでいた。
「じゃあ声はなんなんだよ、そのしわしわの声は」
「あの地下牢獄で風邪引いたんだよ。寒かっただろ、あそこ」
確かに寒かった。それに、よくよく見ればそこまで幼くもない。背丈から七、八歳くらいだと思っていたが、顔付きからするともう少し大きい。
「お前、何歳だ?」
「オイラ? 今、十一歳だよ」
酷い恰好のせいで、いまいち本当の姿がわからない。俺はなんだかこいつが可哀想になってきた。
「……なあマカロン、このあたりに川があるよな?」
「ああ。ここからすぐだ」
「じゃあ、川でこいつを洗って髪を切って、次の町で新しい服を買ってやろう。そのあと、孤児院か教会に預けよう」
オイラは俺の服を掴んでぶんぶんと首を振る。
「やだよ。オイラも旅に連れていってくれよ」
「駄目だ。俺は、四人目の仲間は可愛くて巨乳でおしとやかでそして強い女戦士と決めているんだ。子供は指でもしゃぶってブランコ漕いでろ」
「嫌だよ。オイラ頑張ってなるからさ。その巨乳の女戦士に」
「残念。巨乳は神様がくれるものだ。顔からして、おそらくお前は貰えない」
俺がきっぱりと現実の厳しさを教えてやると、オイラの目が次第に潤み始めた。オイラは下唇を噛み、そして長い下睫毛を涙が越える。
「最っ低ね」とレティの凍えるほど冷たい声。「子供を泣かしちゃいかんな」とマカロン。俺は二人から非難の目を向けられ、さらに目の前ではオイラに泣かれ、どうしていいのかわからなくなって狼狽する。
くそっ。これだから子供は嫌なんだよ。子供、しかも女の子に泣かれたら、どんな理由があっても年上の男は折れなきゃいけないじゃねえか。
「……あー、わかったわかった。連れて行ってやるよ。その代わり、どんな目に遭っても知らないからな」
「本当に? よっしゃー」
レティとマカロンに異論はないだろう。早速四人で川に向かい、レティがオイラの身体を綺麗にし、髪も切った。服は次の町までは仕方ない。
少し離れた場所でマカロンが全裸で水浴びをしていたが、誰もそれについては触れなかった。とりあえず、俺も軽く汚れを落としておく。
髪を切ったオイラが、俺の元に来て身体を一回転させる。
「どう? スッキリしただろ」
「ああ。でも、前髪切りすぎなんじゃないのか? 真っすぐになってる」
「本当に? あ、だからレティ、切った時に笑ったのかっ」
それにしても、よほど前が酷かったらしい。髪を切って汚れを落としただけで、随分とオイラも女の子らしくなった。
あと変えたいのは服装と話し方だな。まずは、『オイラ』をやめさせなければ。
「そういえばお前、両親は?」
「オイラが小さい時に、町から出て行っちゃった」
「お前を置いてか?」
「うん。だからあんまり覚えていないんだよね」
オイラはそう言って首を傾けて笑った。俺は笑顔で胸を締めつけられるという人生初めての感覚を味わう。
「そうか。……会いたいか?」
「うーん、どうだろ。よくわかんないや」
「そういや、お前の名前は?」
「オイラの名前? ヘレネだよ」
ヘレネか。短くて覚え易い名前だ。俺はヘレネに手を差し出す。
「俺はカモノモリマロ。まあ、宜しくな」
「おう、宜しくな」
ヘレネは小さくて柔らかい手で、俺の手を握り返した。その手はとても温かく、なぜか離してはいけないような、そんな気がした。




