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二十一話『勇者、俺』~脱獄~

「おーい。大変だー。おーい」


 牢の中からあいつがそう叫ぶと、やがて気弱な兵士がやってきた。兵士は牢に近付き、隅で蹲るあいつに「どうした?」と声をかける。


 俺は暗がりからそっと兵士に近付き、後ろから口を塞いでその手から槍を奪った。そして槍の刃先を兵士の喉元に突きつける。我ながら一切の無駄のない、流れるような動きだ。


「はいお疲れー。俺の仲間たちの元に案内してちょーだい。大声出したら刺しちゃうからね。いい子にしてようねー」


 口からそっと手を離し、兵士の背に槍を当てて、俺は兵士の後ろにつく。「はい歩く」と兵士を促したところで、「こらっ」と牢の中。


 あ、忘れてた。


 俺は兵士に指示を出して開錠させる。見ると、牢から出てきたのは老人ではなくて子供だった。腰が曲がっていたのではなく、極端な猫背だったのだ。


「約束通り開けたぜ。もう出て行っていいぞ」

「オイラもついていくよ。どうせ入り口の見張りにオイラだけじゃ勝てないし」

「あっそ。まあ勝手にしろよ。いざという時は見捨てるからな」

「オッケー。わかっているさ」


 そして、俺と兵士と子供は三人で地下を進んだ。どうやら俺が入れられていたのはまだ外から近い場所だったらしく、かなり奥まで牢は続いている。


 何より驚いたのは、広さも勿論そうだが、囚人の数だ。相当な数の牢があるにも関わらず、中には一つの牢屋に数人まとめて入っているところもあった。


 一体、この地下には何人の人間が捕らえられているのだろうか。それにやけに臭い。奥に進めば進むほど、汗と排泄物とその他諸々の臭いが混ざったような、そんな悪臭が立ち込めている。


 俺は兵士に訊ねる。


「ここには、どれだけの人間が捕らえられているんだ?」

「……具体的な人数は把握していません」

「はあ? お前らが捕まえたのに?」

「始めのうちは数えていましたが、あまりに数が多いので数えなくなりました」

「まあ、住民の三分の二は地下にいるから、相当な数だよ」


 子供が頭の後ろで手を組みながら淡々と言った。


「三分の二が地下って……、じゃあ地上に住んでいるのはたった三分の一なのか?」

「悪循環ってやつだよ。ガンガン住民を捕まえて牢屋に入れるでしょ。そしたらそれの管理にお金がかかる。そのお金は住民から徴収する。住民達は困窮して犯罪に手を染める。そしたら捕まって住民が減り囚人が増える。で、管理により一層のお金がかかる。それをまた残った住民から徴収する。その繰り返しさ」

「じゃあ、いずれ住民がいなくなるだろ。そしたらロバートが困るんじゃないのか」

「そう。だから囚人をまともに管理しなくなったんだ。それがこの臭いさ」


 子供は鼻を摘まんでみせた。掃除をせず、狭い牢に何人も入れて管理もしない。子供の骨に皮を貼りつけたような身体を見るに、おそらく食事もろくに与えられていないのだろう。


 目の前を歩く兵士は、黙々と足音だけを響かせている。この子供の言葉を聞いても、こいつは何も感じないのだろうか。


「でも、そんなロバートの勝手を住民は黙っていたのか?」

「いや、違う。伯爵は確かに傲慢で自分本位な人だけど、この町のルールを作ったのは伯爵じゃない。住民達だ」

「どういうことだ?」

「そのままの意味さ。この町の法も、昔はどこにでもある普通のものだった。しかし徐々に住民達は感情的になり、伯爵に規制の厳罰化を求めた。一度厳罰化や規制が為されるとそれを戻すのは難しい。それが長い年月をかけて積もって、今の形になった。だから伯爵が個人で決めたことじゃないし、本気で嫌な者たちは町から出ていって、アロニアという町を作った」


 そういうことか。俺はアロニアの髭のおじさんの言葉の意味を、ようやく理解することが出来た。


『全て住民達の選択の結果さ』


 ずっと引っかかっていた。その地域を治める人間がしっかりと法を作れば、アロニアのような町は生まれないのに。


 しかし、それは違った。


 領主は、ロバートは、法を住民達の赴くままに作らせたのだ。その結果生まれたのが、無法の町と規制の町。


 どちらも対極にある町なのに、どちらも自由を謳っている。いや、自由を目指していると言った方が正しいか。俺が見た限り、どちらの町にも自由などないのだから。


 自由を求めてグシウムを出たはずなのに、俺はどんどん不自由になっている。


 自由ってなんだ。刺激ってなんだ。


 俺はどうして今、こんな人間の腐った臭いのする薄暗い廊下を、こうして人間に槍を向けながら歩いているんだ。本当なら今頃、母ちゃんの作った飯を食って、ベッドの上で明日は何をしようかと考えている頃なのに。


 俺が求めていたのは、本当にこれなのか。


「……着いた」


 ある檻の前で兵士が足を止めた。牢の中では、レティが膝を抱えてしくしくと肩を震わせている。


 俺は「レティ」と小さく名前を呼んだ。


 レティは顔を上げると、「……モリマロ」と俺の名前を呼んで声を上げて泣いた。


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