二十話『勇者、俺』~牢獄~
俺は地下に連れて行かれ、牢に閉じ込められた。
円柱型の狭く暗い空間。粗雑に紡ぎ合わされた石の煉瓦の壁は酷く無骨で、やけに冷たさを感じさせる。いや、実際にかなり気温は低く、特に藁が敷かれただけの足元はとてつもなく冷えた。
兵士は俺を閉じ込めると、鉄格子の扉に鍵をかけた。よく見ると、それは俺が助けてやった兵士だ。恩を仇で返すなんて言語道断。
しかし、このまま返すわけにはいかない。俺は去ろうとする兵士を「おい」と呼び止めた。
「別にお前に恩を売ったとは思ってねえから、一つだけ教えろ。他の二人も捕まっているのか?」
気弱そうな兵士は周囲に誰もいないことを確認すると、小さく頷いた。
「そうか。俺達はどうして捕まった?」
「……あなたは強奪、お連れの男性は器物損壊、女性は放火です」
「俺達はこれからどうなる?」
「この町のルールに則り、厳格な罰が与えられます」
兵士はとても小さな声でそう答えると、踵を返した。
おそらく、俺の質問に答えるのはルール違反だったはずだ。あの感じからして、あいつなりに勇気を振り絞って答えてくれたのだろう。まあ、それでも許さないけどな。
俺はとりあえずその場に座って考える。
まずいことになった。
まさか捕まるとは。常識で考えると捕まらないはずなのに捕まったということは、きっとこれからも通常予想されるような展開で物事は進んでいかないだろう。
一番望ましいのは、なんとかして王様がこのことに気付いて助けてくれること。まあでもそれは無理。だって全員捕まったから。
次点で町からの強制退去。その可能性も低い。ロバートは俺達の告げ口を恐れるだろうからだ。
そしてその読みは当たっている。もしここから出られたら、俺は王様にサンアントを完膚無きまでに潰して貰うよう手紙を送るつもりだ。俺もそれに同行して滅茶苦茶に暴れ回ってやるところまで既に見えている。
それから色々考えたが、やっぱり殺されるんだろうなという結論に達した。だって俺がロバートなら間違いなく殺すもん。
理由なんていくらでもつけられるし、なんなら死体を水面下で処理しちゃえば、そもそも俺達がここで死んだことすら露呈しないかもしれない。
俺は溜息を吐き、じっと壁を見つめた。マカロンとレティも、きっとこの地下のどこかで途方に暮れているんだろうな。
まあ二人とも勝手についてきたから、俺のせいではない。自業自得でもないが、きっと日頃の行いが悪い三人が集まった結果、こうなったのだろう。
そう考えると、やっぱ神様っていたんだなと思わされる。正直、絶対いないと思ってたぜ。ごめんよ。
レティ、やっぱエロいことされてんのかな。そう考えて俺はかぶりを振った。いや、むしろ下心でレティに近付いた兵士は可哀想だ。
だって、俺とマカロンは牢に閉じ込められたら何も出来ないけど、レティは違う。あいつにはバーンがある。もし暖かく香ばしい風がここまで届いたら、きっとそういうことなのだろう。
レティは見境のない女だ。可能性は大いにある。寒いからちょうどいい。やるなら早めにお願いしますよ、レティさん。燃やしちゃいましょう、レティさん。
しかし、ネズミの足音一つしない牢獄には静謐が漂い、まるでこれまでの人生を振り返る時間を与えられているようだ。
これまでの人生ね。どうだろう。俺はこれから先どうやって生きていくかはよく考えるが、これまでの人生について考えたことはなかった。
ただずっと狭い世界の中にいるのが退屈で、不自由で、刺激のある人生を送りたい。そのことばかり考えていた。そしてこの数日で俺の人生は激変した。
これまでグシウムを出たことがなかった俺が外の世界へと出て、中型の魔物を二匹も退治し、理不尽な世界を見て、仲間を増やし、そして牢獄にぶち込まれておそらくこれから殺されるなんて、こんなパンチの効いた刺激のある人生を、一体誰が予想していただろうか。
俺はグシウムを思い出す。
陽光は海面を煌びやかに彩り、海鳥達は歌いながら空との距離を教えてくれる。住民達はその心にある温もりを持って町の活気を煽り、兵士達は強さを持って正義を貫く。
なんてことは一切なく、思い出されるのは磯と酒と金と喧騒。でも、それがいい。あの場所では、人間達が人間らしく逞しく生きていた。
王様は約束を守ってくれただろうか。母ちゃんとそのオマケの親父、そして悪友ジョウのことをしっかりと見てくれているだろうか。
ジョウ。
ジョウの顔と共に、俺はあることを思い出した。
服の中に手を突っ込む。懐に入れておいた、ジョウから貰ったお守りの小袋。
すっかり忘れていた。
俺はそれを掌に置いて眺める。中身はもうわかっている。その重さとジャラジャラと鳴る音から察するに銀貨だろう。『困ったら開けろ』なんて言っていたくらいだから、きっと貯めていた小遣いでも奮発してくれたに違いない。
どうせ死ぬのだから、どれくらい入っているのか確かめてやろう。そう思って袋の中身を掌に開けた俺は、思わず首を傾げた。
何だこれ。
鉄の塊。十字型のペンダントか。それにしては大きいし、棒の先端の形がそれぞれ歪だ。もしかしてジョウ自作のペンダント。正直ダサイ。
技術はあってもセンスがないんだよなあいつ、と俺は親友のアンバランスな才能を嘆きながら、朧気に浮かび上がるそれに気が付き始めていた。
ジョウ。ペンダント。十字。棒。先端。歪。親友。窮地。職人。鍵屋。
まさか。
俺は飛ぶように立ち上がり、鉄格子に近付く。鍵。あった。俺は十字の棒の先端を一つずつ差し込んでいく。
違う。違う。違う。ガチャリ。
棒の先端と穴の大きさは異なるにも関わらず、指先がその感触を掴んだ。ゆっくりと回すと、錠前が外れて床へと落ちた。
まじかよ。開いたよ。凄いよジョウ。
俺は十字架の鍵を見つめる。卓越した技術は時に常識を超えることを学んだ。しかし、これで色んな場所に入りたい放題じゃないかやったぜ。
俺は牢を出ると、壁に手を這わせながら狭い廊下を進んだ。外に出る前にレティとマカロンを見つけ出して助けなければ。
しかし、曲がり角が多く入り組んでいて、おまけに暗いのでどこに向かっていいのかわからない。来る時も目隠しをされていたので道程も覚えていない。
声に出して呼びたいが、そうすると兵士も来てしまう。この狭い通路ではろくに戦うことも出来ないので、兵士との接触は避けたい。
慎重に進んでいると、突然、「おい」と声をかけられた。
俺は身体を小さくして立ち止まる。どこから声をかけられているのかわからない。「こっちだよ」と言われて、ようやく声の主を見つけた。
その声は牢の中から発せられていた。マカロンでもレティでもない。やけに嗄れた声。姿は暗くてよく見えないが、酷く腰が曲がっているのだけはわかった。老人だろうか。
「お前、衛兵じゃないな」
「捕まっていたからな」
「牢から出たのか。どうやって?」
「鍵を持っている」
「鍵? どうしてそんなものを持っている?」
「いちいち説明している時間はない。じゃあな」
俺がそう言って歩き出そうとすると、「ちょ、ちょっと」と慌てて止められる。俺は眉間に皺を寄せて「なんだよ」と振り返る。
「オイラを出してくれ」
「やだよ。増えるとバレる可能性があるだろ」
「いや、逆だ。オイラはここから出る道を知っている」
「どうして?」
「入れられた時に感覚で覚えたから」
「じゃあ、俺の他に今日捕まった奴が二人いるんだが、そいつらの場所はわかるか?」
「わからないけど、闇雲に探しても無駄だぞ。ここの地下牢はかなり広いんだ。探している間に、迷子になるだろうよ」
俺は声の主に身体を向けた。俺の質問に対して『わかる』と言わなかったということは、適当な奴ではないらしい。
「どうすれば探せる?」
「まず、どういう状況なのかを教えてくれ」
俺が事の顛末を説明すると、牢の中の人物は「うんうん」と頷いた。
「それならきっとバラバラに入れられている。この東エリアにあんたが入れられたのなら、二人は他のエリアだ。成人の女は北エリアに入れられる。男はわからないが、慎重な兵士達の性格からすると、あんたから最も遠い西エリアに入れられた可能性が高い」
「どうしてそんなに詳しい?」
「だってオイラ、この町の元住民だもの」
そういうことか。納得。
「それで、お前はこの迷路を進めるのか?」
「出口まではね。それ以外はさすがに知らない」
馬鹿正直な奴だな、と俺は呆れる。ここで知っているとでも嘘を言えば、俺に出して貰えるとは考えなかったのだろうか。
それにしても困った。この入り組んだ中、あの二人を探すのはかなり大変みたいだ。
どうする。考えろ俺。迷わずに二人を探す方法。少し考えると、俺は至極簡単な方法を閃いた。
そうか。そうすればいいんだ。
俺は檻に近付く。
「お前を出してやる」
「本当に? やったっ」
「だが、条件がある。今から俺が言う通りにしろ」
目の前の暗い影が唾を飲み、ゆっくりと頷いた。




