十九話『勇者、俺』~まさかの戦闘~
「おい、起きろ。起きろって」
身体を強く揺すられて俺は目が覚めた。視界に飛び込んできたのは、マカロンのおっかない顔。ツルツルのくせに彫りが深いから妙に威圧感がある。
鐘が短い間隔で鳴り響いている。そう言えば飯を食っていい時間が決められていたな。もうそんな時間か。窓の外を見ると、既に日が落ちて暮色に染まっている。どうやら俺は結構な時間、椅子に座ったまま眠ってしまったようだ。
「何してんだ。早く来いっ」
マカロンの様子がおかしい。どこか逼迫した雰囲気。目を擦ってよく見ると、レティも不安気な面持ちで窓の外を眺めている。
何かあったのか。
俺は椅子から立ち上がり、窓辺へと向かう。そして水をかけられたように目が覚めた。窓の外に魔物がいるのだ。それも、またしても中型の魔物。
マカロンは「行くぞ」と扉を開けて外に飛び出す。俺はレティに「ここにいろ」と一言伝え、マカロンに続く。
町には悲鳴が轟いていた。逃げ待とう住民達と、どの獲物を狩ろうかと見定めている様子の中型の魔物。
アロニアで戦った魔物とは違い、青色の体毛に全身を覆われていて、さらに姿勢が他の背中が丸まっている魔物とは少し違う。直立とまではいかないが、妙に背筋が伸びている。
しかし、どうして魔物がこんなところにいるのだろうか。ここの城壁はグシウムほどではないが、それでも相当な高さを誇っている。とても脚力が強いからと言って、魔物が跳び越えられる高さではないはずだ。
だが、現に魔物はこうして城の中に入り、今、目の前にいる。
一体、なぜ。
その時、魔物がばっと腕を広げた。とても太い腕。いや、違う。俺がその違和感に気付いた次の瞬間、魔物は大きく腕を広げて羽ばたかせた。それは、羽だった。まさかこの魔物、空を飛べるのか。
まさかもまさか、魔物は宙に浮くと、そのまま羽ばたいて家のベランダで見物していた住民を足で掴んで持ち上げた。
まずい。
俺がそう思った時、マカロンが近くの家の壁を壊し、石の破片を魔物に向かって投げつけた。石は見事魔物の顔に当たり、掴まれていた住民は魔物の足から離れて地面に落ちた。住民は足を引き摺りながらも、なんとか家の中へと逃げ込む。
「ナイス、マカロン」
「当たり前だ。それより集中しろ。来るぞ」
どうやら魔物は石を当てられたことに立腹しているらしく、猛って羽をぶんぶんと上下に激しく動かしている。
その時ふと、俺は回廊の柱の陰に隠れるようにして立っている兵士達を見つけた。俺が「見てないで加勢しろっ」と叫ぶと、兵士達は悪事が見つかった子供のように慌てだす。
俺は兵士達に近付き、高圧的な兵士を睨み上げた。
「お前ら住民が襲われているんだぞっ。なぜ戦わない?」
「……許可が下りていない」
「許可?」
俺はあまりに予想外な理由に、鼻から抜けるような声が出た。しかし、兵士は大真面目に頷いた。
「ああ。ロバート様の許可証がなければ、剣を抜いてはならない」
「その許可証は?」
「今申請している。ロバート様は入浴中だ。出てくるまで待たなければならない」
「馬鹿かっ。さっさと摘まみだして許可させろ」
「規則違反だ。何事、何人であってもロバート様の入浴を邪魔した者は罰せられる」
俺はじっと高圧的な兵士の顔を見つめた。兵士は俺を見返す。俺にはわかる。こちらを見てはいるものの、その瞳は真っすぐではない。
揺れている。きっとこいつも、それが間違っていることに薄々気付いているはずだ。本当に守らなければいけないものが、何であるかも。
すると、飛んでいた魔物が突然、こちらに向かってきた。兵士のうちの一人が、魔物に襲われる。「おいっ」と俺は高圧的な兵士に詰め寄る。高圧的な兵士は目を泳がせ、小さく呟いた。
「……許可が下りていない」
俺は諦めた。この時間が無駄だ。俺は高圧的な兵士の脇から剣を拝借すると、魔物に向かって振り下ろす。
「待て、許可が」
「うっせえ」
許可と仲間どっちが大事なんだよ。目の前で今、魔物に仲間が襲われているんだぞ。俺はもやもやを全て腕に込めて、一太刀を魔物に浴びせた。
剣は魔物の羽をばっさりと切り裂き、魔物は慌ててその場から離れる。魔物が逃げた先は、俺達が入っていた宿の目の前。それも、窓の傍。魔物越しにレティの姿が見えた。あの距離なら届く。俺は叫ぶ。
「レティ、燃やしちまえっ」
俺の言葉の意図を即座に理解したレティは、窓の中から魔物に杖を向けた。魔物の足元の花壇から、炎が上がる。しかし、魔物に火がつかない。
そのあと、レティは何度かバーンを唱えているようだったが、その度にレティの周りのものが燃えていく。どういうことだ。どうして魔物が燃えないんだ。
そう疑問に思った時、「下がれっ」とマカロンが叫んだ。レティは慌てて後方へと下がり、魔物は窓から腕を伸ばしてレティを掴もうとする。
間一髪。マカロンの声が僅かでも遅れていれば、レティは引き摺りだされるところだった。
魔物の羽から、赤紫の血が大量に落ちている。羽が生え、体毛の色は違っても、口から出るニョロニョロと血の色は他の魔物と変わらないらしい。
俺は剣を握り直し、「借りるぞ」と高圧的な兵士に言った。兵士は何も言わずに、視線を地面へと落としている。俺は何も知らない、とそう言っているように見えた。
「行くぞっ」
俺はマカロンと共に、魔物に向かう。マカロンが魔物の注意を惹き、俺が隙を見て攻撃する。何度も小型の魔物で練習した俺達の連携パターン。アロニアでやった時に比べると、その成果は如実に表れている。
大きなダメージこそなかなか与えられないが、徐々に魔物の体力を削っていけている。やがて魔物は大きく後方へと下がると、暗い空に向かって雄叫びを上げて力を振り絞り、羽を動かして飛んでいった。
片側の羽が負傷しているからか、フラフラとバランスを失ってはいたが、やがてその姿は見えなくなった。どうやら負けを悟って逃げたようだ。
俺とマカロンはその場に崩れ落ちた。
極度の緊張と集中の連続。
短時間であっても、命を懸けた戦闘に奪われる体力と精神力は尋常なものではない。しかし、俺達はなんとか勝った。死者を出すことなく、魔物を退治することが出来た。
レティが宿から出てきて、俺とマカロンの肩に「お疲れ」と手を乗せる。レティにも人を労うという気持ちがあるんだな、と俺は新たな発見をする。
いや、もしかしたらレティも俺と同じで、この旅を通じて人間的にレベルアップしているのかもしれない。もしこれでレティがせめて普通の人間のような感覚と性格を持ち合わせることになったら、それこそ最強の女となる。
その時は俺からプロポーズしよう。そして毎晩、あんなことやそんなことをして、それこそバーンしようではないか。まずい、戦闘の興奮で神経が昂ぶっていて、よくわからない思考が芽生えている。でも悪くない。
近付いて来る足音。兵士達だろう。
たいそうばつが悪いに違いない。なぜなら兵士という身分であるにも関わらず、ぞんざいに扱っていた客人達に、本来ならば自分達の役割であるはずの住民を守るという仕事をこなされたのだ。
しかし、俺はそんなことをいちいち突っ込む心の狭い人間ではない。結果、死者は出なかったのだ。それでいい。俺はまた、ここで一つ大人になるのだ。レベルアップするのだ。
目の前に槍。俺は振り返って見上げる。兵士の一人が口を開いた。
「……あなた達を、投獄します」




