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十八話『勇者、俺』~自由の町サンアント~

 窓から差し込んでいた陽の光はとっくに位置を変え、風の向きも逆になった。


 どれだけの時間が経ったのだろうか。


 始めの方はちゃんと聞いていた話も、もう随分と前から自然の音に紛れて言葉として認識出来なくなった。レティに至ってはうつらうつらと船を漕いでいる。


 まあ、マカロンが真面目に聞いている様子なのでよしとしよう。一人が理解していれば問題はないはずだ。


 それにしても、よくこれだけの時間、淀みなく滔々と話し続けていられるなと感心する。教師の中にもいたが、どうやら自分が人に何かを教えているという行為そのものが好きな人間が少なからずいるらしい。よくわからん。


「……というわけだ。無論、一つでも違反した場合は客人とて罰を受けて貰う。それがここのルールだからな」


 終わったか。さあ、さっさと宿に行ってひと休みしよう。俺が立ち上がると、高圧的な兵士が「さてこれから」と嫌な言葉を吐いた。


「ロバート様と会って貰う。陛下の遣いの者ならば一言挨拶しておかねば面子が立たんとロバート様がそうおっしゃられている。ついてきたまえ」

「えー。挨拶なんていいって。『伯爵の野郎、挨拶もしやがりませんでしたぜ』なんて一々報告しないから。王様にはロバートが宜しく言ってたって伝えておくよ」

「ロバート様がお決めになられたことだ。変更は出来ぬ」


 あーもう面倒臭い町だな。いや、城か。どっちだ。どっちでもいいわ。マカロンを見ると、マカロンは肩を竦めながらも「郷に従え」と諦めている様子だ。


 まあ、揉めてここに滞在出来なくなったらそれは困る。俺は俺の大人な部分を引き出してぐっと我慢し、歩きだす兵士のあとをついていく。兵士は階段を上る。


「通行可能なのは一階の中庭、『町』部分とその周囲の回廊のみだ。地下、並びに二階に足一歩分でも侵入した場合、即刻牢獄の刑に処するので気を付けよ」

「今、二階の廊下を歩いているが」

「我々衛兵の同行時、二百四十二歩のみ二階廊下の通行が可能となっている」


 なんだよその中途半端な数字は。その時、レティが「キャッ」とらしくない声を出した。振り返ると、どうやら窓から吹きつける突風にスカートをめくられかけたらしい。


 レティは「こっち見んな」と赤ら顔で俺を睨みつける。俺はへいへい、と窓から空を見上げた。雲の移動が随分と早くなっている。海辺とはまた風の流れが違うので正確な予想は出来ないが、おそらくこれから天気は荒れるだろう。


 すると、兵士が振り返ってレティを見た。


「不埒な行為も牢獄の対象だ。気を付けるんだな」

「不埒って、今のは不可抗力だろ」

「回避出来たと判断された場合は牢獄の対象だ」


 淡々とそう言うと、兵士は前を向いて歩き出す。レティが「何よもう」と文句を吐くと、兵士は立ち止まってまた振り返る。


「この赤い絨毯から向こうは私語厳禁だ。咳、くしゃみは手で覆った場合のみ許され、屁とおくびは問答無用で牢獄の対象となる」

「なんだそれ。じゃあ、まさかしゃっくりも禁止なんて言うんじゃないだろうな?」

「しゃっくりは三回目までは許される。四回目以降、人に聞かれた場合はその回数分に応じて罰金が科せられる」


 俺は唖然としてしまい、何も言い返すことが出来なかった。皮肉で言ったつもりだったのに、まさか本当に制限があるなんて。


 文句を言いそうになったが、既に赤い絨毯の上を歩いていたので言えなかった。もやもやとしたものが、心の中に充満していく。


 あー、窮屈で苛々する場所だ。さっさと休憩してこんな町、出て行ってしまおう。


 やがて荘厳な扉の前に着くと、「失礼のないように」と兵士に念を押され、俺達は部屋の中へと通された。


 随分と立派な部屋。設えはほとんど王室のそれに近い。さすがに宮殿とは比べものにはならないが、それでも豪華絢爛、主の権力と自己顕示欲の大きさが窺える。


 一体、どんな奴が城主なんだろうか。そもそも、王でもないのにこんな城を構えるなんて、これは普通のことなのだろうか。ここにきて、勉強不足なんてものを実感している自分が嫌になる。


 で、主はどこよ。


「遠路遥々よく来たな。ようこそ、自由の町サンアントへ」


 声は椅子の方からしている。俺が目を凝らすと、玉座のような立派な椅子に、ちょこんと小さいおっさんが座っていた。


 かなり小柄なおっさん。そのくせ、態度だけはやけに大きい。足を組み、頬杖をついて見下すようにこちらを見ている。中途半端に生やした口髭がなんとも貧相で恰好悪い。


「儂がかの有名なサンアント伯爵、ロバート・スチュアートだ。……なんだ、その反応は。お前達、ここのルールを聞いていないのか? 儂の言葉に愛想良く反応しない者には罰金が科される。それに、どうして膝をつかない? 儂の前で膝をつかない者は牢獄の刑だ」

「はあ? あんた一体、」


 レティの言葉を、マカロンの大きな掌が遮った。一歩前へと踏み出していた俺の足も止まる。


 マカロンは「申し訳ございません」と呟くと、俺達に目を配らせて膝をついた。納得出来ない俺に、マカロンは小声で「言う通りにしろ」と伝える。その顔があまりにも真剣なので俺は不服ながらも言う通りに膝をついた。レティも小さく息を吐いて膝をつく。


 それを確認したロバート伯爵は「次はないぞ」と偉そうに吐き捨てた。


「お前達、魔王を倒す旅に出ているそうだな。ふんっ。面白いの。いるかどうかもわからん存在を探す旅とな」

「その前に、この大陸に眠る勇者の剣を探さないといけないんですけど、それについての情報を何か知っていませんか?」 

「お前に発言する権利はない。もし発言したければ挙手をしろ。儂が許可をすれば発言を認める」


 イライライライラ。


 まずい。元々俺はこういう輩が最も嫌いなんだ。思い切り髭を掴んで引き摺り回して踏み倒したい衝動に駆られる。


 いや、駄目だ。ここでこいつに手を出せば色々と面倒なことになる。俺は震える手をゆっくりと上げた。


 ロバートの野郎は鼻で小さく笑うと、「許可しよう」とこれまた偉そうに顎を突きだす。俺は何度か深呼吸し、怒りを鎮めようと努める。


「勇者の剣について、何かご存知ではありませんすか?」

「知らん」


 ロバートは言下にそう答えると、今度は小さく笑いだした。


「魔王に勇者の剣……。陛下は魔物などに臆しておられるのか。あんなの、ただの獣に過ぎんのに。あまりに平和ボケし過ぎて、本当にボケられたのではないだろうな。今、宮殿へと奇襲を仕掛ければ、王の座を奪えるかもしれんの」


 ロバートは高らかに笑う。地味に凄いことを言っている自覚があるのか、と俺は呆れた。


 もう怒りはなくなった。あまりの小物ぶりに、怒りを通り越して憐れみになった。


 うん。これでいい。こんなくだらない奴相手に、無駄なエネルギーを使う必要はない。だからマカロンは膝をついたのだ。俺は一つ、学んだような気がした。レベルアップしたのだ。


 そのあと、いかに自分が偉大な人間であるかという糞話に長々と付き合わされ、ようやく俺達は解放された。つまらない話ほど聞いていて疲れることは他にない。


 部屋を出ると、高圧的な兵士が立って待っていた。あんな奴の下についているのかと思うと、憎たらしいこいつに対しての怒りも自然とどこかにいってしまった。


 可哀想に。きっとお前より、グシウムの酒飲み漁師達の方がよっぽど楽しい人生を送っているぜ。


 やがて、階段を下りて俺達は中庭に通された。中庭と言っても、その広さはアロニアの町とほとんど変わらない。どうやらここは、町全体が城となっていて、住民はこの中庭部分に住居を構えているようだ。


 しかし、四方を城壁に囲まれているためにこの上ない閉塞感が漂い、昼間にも関わらずかなり暗い。何とも陰気な場所だ。異常なほどに細かいルールと合わせて、息が詰まりそうになる。


「お前達にはこの空き家を使用して貰う。家具の位置を変えないこと。窓は開けないこと。壁にもたれないこと。足音を無闇に立てないこと…………」


 兵士の説明が終わり、俺達はようやく入ることが出来た。簡素な平屋。ベッドが二つしかないのが気になるが、もうそんなことはどうでもよかった。


 それにしても、ただ泊まるだけなのに規制が多すぎる。


 『男女の性行為を禁ずる』からの『性行為』に該当する行為の説明なんて、馬鹿馬鹿しくて思わず笑ってしまったほどだ。よくあんな卑猥な内容を真面目な顔で淡々と説明出来たな、と感心したくらいだ。


 二人も相当疲れたようで、マカロンはソファーに、レティはベッドへと身体を落ち着かせた。ベッドは飛び乗ってはならず、ソファーも肘かけの部分に足を乗せてはいけない。そんなことで牢屋にぶち込まれると言うんだから、ここはどうかしている。


 俺は椅子の脚を床に擦らないよう、ゆっくりと引いて腰を下ろす。


「何が自由の町だよ。よく言えたもんだ」


 俺が吐き捨てるようにそう言うと、マカロンが顔をこちらに向ける。


「だが、アロニアとは違い、殺される心配も物を盗られる心配もない。ある意味では、ルールさえ守れば身も心も自由だ」

「なんだよ。お前はこんなのが自由だと思うのか?」

「いいや、こんなのは糞だ」

「そうだよな。でも、こんなのおかしいだろ。どうして王様はこんな町を放置しているんだよ。あんなチビ伯爵に好き勝手させて」


 するとマカロンは目を丸くする。


「何を言ってんだお前。こんなの当たり前だろ」

「え、そうなの?」

「ああ。地方ではそこを支配する領主が作ったルールが適用される。王と領主は直接的な主従関係でなく、あくまで契約的に依拠しているだけだからな。厳密に言えば、王に口出しする権利はない。よほど勝手なことをしていたら話は変わってくるかもしれんが」


 そういやアロニアの髭のおじさんもそんなことを言ってたっけ。俺はてっきり、この大陸にはどこかで線が引かれていて、その線の内側は全て王様が支配する領域、すなわち手紙が効果を発する区域であり、そこにいる間、俺は王様という権力に守られると思っていた。


 いや、実際ある程度は守られているのだろうが、そこまでの力はないということがわかった。ロバートの対応からするに、王様は近所の怖い兄ちゃん、くらいの軽い感じだ。


 俺達はとりわけ世話を焼くほどの相手ではないが、蔑ろには出来ない、といったところか。


「でも、よくここの住民は文句を言わないな。そんなガチガチの規制を敷かれて」


 俺がそう言うと、レティが仰向けのまま顔をこちらに向けた。


「ここで生まれ育ったから、それが当たり前だと思っているんじゃないの?」

「まあ、これだけ厳しいと犯罪は起きないだろうからな。治安だけを見ればこの町よりいいところはおそらくない」


 マカロンの言葉に、レティは手を左右に振る。


「あたしは御免だわ。いくら犯罪がゼロでも、こんな自由のない町」

「無法の町と規制の町、どちらも自由を謳っている。何を自由と取るのかという違いだろうな」

「極端なのよ、どっちも」


 俺はマカロンとレティの会話に耳を傾けながら、うとうととまどろむ。


 束縛もない代わりに身の安全の保障もない町、アロニア。


 狭い籠に入れられる代わりに犯罪の起きない町、サンアント。


 そして奇しくもどちらの町も自由を謳っている。


 自由ってなんだ。俺は自問する。


 俺が求めていた自由はこの二つの町にあったか? その答えはすぐに出た。どちらも俺が追い求める自由ではない。しかし、だったら俺が欲しい自由とはなんだ。


 いくら考えてもその答えは輪郭すら見えてこない。まだ俺に見つけるのは早いのか、それとも。


 遠くで鐘の音が鳴り響いた。グシウムの鐘の音とは違い、低いくせに重みのない空虚な音。その音は次第に遠くなり、やがて聞こえなくなった。


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