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十五話『勇者、俺』~おじさんは格好いい~


「いいんだよ。この町に住むとはそういうことだ」


 ベッドで目を覚ました髭のおじさんが、力のない笑みを浮かべた。その顔には葡萄を埋め込んだみたいな痣がいくつも出来ていて、とても痛々しい。


 それでも、こうして話せているだけでもよかった。あの殴られようからすると、死んでいてもおかしくはない。生きてさえすれば傷はいつか治る。生きているという事実が何よりも重要なのだ。


「それにしても、すまなかったね。僕の力不足で迷惑をかけてしまって。実は僕、あまり強くはないんだ。魔物だって、小型としか戦ったことがなかった。中型には正直、勝てる気がしなかった」

「じゃあ、どうしてあんな意気揚々と出て行ったんすか?」

「気持ちで負けていては勝負には絶対に勝てない。だから、自分を鼓舞しようとしたのさ。でも、恰好悪い結果になったけどね」


 恰好悪いのか。いや、俺はそうは思わない。むしろ、おじさんが弱かったからこそ、それを自覚していたからこそ、おじさんは恰好良かったのだ。


 明らかな実力差があるとわかっていながらも、相手に立ち向かう勇気。それは半端なものではなかったはずだ。まさに命を捨てる覚悟がないとその一歩は踏み出せない。


 確かにおじさんは弱かった。悲しいくらいに弱かった。不意を打って仕掛けたはずの攻撃が今思えばほとんど効いていなかったし、魔物の単純な攻撃も避けられなかった。戦闘スキルは間違いなく俺よりも低いだろう。


 しかし、それでもおじさんは立ち向かった。それは強さだ。おじさんは、喧嘩は弱くてもとても強い人間だ。他の誰もがそう思わなくても、俺はそう思う。


「俺の目には、すげえ恰好良く映りましたよ」


 おじさんは「そうか」と呟き、窓の外に視線を向けた。窓の外では町の住民達がこぞって魔物を解体し、金になる部位を奪い合っている。誰もおじさんの容態は心配せず、おじさんによって命を救われた男性も、目を血走らせて必死に魔物の切れ端を掻き集めている。


 憐れだな、と俺は目を細めた。


「おじさんは魔物を倒すから中立でいられたんですよね」

「そうだよ」

「でも、どうしておじさんはその立場に?」

「実は僕、元騎士なんだ」

「騎士?」


 まあ、そう言われればそんな雰囲気がなくはない。まあ、おじさんみたいな弱い騎士はなかなかいないだろうけど。


「ああ。隣の国で、小さな土地を持っていた。だけど、昨日言った通りにそこで殺人を犯し、追放される形でここにやってきた。ここは自由の町だ。過去に縛られないし、未来に希望も抱かない。今を生き抜く。ただそれだけを求めてやってきた者達が、このアロニアには集まっていた。ここで生き抜くためには手を組み、したくないこともしなければならない。だけど僕はそれが出来なかった。ただでさえ殺人という禁忌を犯した上に、さらなる神への冒涜行為。騎士道なんて今や古いかもしれないけど、僕はそれ以上、踏み外すことが出来なかったんだ」

「だから、魔物を退治する役目を引き受けたのね」


 黙って聞いていたレティが、パンを両手にそう訊ねた。おじさんはレティを見ると、苦い顔で薄っすらと笑った。


「そう。贖罪のつもりだったのかもしれない」

「自分勝手ね」

「ああ。とても身勝手だ」


 レティは立ち上がると、パンパンと服を払い、踵を上げて背伸びをした。


「まあでも、注意することね。どんな事情があったか知らないけど、あんたが昔、殺した相手に親密な人がいたなら、その人は今もあんたを殺そうと探しているかもしれない。あたしだったら、間違いなく殺しにいく。そしてここでは、それはルール違反ではない」

「ああ、勿論わかっている。だから僕はここにいるのさ」


 レティはまだ何か言いたげな様子だったが、息と共に飲み込んだ。俺は驚く。珍しい。レティが言いたいことを我慢するなんて。レティはなぜか不機嫌な様子で俺を睨みつけると、「行くわよ」と顎で扉を差した。


 俺は袋から大型銀貨を出し、おじさんに渡す。しかし、おじさんは目を閉じて首を左右に振った。


「それは受け取れない。次の町で剣と盾を買うといい」


 あっそ。俺は手を引っ込める。まあ、そう言うならそうしよう。旅において資金は極めて貴重だ。いや、旅におかなくても貴重か。それに、早く新しい剣を買わなければ、丸腰での旅はさすがに危険すぎる。


 俺は引っ込めた手で代わりに小型銀貨を掴み、テーブルの上へと置いた。何かを言おうとするおじさんに、俺は掌を向ける。


「これはおじさんが盗られた身ぐるみ代です。大丈夫。しっかり元は取ってからここを出ていくんで。……じゃあ、またいつか会いにきます」


 俺はそう言って宿を出た。まだ魔物が焼けた臭いが残ってやがる。しかし、この町には相応しい臭い。魔物の焼死体があった場所には、骨すら残されていなかった。ただ、地面が血と灰で赤黒く染まっている。これはきっと、いつまでも消えないで残るだろう。根拠はないけど、そんな気がした。


「ちょっと待っててくれるか」


 俺が腕を回しながらそう言うと、レティは「ええ」と素直に頷いた。


 俺は町をゆっくりと見渡し、住民達に焦点を定める。さあ、元を取らせて貰うぜ。ここではそれがルールなんだよな? 


 俺の殺気に気付いた住民達が徐々に俺から離れていく。ふん。逃げられると思うなよ糞共。


 俺は雄叫びを上げながら、回収を始めた。


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