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十話『勇者、俺』~ついに旅へ~

「気を付けるんだよ。怪我だけはしないようにね」


 俺を抱きしめた母ちゃんが、俺の肩でそう言った。いつもは怖い母ちゃんも、この時ばかりは身体を震わせていた。俺は母ちゃんの気の済むまで抱きしめられたあと、俺の肩についた母ちゃんの鼻水をそっと拭ってから、家を出た。


母ちゃんの顔は見られなかった。見たら確実に俺は泣く。これから宮殿に行くのに、俺が鼻を赤くしては笑われてしまう。俺が家を出ると、「おい」と声をかけられた。親父が、壁にもたれかかって俺を見ていた。


「生きて帰ってこいよ」

「わかってるよ」


 俺はぶっきらぼうにそう言って、歩き出す。照れ方が互いに同じなのが、気持ち悪かった。


近所の人達も、俺に声をかけてくれる。もう母ちゃんは俺が王様に頼まれて旅に出ることをしゃべったみたいだ。やっぱり、嬉しかったんだろうな。息子が王様の頼みで旅をするんだから。俺は母ちゃんが嬉しいことが何よりも嬉しかった。


 宮殿に行くと、金髪騎士が俺を待ってくれていた。手を差し伸べてきたので、俺はその手を有り難くとる。手まで綺麗だ。いや、指先、関節、なんなら手に浮かんでいる血管まで美しく見えてきた。もう、多分、この人は全てが綺麗だ。どうせ虹色のうんこでもするんだろう。たとえそうでも、俺は驚かない。


「おめでとうございます。これから艱難辛苦が待ち受けているかと思いますが、あなたの命を一番に考えて、どうか無事に帰ってきてください。そして、一緒に騎士としてこの国を守りましょう。約束です」


 やばい。恰好良い。何かに目覚める。なんなんだこの度を超えた男前は。俺は生きているのが恥ずかしくなってくる。こんな汚い顔と心で申し訳ないとすら思えてくる。もう、この握手をした手、一生洗いません。


「は、はい。頑張ってきます。……あの、お名前、訊いてもいいですか?」

「私の名前ですか? 私の名前はラハットです」

「あ、ありがとうございます」


 ラハット。いい名前だ。カモノ・ラハット・モリマロ。うん。ちょっと違和感があるけど、やっぱり恰好良い。しかし、ここで俺は我に返る。俺は一体、何をしているんだ。思春期の女子じゃあるまいし。


「そしてこれが、鎧と剣と盾です。本当は好きなものを選ばせてあげたかったのですが、すみません。生憎、新品はこれだけしかないんです」


 ピカピカの剣に、ピカピカの鎧。そして、塔から持ち帰った勇者の盾。盾は元からちょっと年季が入っていたし、何より俺が昨日とんがりを殴ったから、ちょっと汚れている。しかし、不満なんて一切抱かずに俺は有り難く持っていくことにした。しかし、鎧を装備した時、俺は異変に気付いた。


「あの、すみません。ラハットさん」

「どうしました?」

「鎧って、こんなに重いのですか? 俺、まともに歩けないんですけど」 


 鎧だけでもかなりの重さなのに、これに剣と盾を持って歩くなんて不可能だ。特に勇者の盾はかなり重いし。すると、ラハット様は苦笑する。


「これでも、最近は技術が進んで軽くなったんです。でも、それを着けて歩けないなら無理に装備する必要はありませんよ。まだ、あなたの力では装備出来ないということですから、これから鍛えて、どこかの町でまた買えばいいのです」


 俺は悔しくなり、悲しくなり、そして情けなくなった。確かに、よく見ればラハット様はサーコートの下に、この鎧と同じものを身につけている。俺の視線に気付いたラハット様は、「ああ」と説明してくれる。


「普段、私達も鎧姿で歩くことはありません。これから馬上槍試合があるのでたまたまです。私もさすがにこんなものを着けて生活は出来ません。ですが、戦闘時に装備しても違和感なく動けるように、なるべく宮殿にいる時はこの恰好でいるように努めていますが」


 それでも、俺は鎧を着ると真っすぐ歩けないからやっぱりこれが今の俺とラハット様の差なのだろう。すると、ラハット様は何かに気付いたように、突然「ちょっと待っていてください」と言い残すと、どこかへ駆けていった。そして戻ってきた時には、チェーンメイルを担いでいた。


「これなら、まだ着られるんじゃないかな。最近はあまり着る人はいなくなりましたが、それでも何も着ないのとでは随分違うと思います」

「どうして最近は着なくなったのですか?」

「相手が人から魔物に変わったからです。チェーンメイルは言ってしまえば、鋼のリングをたくさん身に纏っているようなものですから、斬る攻撃には強い。しかし、衝撃にはあまり効果がないので、基本的に殴打しかしてこない魔物相手には、そこまでの効果を発揮しないのです。それで、今はプレートアーマーが主流になっています。ある程度の衝撃も緩衝してくれますから」


 ふむふむ。まあ、その辺りの説明は面倒臭いからもういいとして、とりあえず俺が力不足で、これから鍛えていかないといけないことはわかった。


「剣も、結構重いんですね。慣れないと、扱いが難しそうっす」


 持つだけならばまだ大丈夫だが、これを自在に振り回すとなると、なかなか厳しいだろう。ふと、俺はラハット様の腰についている剣が気になった。


「やっぱり、騎士の人は剣も自由自在に操れるんすか?」

「まあ、そうですね。一応は」

「一応?」


 俺がそう訊き返すと、ラハット様は力ない笑みを浮かべながら、視線を落とした。


「私の剣はとても綺麗なんです。綺麗過ぎるくらいに」


 俺は何を言っているのか全くわからなかったが、ラハット様の言葉なので、とりあえず「そうっすよね」と適当に返しておいた。多分、騎士の間だけでわかる面白いジョークか何かなのだろう。それは騎士になってから、覚えることにしよう。


「ありがとうございました。必ず魔王なsるものを倒して戻ってきます。俺、グシウムで騎士になりたいんです。その時はラハット様の方から王様に一言、ちょいちょいと俺を推薦する進言をしてくれると嬉しいです。では、行って参ります」

「ちょっと待ってください」


 走り出していたが、ラハット様に呼び止められて俺は急ブレーキをかけた。ラハット様が、真剣な表情で俺の目を見据える。あ、まずい。もしかして今の言葉、地雷だったか。


「一つだけ教えてください。……あなたはどうして、騎士になりたいのですか?」

「そんなの決まっているじゃないっすか。恰好良いからですよ。俺は、守られる人より、守る人になりたいんです。騎士なんて、なりたくてなれるもんじゃないですし。グシウムで騎士は男の憧れですから」


 そう言うと、俺はラハット様に敬礼して踵を返した。ラハット様は何か言いたそうにしていたが、怒られるのは嫌だからさっさと宮殿をあとにした。それにしても、最後までラハット様は美しくあられた。


 宮殿を出ると、門の前にジョウが立っていた。ジョウは俺の姿を見て、くくっと笑いを噛み殺す。

「なんだそれ。馴染んでないな」

「うるさい。これから馴染ませるんだよ。それより、何しに来たんだよ?」

「何って、親友の旅立ちだろ。一応、見送りに」

「そんなの要らねえよ」

「だと思ったよ。だから、これを渡してさっさと帰ろうと思ってな」


 ジョウはそう言うと、俺に何かを投げ渡した。小さな袋。小さな袋の割にはそれなりの重量がある。俺が早速開けようとすると、「駄目だ」とジョウは止めてくる。それでも俺が開けようとすると、ジョウは黙った。冗談だって。黙らないでくれよ。本気で怒ったんじゃないかと不安になるだろ。


「なんだよ、これ」

「お守りだ。本当に困った時に開けろよ」

「俺が魔物に殺されかけている時にこれを開けたら助かったりするのか?」

「死ぬだろうな。まあ、旅に行き詰った時に開けたら、もしかしたら窮地を救ってくれるかもしれん。気休めだと思ってくれ」


 なんだかよくわからんが、ジョウがそう言うならそうしよう。まあ、その時にこれのことを覚えていたらの話だが。俺は「ありがとな」と軽く手を上げる。ジョウはそれを見ると薄っすらと笑みを浮かべ、帰って行った。去り際、軽く手を上げたのは恰好つけたつもりだろう。安心しろ、ジョウ。ちゃんと恰好良いぞ。ラハット様には到底及ばないけどな。


 門に着くと、太った門番がにやついた顔で俺を見る。


「お前、どんな手を使ったんだ? どうせ卑怯な手を使ったんだろ?」

「うるせえ。いいからさっさと開けろよ」

「相変わらず口の減らねえ奴だな。まあいいや。さっさと開けるから、さっさと出て行け」

「さっさと出て行け」 


 もっと太った門番が復唱したのは、ちょっとカチンときた。しかし、それよりもこれから待ち受けている冒険への期待感が勝ったので、俺は何も言い返さずに我慢してやった。おかげで、もっと太った門番はつまらなさそうな顔をしている。ざまあみろ。いつまでも俺がかまってやると思うなよ。これからは、暇潰しの相手がいなくなるんだから、新しい暇潰しを見つけろよ。


 俺は門を出ると、二人の門番に剣を向けた。


「戻ってきたら、お前達をぶッ倒してまた外に出る。その短い首を洗って待ってろ」

「倒せるもんならやってみろ。お前なんかに負けるわけないだろ、馬鹿」

「お前には一生かかっても無理。なぜなら、才能が違うから。せいぜい…………」


 二人の太った声を、門は時間をかけてゆっくりと締め出す。がしゃん、と重い音がして、二人の愛ある罵詈雑言が聞こえなくなった。俺は深く息を吸い、そして思い切り吐き出した。ここから俺の新たな人生が始まる。夢と希望と自由と少しの不安に満ちた、刺激のある人生。俺の待ち望んでいた人生。ああ、楽しみだ。


「それで、まずどこに向かうのよ?」

「そうだな。東にいる魔物がブイブイ言わしているらしいから、とりあえずいきなり東に向かうのはやめて、北の方から回っていく。力を着けていかないとな」

「何をビビってんのよ。そんな面倒なことはせずに、一直線に東に向かって魔王とやらをぶっ飛ばすわよ」

「まあ、そうだな。ビビったら負けだもんな」


 俺達は大まかな方向性の一致を確認し合い、東に向かって歩き出す。磯臭くなく、ひんやりとした風は気持ちがいい。


「なあ、一つ訊いていいか?」

「何よ?」

「……どうしてお前がついてこようとしているんだ?」


 レティは俺の顔をじっと見つめると、小首を傾げて屈託のない笑みを浮かべた。俺もとりあえず、にこりと笑ってみた。


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