8: 跡をつけるのはやめて下さい。
「如月さんと三枝さんが抱き合ってるのを見たぁ!?」
「しーっ、しーっ!!」
いくら夕飯時で混んでるとはいえ、ファミレスに響く万由子の声は大きかった。
「それがどうして会社やめる話につながるのよ」
万由子はハンバーグセットをあらかた食べ終え、ハーブティーを飲みながら質問してきた。
「ううっ…、紆余曲折ありまして……」
あの日、喫茶店を出てそのまま家に帰ったはいいが、万由子からものすごい数のメールが来ていた…。
如月さんからしつこく食事に誘われてたことすら、彼女には言ってなかったので、あの時如月さんか見せた執着になにごとが起きてるんだ!と事情聴取されるために、夜、ファミレスに呼び足された。
かなちゃんは万由子と会ったこともあるし、一緒に飲んだこともあるくらいの仲なので、外出はすぐ許してくれた。って、なんで弟にいちいち外出許可を取らなければならないのか…。
結局、私はかなちゃんに弱いってことなんだろうな。
一通り説明した所で、万由子は感心したようにため息をついた。
「はぁー、あの如月さんを射止めるとはねぇ……」
「はぁ?何言ってるの?聞いてた?如月さんには三枝さんがいるの。だから、なんで私に構うのか全くの謎で……」
「イヤイヤイヤイヤ、三枝さんとのソレはなんか別の理由がありそう。奈都に対する態度はどう見てもアプローチ以外の何ものでもない」
「「イヤ」、言い過ぎ」
「だってさぁ」
そう言いながら、万由子は自分の首すじをトントンと指で叩いた。
「?」と思っていたら
「付いてるの。キスマーク」
絶句した。
あの時か。応接室のソファーで寝たとき。
あわててカバンから手鏡を出す。
「いや、多分見えないよ。ちょっと待って」
と言いながら万由子は自分の手鏡を出して、私のと合せ鏡にして、ようやく首の真後ろの跡が見えた…。
「こっ、こここれって、他の人にも見えてたのっ!?」
動揺のあまりどもる。
「んー、多分ね。奈都、仕事の時は髪を1つにしばるじゃん?私はその時に気付いたけど、通りすぎるだけくらいなら気づかないよ。まあ、守山は気付いて愕然としてたけどねー、あはは」
あはは、じゃない!!
守山くんとは後輩の男の子だ。まだ態度や言葉使いは大学生っぽさが残るものの、仕事のセンスは新人でもピカイチで、安心して任せられる度量もある社員だ。彼はなにかと私に声かけてくれたりして、お一人様好きで別に1人でかまわないのに気を使ってくれる優しい面もある。
「そのキスマーク、わざと奈都に見えない所に付けておいて、それでいて他の人にはわかる位置ってゆーのが、如月さんの執着を感じるわぁ」
万由子までそんなこと言う。
やっぱりそうなの?如月さんは粘着系なの?
かなちゃんは気付いたからこそ、如月さんのことを「粘着系」って言ったんだ、とここで気付いた。
「でも、明日からは隠してきな。誰につけられたかまではわからなくても、お姉さま方に見つかったらうるさいよ」
「う、うん……」
万由子の言う「お姉さま方」と言うのは先輩の女性社員のことだ。
少人数の会社だから基本的には皆仲良く、和気あいあいとしている。とはいえ、女性社員はある程度のグループがある。その中でも3~4人の古参の女性社員が、いわゆるお局様的な感じで、社内の恋愛事情やプライベートの噂をよく話しているのを聞いたことがある。
その内の1人、神崎舞さんが如月さんにアプローチし続けていることは社内では有名だった。
「神崎先輩に知れたら……。それこそ会社にいられないかもよ」
「ちょっと、脅さないでよ」
万由子を睨む。
確かに自分から退職願を出したけど、本当の所はやめたくない。如月さんのことはともかく、仕事自体は好きなのだ。
「奈都的に、如月さんは無しなの?」
無し?
恋愛対象として如月さんを考える。
スラリとしたスタイルで背も高く、その上に男性にしてはかなり整った顔が乗っている。仕事も出来て、こないだ知ったけど二人で食事をしたときも、さりげない気遣いがサラリと出来るスマートさも持っている。元の口は悪いけど、ちゃんと丁寧語と使い分けることができる。
こんな完璧な男を恋愛対象としてダメな女子はいるのだろうか?
あの変な執着を見せられてなかったら、ステキな人だとは思う。
ただ、もう私は人から好意や執着を向けられることが怖いのだ。自ら誰かを望むことも、もうあきらめた。
それに、如月さんから「好きだ」とか言われてもなければ、そういう色恋めいたアプローチをされた覚えがない。
突如始まった執着は、何か別の理由がありそうな気がする……。
万由子に説明しても、いまいちわかってもらえず、別の方向につっこまれた。
「如月さんでなくても、奈都は彼氏は作らないの?」
「……う、うん……」
「守山からも、他の社員からのお誘いも片っ端からお断りしてるじゃん。なんか理由がありそうだけど、聞いてもいい?」
万由子はストレートだ。
見た目は女子力高い系のかわいらしい外見だが、中身はサッパリしてて男前で、私が1人になりたいときはほっといてくれるし、助けて欲しい時は全力で手伝ってくれる。年下の彼氏は万由子にゾッコンで、会社終わりによく迎えに来ているのを知ってる。ほほえましいカップルなのだ。
「……言いたくないなら、言わなくていいよ?」
沈黙した私に気を使ってくれる所も優しい。
「うーん、万由子になら話すけど、結構長くなるからまた今度。でも、ザックリ言うと、昔に執着系の人とトラブって、もう懲りごり……って感じ」
なるべく軽く言ったつもりだった。そうしなければ、まだ引きずってる心がザラリと嫌な感じに揺らぐ。
「ふーん、わかった。でも、いつまでもそのまま?」
痛いとこつくなぁ。
「分かってはいるんだけどね。心が、ついていかない……」
「そっか」
万由子はそれ以上聞いてこなかった。




